第15話 泉川女子高校3年C組 永井寿恵の証言
小川町警察署の玄関の自動ドアが、また一人泉川女子高校の生徒を飲み込んだ。制服を着て授業を受けているはずの時間も、私服で警察署を訪れているのは学校を欠席しているからに他ならない。下顎から目元まで覆うマスクと深く被った黒のキャップはまるで逃亡犯のようだったが、ここは警察署だった。
署内に入り、外したマスクとキャップの下は化粧っ気はなく、幼さの残る目元と丸みのある小鼻、泉川女子高校3年C組、
受付で約束がある旨を伝えると、4階を案内された。相談室に通された永井は充血した目を見開き訴えた。
「助けてください。本当に頭がおかしくなりそうです。いたずら電話が鳴り止まないし、学校に行けないし、外にも出られずに、ずっと家に閉じ籠っています。このままだと退学になるかもしれません。もうすぐ受験なんです。大学にも行けなくなるかもしれません。
正直に言います。私たちは宮田朱里さんをいじめていました。亡くなった前日も放課後教室に残っていじめていました。陰湿なものではなかったと思いますし、正直に言えばそこまで酷いものではなかったと思います。自殺なんてするようなものではないです。でもいじめていたのは事実です。今は心から申し訳なく思っています。
それで今日は本当のことを知ってもらいたくて来ました。いじめは自分達で進んでやってたわけじゃないんです。私は、私たちは、柳さんに命令されていたんです。同じクラスの
柳さんが宮田さんを嫌い始めたのは、半年ぐらい前です。それまでは好きでも嫌いでもなくて、全然関わりなかったのに急に嫌いだして、冷たく当たるようになって、それで私たちもつられたっていうか、柳さんに合わせて冷たくするようにしたんです。
それで、凄く大事なことなんですけど、亡くなった日、柳さんは宮田さんの顔を叩いたんです。ほっぺたを力一杯、眼鏡が壊れたほどに。アイドルなのでそれはいけないと思っていました。いじめにルールって言ったらおかしいですけど、でもそれはルール違反で、私たちは絶対に顔には手を出さなかったんです。女の子だしアイドルなんだから絶対ダメですよね。それなのに柳さんは・・・。
宮田さんはすごいショックだったと思います。アイドルなんですから。だからもし亡くなったことにいじめが関係があるなら、それがきっかけかなって。
もうすぐ卒業なんです。彼女はCDデビューも迫っていたんです。この時期に自殺なんてあり得ないと思うんです。だからもし自殺したんだとしたら、柳さんに叩かれて、顔に怪我をして、それでショックでかなって。彼女アイドルなんですから。
私たちは柳さんに命令されていただけなんです。本当です。信じてください。警察からマスコミに発表してください。お願いです。本当は宮田さんと仲良くしたかったんです」
永井はスウェットの袖で零れる涙や鼻水を拭いながら声を枯らして訴えた。時折腕時計に目をやったのは、下校する生徒たちと鉢合わせてしまうことを憂慮しているせいだった。
[いじめの主犯は泉川女子高校3年C組 柳美月]
示し合わせたように、柳美月ひとりをつるし上げるようなネット掲示板への投稿が連続された。
[いじめは柳の指示]
[柳が子分を使ってやらせた]
[柳は以前から素行に問題があった]
[柳が宮田の顔を殴ったのが自殺の引き金になった]
新しい情報を欲していたネットユーザーは、餌が投げられた金魚鉢のように食らいついた。追い討ちを掛けるように、柳の写真も貼り付けられた。それまでもいくつかの写真が出回っていたが、今度のは大量に、そして素の表情をとらえたものが多かった。カフェでの何気ない一枚やテーマパークではしゃぐ写真、夕焼けをバックに海岸で儚げな表情を浮かべたものまで、炎上にくべる薪としては十分すぎるものばかり。無論一緒に写っていた人間は切り取られたり、加工されたりしていた。
これ以降いじめ加害者に対する非難は柳美月一人に注がれるようになった。
[死ねよブス]
[はしゃいでんじゃねーよ。カス]
[なにカッコつけてんだよ。人殺しが]
[自分がアイドルになれないからって宮田さんにあたるなよ]
[人殺しの顔してる]
[目つきがヤバい]
[警察もこんな奴野放しにしておくなよ]
[刑務所逝き早よ]
[画像貼ってるの関係者だろ?]
[裏切られるほど信用ないんだな。自業自得]
[全部柳のせいだろ]
[せっかくアイドルになれたのにマジ宮田さん可哀想すぎる]
[柳死刑にして欲しい]
[この顔を見かけたら110番。指名手配犯]と柳の顔写真が加工された画像もネット上で拡散された。
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