第11話 献花2
花屋から歩いて3分ほどのところにあるシエルプロダクションは、ビルの前に置かれた献花台がまるで道端に化粧を施しているように際立って見えたから、遠目からでもすぐに分かった。二人は会話を止めた。藤田は手に提げていた花を、胸元に抱き寄せた。
藤田が献花に訪れたのは、亡くなったアイドルは中学時代の同級生、と教室で明かしたのがきっかけだった。インターネットニュースや朝の情報番組を通じ、クラスメイトたちは現役アイドルが不慮の死を遂げた事実に触れていた。名前を耳にするのが初めてのアイドルでも、高校生にとって同学年の少女の転落死は話題性が十分で、藤田の席の周りに輪が出来た。
授業を挟んだ次の休み時間もそれは続き、男子も加わっていたことが拍車を掛け、卒業してから疎遠になったものの一クラスしかなかった中学時代は親しかったと目を潤ませた。男子の手前女子たちは、女子の手前男子たちも、友人を亡くして落ち込む藤田に口々に励ましの言葉を掛けた。他殺の可能性は、母親のクビがかかっているのだから親友の飯田にさえも話していなかった。
行き掛かりで、クラスメイトたちに土曜日に献花に行くと話した。本当は映画へ行く約束をしていたが、そこは高校こそ違うものの同じニチヨルで小学校からの親友でもある飯田。予定の変更を快く引き受けてくれた。
かく言う飯田も、宮田朱里と同級生だったことでクラスで注目を集めていた。悲しんで見せれば友だち思いの優しい子と評価されるのは請け合いで、藤田同様当時は親しかったように装った。それで藤田の誘いに二つ返事で応え、二人で献花に訪れたのだった。
土曜の昼はアイドルイベントが各地で開かれ、アイドルファンは他現場で『ヲタ活(オタク活動)』に勤しむ時間。いま他に献花している人はいなかった。
『アイドルオタク』と聞くと、特定のアイドルに入れ込む姿を想像しがちだが、案外複数を掛け持ちしているオタクは多い。むしろその方が主流といっていい。掛け持ちすることで、CDリリースの合間の空白期間も常にアイドルと繋がっていられるし、一つに絞らなければいけない理由もない。イベントを早抜けして次の現場に向かうのは、アイドルイベントでは見慣れた光景だ。
生誕祭(アイドルの誕生日を祝うイベント)の実行のためにメッセージカードを集め、花やケーキを手配し、運営サイドと段取りをつける『生誕委員』と呼ばれる有志のファンでも当たり前に3つ4つ他のアイドルと掛け持ちしている。アイドルオタクはアイドルという存在を好むもので、特定のグループに専心しているのは『アイドルオタク』ではなく、あくまでも「そのアイドルのファン」であることが多い。
靖国通りから裏に入った現場の周辺は、都心の高層ビル街とは異なり、階層も築年数もまるで中間管理職のような背格好のビルが並んでいる。土曜に人影がまばらなのは、オフィスビルが多いせいか。
献花台に供えられた花には、同じ店で買ったと思われる包装の似た花がいくつか見受けられたが、それぞれ色味が異なっているのは、片寄らないようにとの先程の女性店員の配慮のように思われた。
献花台の前を、原付バイクがエンジン音を残して通りすぎた。鼻先を排気ガスの臭いがかすめた。それを払うようかのに冷ややかな秋風が吹き抜けた。風は供花を揺らし、うなじを指先で撫でるように流れていき、藤田はつられて背後を振り向いた。見上げた先にビルの屋上があった。
いま立っているのは宮田朱里が絶命した場所、ここでおそらく真っ赤な血にくるまれて死んだ。それも、誰かの手にかけられたのかもしれないのだ。藤田は全身から力が抜けていくのを感じた。
しかしそれも束の間だった。足元に置かれた『ホシトソラ』をカラフルにあしらったボードが目に入ったからだ。命を落とした場所に、グループ名をデコレーションするセンス。接点のない女子高生に、アイドルオタクはステレオタイプのイメージしかなく、込み上げてくる苦笑をこらえるしかなかった。
二人はスマートフォンのカメラを開き、花の山を撮った。それがここへ来た目的で、月曜日学校でクラスメイトにみせるためだった。日は陰っていても花や供え物は色鮮やかに写った。無論ホシトソラボードは写り込まないように注意して。
続けて言い出しっぺの藤田から、買った花を山に供えるように差し出し、その手を反対の手で撮影した。腕と花だけが写ったシンプルな写真は狙いすぎの感もなく、献花の証拠にはちょうどいい。交代して飯田も撮影し、袖だけ色違いの写真が出来上がる。
目を瞑って手を合わせているところも互いに撮り合った。腕だけでも疑われることはないだろうが顔入りの写真も撮っておいて損はない。
それから二人は献花台をバックに顔を寄せ合い、インカメラを向けた。二人で出掛けた時はツーショットを撮るのがお決まりで、いつもの流れでレンズに向かう。
「待って」と藤田は一旦レンズを顔に近づけ、鏡代わりにして前髪を整えた。飯田も同様にする。これもお決まり。改めて後方に花を押さえて撮影した。
「どうせならこれも写しておく?」
藤田が例のボードを指した。飯田は吹き出すのを堪えながら首を縦に振った。
ちょうど通りかかった女性に藤田が声を掛けた。女性は手のひらを向けて拒否の素振りをしたが「一枚だけでいいんで」と押し付け気味にスマートフォンを手渡すと仕方なさそうに引き受けてくれた。ボードが写るように献花台の後ろに回り込んだ二人は笑顔を作るわけにもいかず、目を瞑って手を合わせることにした。瞼の向こうでシャッター音を聞く。写真を確認して礼を言った。ボードもしっかりと収まっていた。
「どうする?映画行く?」
飯田は写真の確認を終えたスマートフォンで、最寄りの映画館の上映時間を検索した。
「30分あるから今からいけば間に合うかも」
本編前のCMを考慮すれば十分間に合うが、一仕事終えて一息つきたくもある。昼食時でもあった。
「先に何か食べる?」
そんな会話を交わしながらなんとなく気配を感じて振り向いた藤田の目に映ったのは写真を頼んだ女性だった。女性は手提げ袋の中から出した千羽鶴を献花台に供えて手を合わせた。
ただの通りすがりだと思っていた二人は目配せした。気まずさを抱きつつも好奇心に駆られ、立ち上がるのを待って声を掛けた。
「アイドルさんですか?」
自分らと同年代のその女性はどことなくそういう雰囲気を感じさせたが、首を振った。
「同じ高校とか?」
それにも首を振り、失礼しますと言い残して足早に立ち去った。
背中が見えなくなるのを見届けて、藤田は女性が千羽鶴に添えた封筒を手に取った。
「それはダメだって」
飯田の忠告に「開けないって」と藤田は裏をめくったが、名前は書かれていなかった。元に戻して二人もその場を後にした。
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