第4話 死の当日 レッスン場1

 屋上とシエルプロダクションの事務所の間にある、ビルの最上階7階が『ホシトソラ』のレッスン場になっていた。以前はヨガスタジオだったという15畳ほどのフローリングはダンスレッスンには広いとは言えないが、6人で踊るのにさほど不自由はない。壁一面の鏡張りと白一色の壁もまだ新しく、振りもフォーメーションも、指先まで確かめられた。

 ビル自体は築年数が経っているが、改装されたこのフロアは床も壁も比較的きれいな状態だった。周囲にあるオフィスビルのOLをターゲットにヨガスタジオを開設したものの立地条件が好ましくないせいで集客に苦戦し、早々に撤退したとのことだった。


 ロッカーと更衣室は下の事務所にあって、レッスン場にあるのは曲を流すオーディオセットと冬場の加湿器、壁にかかった丸い時計と使用時以外は隅においやられているホワイトボード。それとレッスン中は壁際に置かれるタオルやペットボトルの飲料などのメンバーの私物。

 土足は厳禁で、レッスンによってシューズ着用だったり裸足だったりするため、各自レッスン用のシューズを用意している。入り口のドアの外には来客用のスリッパの入ったシューズラックが置かれていた。


 デビュー前のアイドルにエアコンの使用は最低限しか許されず、ただでさえ汗をかくダンスレッスン時は使用禁止で、陽が落ちると冷え込む時季は念入りな準備運動が欠かせない。ステージ狭しと歌い踊るアイドルは身体が資本で、怪我の予防も仕事のうち、トップアイドルになりたければ準備から手を抜いてはいけない、と振り付けの先生から繰り返し説かれた。CDデビューを来月に控えていることもあって、今日のようなメンバーだけの自主練習も、だからこそ準備運動にもいつも以上に熱が入る。


 ビルの各階に一つずつ入ったテナントはいずれも一般の会社で、夜になるにつれビルから人気がなくなって行く。レッスン後エレベーターが7階で止まったままのことも珍しくなかった。曲を流すのも激しく踊るのも気兼ねしなくていいのは助かるが、ここに居を構えたばかりの頃は、場違いな若い女性に好奇の目を向けられることもあった。アイドル事務所が入ったことが知られると、5人乗るのがやっとのエレベーターで乗り合わせた男性に「アイドルと一緒になってうれしぃなぁ」とニヤケ顔を向けられたこともあって、出入館を管理する警備員もいない古びたビルをメンバーは警戒した。ボタンの押し間違えを言い訳に、事務所やレッスン場を覗きに来る人がいそうで、着替えの時は殊更注意を払い、物音にも敏感になった。売れてもっと綺麗なところに引っ越すのがモチベーションの一つだった。


 レッスンの日は、メンバーは到着順に6階の更衣室で着替えてレッスン場へ上がる。たった1階でも無精して階段よりエレベーターを使うことが多いが、電気代を負担するわけではないから気兼ねはない。7階に上がると目の前がレッスン場。その開けたドアの内側にいま貼られているのは、まだ新しい、グループの宣材用のポスター。お揃いのノースリーブの白いワンピースを着た6人が並んでいた。

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