第3話 中学時代の同級生 藤田明美の証言

 チャコールグレーのブレザーに、首もとにやや遊びのある紺のリボン。中にVネックのニットを着用し、ブレザーの前のボタンを開けた少女は、藤田明美ふじたあけみと名乗った。


「私は宮田朱里、さんと中学の同級生でした。中一からずっと一緒のA組。っていってもひとクラスだけでしたけど。私たちが卒業して廃校になったんで。それでうちらの代は『ニチヨル』って呼ばれてました。うちらが卒業したらこの学校にもう月曜の朝は来ない、永久に日曜の夜のまま。それで『ニチヨル』。誰かが言い始めて、いつの間にか定着して」


 話しながら藤田はブレザーのポケットからスマートフォンを取り出した。着信音こそ鳴っていないが振動が着信を知らせている。電源ボタンを押してディスプレイを確認し、何事もなかったように戻すと、ポケットの中で数回震えて止まった。


「朱里は友だち・・・じゃないと思う、思います。ニチヨルは20人しかいなくて、だいたいみんな仲良かったんですけど、朱里は輪に入らない感じでした。卒業してから連絡とってる子はいないと思います。私もとってないっていうか連絡先知らないし、地元で見掛けても会話とかしなかったし」


 茶に染まった髪の、こめかみの辺りから伸びた毛先を摘まみ、親指と人差し指の腹で何度か転がした。


「それで、ですけど、もしかしたら、朱里は殺されたかもしれないって・・・」

 髪を弄るのを止め、上目使いで言った。


「朱里にはお父さんがいなくて。朱里のお母さんは結婚してなくて元々『愛人』で、朱里は『隠し子』らしいんです。まぁそれは地元では知られてて、ニチヨルの子もみんな知ってるんですけど。

 それで、こっからが知られてない重要な話なんですけど、半年ぐらい前にそのお父さんが亡くなったらしいんです、突然。急死ってゆうやつ。それでそのお父さんに凄い財産があったみたいで。何十億っていうぐらいに。

 お父さんは認知してなかったんで、朱里のお母さんが認知を求めたそうなんです。亡くなった後でも出来るらしくて、弁護士に依頼して。認知されたら遺産相続出来るようになって、朱里が貰える分も1億とか2億とか、もっとかもしれないっていう。

 でも隠し子がいるってことを奥さん、結婚してる方の奥さんは全然知らなくて。それで、なんで隠し子に財産分けなきゃいけないのって、怒っちゃってみたいで。何年か前に法律が変わって、ヒーチャクシュツシ?隠し子も普通の子と同じ分遺産を貰えるようになったんですよね?それで余計に揉めたみたいで。でも朱里たちにしたら、貰えるんなら貰いたいですよね。

 こういうふうに揉めてる時にこういう亡くなり方すると、疑っちゃいますよね。そういえば誰かが、朱里と怖そうな人が一緒にいるの見たっていってて、それもたしか半年ぐらい前。

 それと、これは地元では知られてないんですけど、朱里のお父さん、結構有名な人だったみたいで。私は知らなかったんですけど」


 藤田はいかにも覚えたてといった口ぶりで父親の名前を口にした。


「なんでこういうこと知ってるかっていうと、実は私のお母さん、弁護士事務所で働いてるんです。っていっても弁護士じゃなくてただの事務員で、お茶汲みとか雑用係みたいなのですけど。朱里が亡くなったあと弁護士の先生が話してるのを聞いちゃったみたいなんです。認知とか相続とかの依頼を受けてたって。娘と同級生とかはいってないから詳しく聞いたわけじゃなくて、殺されたかもっていうのはお母さんの想像もあるみたいですけど。

 本当はこういうこと外に漏らしちゃいけないんだけど、地元の子が殺されたかもしれないんだから警察に届けた方がいいって。だけど自分では行けないからって私に頼んで。他には絶対いうなって言われたんですけど、警察なら大丈夫ですよね?こういうことホントは人に話しちゃいけないみたいなんで。もしバレたらホントにクビになるかもしれないんで。うちも母子家庭なんでクビになったら大学行けなくなるかもしれないんで、一番仲いい子にもいってません」


 事情聴取を終え相談室を後にした藤田は、小川町署の玄関を出たところでスマートフォンを取り出した。インカメラを起動させ、自動ドアの上にある「小川町警察署」の表示をバックにルーティンのように、ブレザーの袖からニットが覗く反対の手でピースを作った。立番の警察官の視線に気づき、その手を下ろし一枚だけ神妙な顔を写真に収めて帰って行った。

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