第2話 泉川女子高校3年C組 黒島香津美の証言
「
友だち・・・ですか。友だち、ではなかったです。宮田さんとはあまり会話をしたこともないし、親しくはありませんでした。私だけじゃなくて、学校に友だちって言える人は少なくて・・・多分一人もいなかったと思います。すごく大人しかったし」
小川町警察署で事情聴取が行われていた。被疑者相手のものとは異なり、取調室ではなく、机を挟んで椅子が二つずつ並んだだけの簡素な相談室が使われていた。
時刻は午後4時になろうとしていた。11月の夕空は夜の色に染まり始めている。学校帰りの黒島は、濃紺のブレザーに襟元までしっかり閉めたえんじのネクタイの制服姿。たしかに宮田朱里と同級生だったことを示しているものの、クラスメイトを亡くした居ずまいには見えなかった。表情から憔悴は読み取れず、気候のせいか目はむしろ乾燥しているように見えた。誰に頼まれたのでもなく、黒島が自らの意志で小川町署まで出向いたのは、伝えておきたいことがあったからだった。
「こういうこと言っていいのかわからないですけど、彼女は、宮田さんはいじめられていました。彼女はアイドルでしたけど全然有名じゃなかったんで、学校でもあまり知られてなくて。いわゆる『地下アイドル』ですかね。でも同じクラスの子は知ってたんで、それをからかったり貶したりがエスカレートしたって感じで。嫉妬もあったと思います。芸能界ってやっぱり憧れがあるじゃないですか。同じクラスの子がっていうのは癪にさわるっていうか。しかもあんなおとなしい子が、っていう。
私はいじめてません。それは本当に。嘘じゃないです。いじめてたらわざわざ来ませんから、信じてもらえると思いますけど。クラス全員じゃなくて、一部のグループがいじめていた感じです。ビルから落ちて亡くなったって聞いた時、とっさに自殺したんだと思いました。いじめが辛くなってって・・・」
黒島はふと足下に置いたスクールバッグに目を落とした。ファスナーが親指の爪ほど開いているのに気づき、とっさに上体を倒してそれを閉じた。意図せずとった行動だったようで、黒島は正面を向き直ると、少しきまりが悪そうに会釈をしてから話を再開した。
「正確に覚えてるわけじゃないですけど、3年生になってちょっとしてからなので、いじめが始まったのは半年ぐらい前だと思います。高3って受験のストレスとかもあるので、そういうことも影響していたのかもしれません。おおっぴらにっていうより陰でやる陰湿なタイプですね。いじめって大体そういうものですけど。それで、亡くなった当日も放課後教室に残ってやられてたみたいで、それがきっかけかなって・・・」
椅子に座っていてもまっすぐ伸びたままの背筋が、小柄な身体を少しばかり大きく見せた。真っ黒なストレートの髪は意志の強さを表しているようだった。
「今日来たのは、なんとなく、っていうと語弊があるかもしれないけど、ちょっと気になって、言っておきたかっただけです。一度気になると集中できなくなるんです。忘れ物に気づいたらその日のうちに取りに行かないと気がすまなくて、典型的なA型ってよく言われます。こういうことが引っ掛かったままだと気になって勉強に集中できなくて。受験生なので、そういうのが影響したら嫌なので」
私が言ったとは言わないでください。それだけはお願いしますと最後に念を押して立ち上がった黒島は、忘れ物がないか足下を覗き込むようにして確認し、背もたれが机につくまで椅子を深く押した。深くお辞儀をし、部屋を出る時に、失礼しますともう一度会釈をして、いかにも中身が詰まっていそうなスクールバッグを肩に掛けて予備校へと向かった。
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