第1話 ホシトソラのメンバー 松澤瑠衣の証言
「レッスンの途中で休憩してたら大きな音が聞こえて。最初は何のことかわからなくて、心配になって屋上に上がってみたら誰もいなくて、騒いでいるのが聞こえて下を見たら・・・」
そこまで絞り出すと、
東京・神田神保町の古書店街と秋葉原電気街の中間に位置する、靖国通りを一本脇に入った雑多なビル街。通り沿いにはスポーツ用品店や飲食店が軒を連ねているが、明るい時間でもこの付近まで騒がしさは届いてこない。落ち着いているというより、どこか冷ややかな空気が流れている。その一角にある7階建てのビルの6階にある芸能事務所・シエルプロダクションで事情聴取が行われていた。夜は更け、外は信号まで吹き消しそうな風が吹きつけている。通りの店はとっくに閉店し、さっきまでの野次馬も帰宅の途についていた。
散らばったビーズを諦めたように松澤は顔を上げた。剥げた瘡蓋みたいに朱の滲んだ鼻と口で不器用に音を立て、どうにか息を吸い込みながら話した。
「私たち『ホシトソラ』っていうアイドルグループなんです・・・、知らない、ですよね?来月CDデビューが決まっていたんです。それで、今日はメンバーだけで自主練してて、それで、疲れたから1回休憩しようって、それで、あの子は、
それでたぶん足が滑ったか、踏み外したんだと思います。夜だと照明とかもないし。本当にあの子はデビューする日を楽しみにしてたんです。さっきだって、一生懸命頑張ってて・・・」
松澤は身体を支える気力をなくしたように机上に崩れた。二本の腕と机の間にできた隙間に嗚咽を木霊させていた。
事務所の上の7階がレッスン場になっていた。レッスン場のドアを開けると左手に、屋上へ続く階段が伸びている。夏は蒸し暑さが籠り、冬は吐く息が白く染まる薄暗い階段を上がると、ドアには「立入禁止」の張り紙がされているが、その警告も文字とともにすっかり薄れ、ドアノブを回せばそこには切り落とされた断面のような吹きさらしのコンクリートが広がっていた。洗濯物が干されているとか物置に使われているとかいうこともない、ただのビルの屋上。管理室もない小振りのビルゆえ、ただでさえおざなりな手入れは屋上まで回らず、灰色の肌は時折雨風で洗われ、日射しで乾かされるだけだった。
夜通し行われた現場検証も争った形跡はなく、遺書も見つからなかった。真下に見える少女が絶命した場所ではいま、白い献花が木枯らしに揺られていた。
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