ふ。た。り。

京極みやび

第1話 さん。

オレンジ色の帰路。


「呼び方?」

「そう!なんか佐藤って味気ないじゃん?」

「佐々木の分際でよく言えたな」

「へへ。お互いに渋いね」


最近思う。世界で一番最初に「言葉」を喋った人は、それをどうやって他の人に教えたんだろうって。


「それじゃあ…Sくんとかはどう?」

「お前もSくんじゃん。」

「あれ?えと、佐々木だから……あそっか」

「ははっ、バカじゃねえの?」

「へへへ」


もしかしたら二人、三人、いやもっと多くの人が、生活していくうちに、必要最低限の会話を自然と身につけただけかもしれない。


「あ〜〜思いつかない!」

「無理に考える必要ないんじゃないか?別にこれまで名前で呼び合ってた訳でもないし。」

「そうだね。あっしまった!」

「ん?どうした?」

「ランドセル教室に忘れた…」

「またかよ…待っといてやるから。早くとってこい」


そしたら必要最低限でない会話は?駄弁ることを始めた人は、どうやってそこまで至ったのだろう?


そして、その「言語」を知らない人とは、どうやって接したのだろう?



次の日。


「おっす、おはよ」

「へへへへへ」

「おい、何してんだよ」

「へへへへへへへ」

「おーい、聞こえてるかー?」

「あっ、いたんだ」

「気付いてなかったのかよ」

「見てよこれ」


そう言って女の子っぽい小さな手で握られていたのは、黒だけで描かれた………何かしらの絵だ。


「おお、うまいじゃないか、で、何の絵だ?」

「もーわかってないじゃん!これ君の絵だよ!?」

「ああね!やっぱりそうだよな!分かってたよ!」

「嘘だよね!それ!?」

「あはははは」

「お前ら朝から騒がしいなー」


気付かないうちに先生が来る時間になっていた。


「じゃ、俺席にもどるから」

「うん、また後で」


それからあいつは、朝の会の時も授業中も、一日中その絵を描いていた。

さっき見た時既に十分黒の割合が多かったのに、消しゴムはあまり使ってなかった。



放課後。


「おっす」

「やっほー」

「今日ずっと今朝のやつ描いてたよな」

「あ、バレてる?」

「逆にバレないと思ってたのか…?」


先生が来た時も夢中で、二回は叱られてたぞ。


「それで、どんな感じになったんだ?」

「みるー?はいっ」


んーーーーやっぱり自分を写した絵とは思えない。


「えーっと、ここが鼻でこれが口だろ?」

「これ全身画なんですけど」

「なんかごめん」

「あーあっ、やっぱわかんないんだー」

「まあお前ちっちゃい頃から絵はあんま上手くなかったからな」

「あー!そーゆーこと言う!」

「あははは、いいじゃんうまく描かなくても。もっと他のもの描けば?」

「だーめ!君だから描く意味あるの!こうなったらちゃんとできるまで居残るぞー」

「はいはい。でも俺今日ばあちゃん家行くんだよ。早く帰らないと」

「むーー!じゃあまた明日!」

「はいよ、また明日な。絵、楽しみにしてるから」


そういえば久しぶりに一人で帰るな。

そう思いつつ、遠回りしない道をいつもより速めに帰った。



夕方。


母さんとばあちゃんがずっと楽しそうに話してる。俺は暇だからずっとゲームしてる。


「ったく…ホントになんで来たんだよ…」

「あら、いいじゃない伸び伸びゲームできるんだから」


小さい文句が聞かれてた。


「それより父さんは?」

「なんか事件があったって。ほら、記者じゃない、お父さん。ニュースが始まる時間との相性が悪いみたいね」

「あたしもあん人にゃぁ随分と世話になってるからねぇ。いつかお礼をしたいと思ってるんだけどねぇ」

「おばあちゃん気にしすぎよ。この間なんかあの人〜〜〜」


あーまた伸ばしちゃった。こんなんだったらあいつと居残りすればよかったな…



『さて、速報です。今日県内の小学校で殺傷事件が起こりました。通報を受けて駆けつけた警察によって犯人は現行犯逮捕されましたが、死傷者が多くでている模様です。現場の樽村さん。』


「あら、この人お父さんと同じ所の人じゃない。お父さんは映らないのね」


『はい。今日午後四時半頃、こちらの小学校で刃物を持った30代中頃の男性が裏門から建物は侵入し、その刃物で大量の人に怪我を負わせた模様です。』


あれ。

あれ?


「ここの小学校…おれんとこ………」


その言葉を聞いて、しばらく黙っていた母さんがガバッと立ち上がり、俺を抱きしめた。

チラッと見えた目が光っていた。



「良かった…今日早めに帰ってくれて………」


それより、それより。

たった一つ、だけどすごく大きい不安が胸を充満している。荒い呼吸で流そうとするが、外の空気がやけに苦い。


『多くの人数が被害を受けており、六人の死亡が既に確定しています。』



「…」


唯一、はっきりと見える名前があった。


【小学校3年生 佐々木胡桃】


ああ。やっぱり、じゃないけど嫌な予感は当たってた。

「死亡が確認」って死んだってことだよな。あいつは死んだってことなのか?そういや胡桃っていういい名前あったんだな。

まだ……現実のことじゃないみたいだ。


でも、世界は強引に現実を刻んでくる。


『こちらが、事件が起きた教室の一つです。あちこちに血液が飛び散っていて、事件の凄惨さを物語ってます。』


教室を撮った映像。そのカットの一つ、一瞬だけ写り込んだ机の上に、見覚えは………ないが、明らかに見たことのある紙が置いてあった。


(俺の……顔だろうな。)


明らかにあいつが描いた、黒一色の絵だった。

否、赤。紙はおそらく血の赤で染まり、黒はほとんど見えなかった。



絵、見たかったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふ。た。り。 京極みやび @miyabidayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る