幕間劇

黒騎士と魔女

『……かくして、女神官に騙された神国は、神への裏切りによって王女の命を救ったのであった。ああ、なんと王女の哀れなことか。望まぬ不死だけでなく、神の背徳者という名まで背負うことになろうとは。しかしその傍には、共に永遠を生きる騎士が控える。彼女たちの歩みは始まったばかり。そして、この時代にまで続いているのだ――』


語り手の声が劇場へ高らかに響いた。真昼間に始まった物語が終わりを迎えたのは、すでに陽が落ち始めたころ。

休憩を挟んだにしても長すぎたその物語は、しかし疲労よりも観客の涙をしっかり誘ったようだった。


「随分と脚色されているようだけど、見世物としては悪くなかったわ。最近はこういった観劇も進化していて、飽きないわね」


貴族席にいるべきだ、という周囲の視線を集めるのは、その少女が簡素なものとは言えドレスに身を包んでいたからだろうか。

色を吸い取られたような膝にまで届きそうな薄いブロンドはそれだけで目を引くというのに、どことなく世間離れしたような雰囲気がそれを誇張している。


「前回が何年前だと思っている。十年も進化するこの世の中、百年二百年も経てば別物にもなろう」


今回は庶民席での鑑賞。そのような服装では目立ってしまうと忠告した控えの男は、いつになっても変わらない主の箱入り具合にため息を吐いた。

神代のころですらそうだった。周囲に崇拝ともいうべき愛を注がれたこの少女は、世間のことを何一つ知らないまま国の象徴のように座し、下々の者に愛を振りまく。

あれから千年経った今でも、その根幹は変わらない。人との交流を減らしたせいもあるだろうが、あれだけ人の醜さをその身に集めながらも変わらぬ姿は、長く少女と付き合うものであればあるほど異様に見えるだろう。


「そういえば、そうね。もう百年くらい経ったのかしら。ふふ、ここ最近は百年単位でも些細なもののように思えてしまうから怖いものね。どう? ロアは楽しめた? ずいぶんと格好よく語られていたじゃない」


少女は悪戯っぽく笑って、自らの騎士に問う。返ってくる言葉など大体想像がついているが、聞かずにはいられない。


「美化しすぎだ。粗方脚色したのは奴だろうが、俺が聞かせたものを元にしているのならもう少しありのまま語ればよいものを」


「あら、貴方もそういうところは変わらないのね。それで、さっきのお知り合いやこの劇に誘ってくれた人には会っていかないの? どちらもこの劇場の中にいるんでしょ? もう長い付き合いの知人は少ないのだから、大切にしたらどうかしら」


「別にそのつもりはない。どうせやつらは大切にしようとしまいと変わらん。だからこそ俺たちの古い知人であり続けるのだろうから」


森の隠者に劇団の長。どちらも百年単位の付き合いがある数少ない相手だ。

昔はもっと身を潜めていたが、最近になって人との関わりを増やしたらしい。


「あの変わり者が今になって人を連れ歩くとはな。人とは変わるものだ」


「貴方も変わっていいのよ? もう千年も一緒にいるのだから、騎士としてではなく私に接してくれても」


「お前がそれを言うのか。千年も変わらないお前が」


少女は……千年生きる魔女は薄く笑って立ち上がる。

魔女が行くのであれば、騎士である男もまたそれに付き従っていく。


二人を見送るように、劇場には歌姫の美声が響きわたる。


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