万能缶詰 お題:「アンチョビ」「役立つ」

 みなさん、こんにちは。安地尾テレビショッピングです。司会は、本日もわたくし、堂知江が担当いたします。よろしくお願いします。

 さて、本日はですね、商品をご紹介する前に、お伝えしておかなければならないことがございます。まあ、テレビをご覧のみなさんには、もう、お分かりかと思いますが。わたくしたち、現在、いつもの撮影スタジオにはいません。なんとですね、スタジオの外、屋外にいます。いわゆるロケというやつですね。

 しかも、ただのロケではございません。見てのとおり、撮影クルーは今、南国感満載の島、エメラルドグリーンの大海原とネイビーグリーンのジャングルが広がる島にいるわけですが、実はこれ、遭難しておりまして。本当は、船の上で商品紹介を行う予定だったのですが、難破してしまいましてね。目が覚めたら、この島の砂浜にいたというわけです。しかも、さらに不幸なことに、無人島でして。まあ、いわゆる、サバイバル生活を強いられているわけです。

 もちろん、わたくしたちとしても、こんなことをしている場合ではない、ということは、重々承知しております。ただ、やはり、職業病と言うべきでしょうか、業界人魂と言うべきでしょうか。なんと言っても、もともと予定していた商品をご紹介する、絶好の機会ですしね。それで、ロケを敢行しているわけです。ぶっちゃけた話、半ば自暴自棄かもしれませんね。なんとか蓄えていた食料も、今朝で、底を尽いてしまいましたし。あはははは。

 おっと、失礼しました、ついつい可笑しくなって。まあ、こんな所にビデオカメラを残しても、将来的に回収されるかどうかはわかりませんがね。何もしないよりは、マシでしょう。

 それでは、さっそく、商品をご紹介します。本日、ご紹介するのは、これ。安斎水産の販売する、「万徳缶詰・塩蔵アンチョビ」です。

 一見すると、ごく普通の缶詰のように思うでしょう。しかしですね、ただの缶詰ではないんです。

 まず、こちらをご覧ください。缶詰の側面、ここに、ボタンが付いていますよね。これを押すと、ほら。なんか、たくさん、出てきましたね。実はこれ、いわゆる十徳ナイフみたいに、さまざまななツールが格納されているんです。サバイバル生活に打ってつけ、というわけですね。まさに、今、わたくしたちの置かれている状況のような。

 搭載されているツールはですね、これがスプーン、これがフォーク、これがナイフとなっています。結論から申し上げますと、他にも、爪切りに虫眼鏡、鉛筆に消しゴム、爪楊枝に懐中電灯、ディスプレイクリーナーからUSBメモリに至るまで、本当にいろいろ、付いています。

 しかも、この缶詰、これだけではございません。他にも、さまざまな機能が組み込まれているのです。

 まず、こちらをご覧ください。缶詰の側面、ここに、小さなディスプレイが付いていますよね。これ、何かと言いますと、実は、電子辞書なんです。

 この摘まみを引っ張ると、ほら、キーボードが出てきました。中には、国語辞典や英和・和英辞典、百科事典にクロスワードの問題集など、たくさん入っています。

 いやあ、ジャングルを探索した時、食べられる物なのかどうか、見た目ではわからず、一か八かで口にした結果、帰らぬ人となったクルーもいたのですが。これを見つけた後は、ずいぶんと採集できましたよ。今はもう、バッテリー切れで、使えませんが。

 次に、こちらをご覧ください。缶詰の底面、ここに、丸い出っ張りが付いていますよね。これを引っ張ると、ほら、小さな球体が出てきました。

 これ、何かと言いますと、実は、スタングレネードなんです。缶詰の側面、ここに、ボタンが付いていますよね。ここを押すと、さきほどのディスプレイにタイマーが表示されまして、カウントダウンが始まります。零になった瞬間、この球体が、辺りに、大音量のブザーと、強烈な閃光を巻き散らす、というわけです。

 しょせんは電子式、などと侮らないでください。今はもう、バッテリー切れで使えませんが、威力は、とても高いですよ。なにせ、知らずに作動させたクルーが一人、心臓発作を起こして、帰らぬ人となりましたからね。

 最後に、こちらをご覧ください。この島に棲息している、猿です。

 とても大きいでしょう。少なく見積もっても、身長、二メートルはありますよね。いやー、こいつら本当、気性が荒くて、とても攻撃的でですね、漂着してから二日目、ジャングルの中でいきなり遅いかかられた時は、本当、逃げるばかりでしたよ。クルーも一人、殴られた衝撃で首が折れて、帰らぬ人となりました。

 ところがこの猿、見てのとおり、今は死んでいます。もちろん、わたくしたちが撃退したのですが、その場面でも、この缶詰が役に立ったのです。

 どういうことかと言いますと、缶詰の側面、ここに、太い棒のようなものが付いていますよね。これ、何かと言いますと、実は、銃身なんです。

 缶詰の側面、ここに、トリガーが付いていますよね。これを引けば、装填してある金属弾が、棒の先端から発射される、というわけです。

 猿を倒せたのも、この銃のおかげです。ああ、後は、この猿が、体内に猛毒さえ持っていなければ、今ごろ、胃袋を満たせていたというのに。つまみ食いをしたクルーが、帰らぬ人となることも。

 おっと、失礼しました、ついつい愚痴を。では、そろそろ、わたくしたちの空腹も限界ですので、この缶詰、食べてみたいと思います。

 見てのとおり、蓋はプルトップではありませんので、缶切りが必要です。ええと。あれ。缶切りが。あれっ。缶切りは。あれっ。

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測距する短絡的な遊撃手たちの訂正 ~即興執筆ショートショートコレクション~ 吟野慶隆 @d7yGcY9i3t

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