森に入るなり、すぐさま異常を察した。


 私の腕ほどある太い大木が、辺りに何本も転がっている。しかも地面には、七色に輝く美しい羽根が何枚も飛び散っていた。


 この惨状が落石鳥によって起こされたものでなければ、なんだろう?


「馬鹿な……まだ森に入って十分くらいだぞ? こんな人里近くまで下りてくるなんて――」


 こうなると、アルの即急な判断が功を奏したと言える。

 となれば、四の五の言っていられる状況ではない。


「アル。一度引き返そう。状況をギルドマスターに伝えるんだ。あの男だって馬鹿じゃあない。事の次第を理解できるだけの頭はあるはずだ。二人だけでなく、ギルド総出で――」


「うーん。でも大丈夫みたいですよ」


「なに?」


「この羽毛――飛び散っているというより、地面に擦り付けられているみたいですよね? どうしてでしょう? 鳥さんなら翼もあるし足だって生えているのに」


「ど、どうしてって……」


「多分、ごろごろーって転がってきた――そう考えるのが自然ですよね?」


「しかし、そんな寝相が悪いわけでもあるまいし……あ」


「そう。鳥さんは、まださんなんです。となると、大人数で来たら、起こしちゃうかもしれませんよ?」


 そう言ってアルは静かに歩き始める。


「そーっと行きましょう。起こしちゃったら悪いですから」


「…………」


 頷きながらも、私は関心していた。

 よく見ている――この状況で、なんという冷静さだ。

 ただ単に、呑気なだけかもしれないけれど。


 なんにせよアルの判断は正しい。眠っているならわざわざ起こす道理もない。寝込みを奇襲した方が、討伐の成功率は格段に上がる。


 少数精鋭での奇襲――

 実質、私一人みたいなものだけど。


 そこからさらに、枝木を静かに搔き分けながら進むこと十分。

 それは唐突に目の前に現れた。


「――!」


 一瞬、冗談だと思った。地面に散らばった羽根を見た時もしや、とは思ったけど――まさか全身が七色に輝く羽毛に包まれているとは。


 それだけじゃない。サイズも尋常じゃなくデカい。二階建ての民家くらいはあるだろう。くちばしだって、成人男性を優に超えている大きさ――もしあんなものについばまれたら、一瞬で肉片になってしまいかねない。ゴーレムの装甲といえど、耐えられるかどうか。


 落石鳥は、きゅるきゅると可愛い寝息を立てていた。しかし時たまピタリ、と寝息が止んで、不機嫌そうな声を上げる。


(寝苦しい――の、かな?)


 悪天候や凶作が、眠りに影響を及ぼしたのだろうか? なんにせよ、安眠とはいかないようだ。


(かわいそうに。きっと、悪夢を見ているんですね)


 と、アルは断言して――

 あろうことか、落石鳥の目の前に近づいていく!


(馬鹿――! アル、出すぎるな! 気づかれるぞ!)


 慌てて私も、アルの傍に近寄る。

 しかし、この時もアルは落ち着き払っていた。


 落石鳥の目の前に躍り出ると、そっと杖を構えて、こそりと呪文を唱える。やがて、落石鳥の目の前に暖かい光が広がっていく。


(これは――安息魔法ストレアか?)


 安息魔法とは、対象の気分を落ち着け、和らげる効果を持った魔法のことだ。実用性が低いことから、とっくに廃れたと思っていたが――そこは、さすがのイトラ教皇である。


(しかしなぜだ? 安息魔法では落石鳥を倒せない)


 それはアルにも分かっているはず。私には、彼女の思惑が読めなかった。


(この期に及んで落石鳥を助けるようなことに、意味があるのか?)


 と、思ったその時。


「………!」


 静かに、落石鳥の眼が開いた。そして虎視眈々と、視線をアルに向ける。

 アルはまだ、魔法の詠唱に夢中で気がついていない――!


「アルッ!」


 気が付くと、体が反射的に動いていた。


 両肘の辺りから、凄まじい勢いで蒸気が噴出する。イトラエンジンが急速に起動し、体の端々に熱いエネルギーが行き渡る。


 マギデウス――古代イトラ文明が残した忘れ形見。


 その力を発揮するべきは、今、この瞬間だった。






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