5
森に入るなり、すぐさま異常を察した。
私の腕ほどある太い大木が、辺りに何本も転がっている。しかも地面には、七色に輝く美しい羽根が何枚も飛び散っていた。
この惨状が落石鳥によって起こされたものでなければ、なんだろう?
「馬鹿な……まだ森に入って十分くらいだぞ? こんな人里近くまで下りてくるなんて――」
こうなると、アルの即急な判断が功を奏したと言える。
となれば、四の五の言っていられる状況ではない。
「アル。一度引き返そう。状況をギルドマスターに伝えるんだ。あの男だって馬鹿じゃあない。事の次第を理解できるだけの頭はあるはずだ。二人だけでなく、ギルド総出で――」
「うーん。でも大丈夫みたいですよ」
「なに?」
「この羽毛――飛び散っているというより、地面に擦り付けられているみたいですよね? どうしてでしょう? 鳥さんなら翼もあるし足だって生えているのに」
「ど、どうしてって……」
「多分、ごろごろーって転がってきた――そう考えるのが自然ですよね?」
「しかし、そんな寝相が悪いわけでもあるまいし……あ」
「そう。鳥さんは、まだ眠れる落石鳥さんなんです。となると、大人数で来たら、起こしちゃうかもしれませんよ?」
そう言ってアルは静かに歩き始める。
「そーっと行きましょう。起こしちゃったら悪いですから」
「…………」
頷きながらも、私は関心していた。
よく見ている――この状況で、なんという冷静さだ。
ただ単に、呑気なだけかもしれないけれど。
なんにせよアルの判断は正しい。眠っているならわざわざ起こす道理もない。寝込みを奇襲した方が、討伐の成功率は格段に上がる。
少数精鋭での奇襲――
実質、私一人みたいなものだけど。
そこからさらに、枝木を静かに搔き分けながら進むこと十分。
それは唐突に目の前に現れた。
「――!」
一瞬、冗談だと思った。地面に散らばった羽根を見た時もしや、とは思ったけど――まさか全身が七色に輝く羽毛に包まれているとは。
それだけじゃない。サイズも尋常じゃなくデカい。二階建ての民家くらいはあるだろう。
落石鳥は、きゅるきゅると可愛い寝息を立てていた。しかし時たまピタリ、と寝息が止んで、不機嫌そうな声を上げる。
(寝苦しい――の、かな?)
悪天候や凶作が、眠りに影響を及ぼしたのだろうか? なんにせよ、安眠とはいかないようだ。
(かわいそうに。きっと、悪夢を見ているんですね)
と、アルは断言して――
あろうことか、落石鳥の目の前に近づいていく!
(馬鹿――! アル、出すぎるな! 気づかれるぞ!)
慌てて私も、アルの傍に近寄る。
しかし、この時もアルは落ち着き払っていた。
落石鳥の目の前に躍り出ると、そっと杖を構えて、こそりと呪文を唱える。やがて、落石鳥の目の前に暖かい光が広がっていく。
(これは――
安息魔法とは、対象の気分を落ち着け、和らげる効果を持った魔法のことだ。実用性が低いことから、とっくに廃れたと思っていたが――そこは、さすがのイトラ教皇である。
(しかしなぜだ? 安息魔法では落石鳥を倒せない)
それはアルにも分かっているはず。私には、彼女の思惑が読めなかった。
(この期に及んで落石鳥を助けるようなことに、意味があるのか?)
と、思ったその時。
「………!」
静かに、落石鳥の眼が開いた。そして虎視眈々と、視線をアルに向ける。
アルはまだ、魔法の詠唱に夢中で気がついていない――!
「アルッ!」
気が付くと、体が反射的に動いていた。
両肘の辺りから、凄まじい勢いで蒸気が噴出する。イトラエンジンが急速に起動し、体の端々に熱いエネルギーが行き渡る。
マギデウス――古代イトラ文明が残した忘れ形見。
その力を発揮するべきは、今、この瞬間だった。
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