時間旅行、ふたり乗り

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

時間旅行、ふたり乗り

「おっしゃ授業終わりぃ! ほれ遊びに行くで!」


 放課後を迎えるや否や、クラスの帰宅部連中に次々と声をかけて回る男子生徒、暁海あけみ 陽一よういち……あだ名はヨウちゃん。180cm近い背丈に、明るい性格と垢抜けた容姿。それらを活かして、体育会系の部活でモテ期を謳歌してもよさそうなものだが、まあ、気性は人それぞれ。少なくとも、今は気の合う男友達と騒いでいる時間が彼にとっては大切らしかった。


「お~い、ソラっちも行くでえ」


 彼が最後に声をかけたのは、教室後方の窓際席で帰り支度をしていた三上みかみ そら……あだ名はソラっち。と言っても、それを使っているのは名付け親である暁海だけだったが。


(またか……あいつ、どうして俺を誘うんだ?)


 半年前に東京から引っ越してきた三上は、いまだこの大阪という土地に順応できていなかった。きつく聞こえる話し言葉に、やたらと近い距離感。こちらが心の壁を取り払う前に、向こうが勝手に乗り越えてくる……そういう気質が性に合わなかったから、三上はより高い壁を築いた。その結果、なんとなくクラスで浮いた立ち位置になってしまった。しかし、その高い壁をものともせずに登ってきたのが暁海であった。


「ほな、正門前で待っとるからなァ!」


「おいっ……」


 暁海は、三上の返事を待たず五人の帰宅部仲間を引き連れて教室を出ていってしまった。


(……まったく、行くしかないじゃないか)


※ ※ ※


「今日はどこ行くんや?」


 帰宅部の一人が尋ねると、暁海はウーンとわざとらしく眉間にシワを寄せて考えるフリをして、すぐに「ゲーセンやな!」と答えると、質問した男子がすかさず「今日もかい!」とツッコミを入れ、ガハハと笑いが起こった。昨日とまったく同じやり取りである。まあ、三上もなんだかんだ毎日付き合っているので楽しくないことはないのだが、こういう関西ノリにはまだ少し疎外感を覚えてしまうのであった。


「よっしゃ行こか!」


 暁海の号令で、三上以外の皆が一斉に自転車のペダルに足をかけた。三上はこの中で唯一、地元民ではなく電車通学だったので、自転車という"足"を持っていなかった。だから、寄り道する際の交通手段はいつも決まっていた。


「はいよ」


 暁海は三上の方に振り向いて、サドルをバンバンと叩いた。彼の自転車は、後輪の中央のボルトを外して、足を乗せられる棒状のステップに取り替える改造が施されていた。


「……ん」


 三上は、暁海の両肩に手を乗せて、グッと地面を蹴って勢いよくステップに足を乗せた。


「分かっとると思うけど……」


「警官が見えたら飛び降りる」


「さすがソラっち。……よいっしょお!」


 男子二人分を動かすために、暁海が二倍の気合を入れる。ゆっくりと動き出した自転車から落ちないように、三上は肩に乗せた両手に力を込めて、器用にバランスをとった。最初の頃はフラフラして危なっかしかったが、今ではすっかり慣れたものだった。


※ ※ ※


「いえ~いオレの勝ち~!」


「なんなんヤッさん、その顔に似合わんリズム感!」


「はい顔は関係ありません~!」

 

 彼らの間で今一番盛り上がっているのは、音楽ゲームによる対戦である。1プレイごとに交代しては、その勝ち負けに一喜一憂している。ゲームそのものが、というよりも、仲間同士でワイワイと騒いでいられることが楽しかった。


「次、オレとソラっちやで」


 暁海に呼び込まれ、三上が隣に立った。


「まあ~、勝つのはオレですけど!」


 と、口だけは達者な暁海であったが、結果は三上の圧勝だった。


「……これで俺の三連勝だな」


 ふふん、と三上が余裕の笑みを浮かべる。


「なんで!? 絶対音感の貴公子と呼ばれたオレやで!? なんで!?」


 大袈裟にガックリと膝をつく暁海を見て、帰宅部連中が爆笑する。


「いや、誰も呼んどらんから!」


「ほんま、昔っからヨウちゃんのリズム感の無さヤバすぎやろ!」


「そうそう、小学校の時の合唱コンクール、一発目から音外した事件!」


「あれな! クッソ笑ったわほんま!」


「やめろや~人の黒歴史漁るの~」


 彼らにとって、その話題は何年経っても「すべらない話」であり、事あるごとに振り返っては笑いを巻き起こしている。あくまでも彼らにとっては、であるが。


「………………」


 三上は、さっきまでの楽しかった気分がスッと引いていくのを感じた。暁海の子供時代のことを彼は知らない。疎外感だけではない、何か別の感情が胸の奥に蓄積していく。それは、あまり気持ちのいいものではなかった。


※ ※ ※


「はー、楽しかった!」


「また明日なぁ!」


 ゲームセンターを出たところで、大きく手を振り、各々別れて帰路についた。暁海は「ほな行こか」と、また自転車のサドルを叩いた。三上を駅まで送るのは、いつでも暁海の役目だった。


「は~、ホンマおもろかったな~」


 自転車を漕ぎながら、暁海が嬉しそうに話しかけてきた。


「そうだな」


 背中越しに答えを返す。浮かんだ小さな笑みは、暁海からは見えない。


「しっかし、来年は受験かぁ~。もうこんな風におおっぴらに遊ばれへんのやろなぁ~」


「そうだな」


「もしかしたら、今が人生で一番楽しい時かもしれんな。いやこれマジで」


「………………そうだな」


※ ※ ※


「ほな、また明日な!」


「おう」


 駅前で自転車を降り、二人も別れた。


(今が人生で一番楽しい時……か)


「……おい!」


 気付いたときには、背を向けて去ろうとする暁海に声をかけていた。


※ ※ ※


「学生ふたり、二時間で」


 二次会の場所は、駅前の雑居ビルの三階にあるカラオケ。通されたのはこじんまりとした部屋だった。


「ジュース取ってくるわ。何がいい?」


「カルピス」


「オッケー」


 バタンとドアが閉まり、残った三上は一人でデンモクをいじる。突発的に決めた二次会だったので、特に歌いたい曲があるわけではなかった。もっと言えば、別にカラオケでなくても、場所はどこでも良かったのだ。


「ほい、カルピス」


 肩でドアを開いた暁海は、両手に持ったカルピスをテーブルの上に置いた。三上は代わりにデンモクを渡して、マイクを手にとった。


「おっ、もう曲入れたんか? ……ってお前!」


 流れてきたイントロを耳にして、暁海がツッコミを入れた。


「これオレの十八番おはこやんけ! いきなり獲るかフツウ~!」


 暁海の抗議を聞き流して歌い始める。もちろん、三上はこれが暁海の好きな曲だということは知っていた。それはそうだ。彼から勧められて聴き始めたのだから。


「よーし、ほんなら次はお前の得意なやつ歌ったるからな~! よう聴いとれよ!」


 マイクとデンモクを交換し、彼の外した音程に苦笑いを浮かべる。


「絶対音感の貴公子…………ぷっ」


「おい何笑てんねん! しっつれいな奴やでほんま~!」


 いつの間にか、あのもどかしい感情は三上の心の中から消えていた。


 音楽は、いつも思い出と一緒に旅をする。その曲を耳にすれば、いつでもあの頃に飛んでいける。


 受験を終えて、卒業して、それぞれの進路へ進んで、なんとなく連絡しなくなって、お互いに家族を持って、いつしか、今までの人生の何倍もの月日が経って。


 それでも、あの曲を聴けば思い出すのだろう。彼の、あの下手くそな歌声を。


 だから、彼が思い出すのもきっと……。


-おしまい-

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時間旅行、ふたり乗り 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

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