第14話*ファナの出立、エリカたちの決意

「ファナ、州都に行くんだって? よく団長ウーゴが許可したなぁ」


 ファナたちがメインテント前で出立の準備をしていると、そこに野次馬根性丸出しで団員たちが訪れては声を掛けていく。女性団員は心配を口にしてくれて感謝なのだが、男どもにいたっては心配よりもウーゴへのからかいがメインであり、正直やめてもらいたいと思うファナである。

 からかわれるたびに顔を赤くしているパパを見るにつき、もうほんと面倒で鬱陶しく、ため息をつかざるを得ない。他にもパパの顔を赤くする要因がある。州都からの使者、補佐官ロングスが置いて行った従者、カルドゥスの存在である。


「おいカルドゥス。たかだか二時間ちょいの道のりとはいえだ、道中は魔獣が出るところも通る。俺の大事なファナに怪我なんてさせたら、ただじゃ済まさんからな! ああくそ、ほんとなら俺が付いて行って……、いや、そもそも州都に行かせることすら嫌なんだがっ!」


 カルドゥスをねめつけながら、言いがかりともいえる愚痴を垂れ流すウーゴ。上背がありガタイもいい二人が向かい合って立っていると、それだけで周囲に無駄な圧迫感と暑苦しさをまきちらしている。とは言え、カルドゥスはそんなウーゴの言葉にもどこ吹く風といった面持ちで、薄い笑いを浮かべたまま余裕を崩さない。そこがまたウーゴの神経を逆なでるわけだが。


「パパ。出来もしないことをいつまでもグチグチ言わない! 幕僚長レガトゥスたるコッスス様からの呼び出しを断れる訳ないのです。いい加減あきらめてください」


 エリカがそんなウーゴを叱咤する。もちろんエリカとてファナを州都になど行かせたくないし、行くなら行くで付いて行ってあげたい。しかし自分が州都へ行くのは可能な限り避けたいと考えてしまうのも偽ざる気持ちとしてある。

 ここに自分たちが居るということが、コッススにバレてしまった時点でもう手遅れなのかもしれないが、それでも面倒は少しでも先延ばしにしたい。

 幸いと言っていいかはわからないが、ファナがエリカの子であることはロングスに知れたし、それは当然コッスス、ひいては属州提督バルブラ様の知るところにもなるだろう。そもそもカルドゥスを残したのはファナの安全を考えての行動とみていい。


「ファナ、ママたちが付いて行ってやれなくてごめんね」


 エリカは州都の公邸へと赴くのだからと着飾らせたファナを抱き寄せる。ファナはいつも通りなのはツインテールだけで、おろしたてのキャミソールにショートパンツ、オーバーニーソックスにショートブーツという出で立ちに加え、フード付きのショートマントを羽織っている。おかげでちょっとお嬢様風に見えなくもない。もちろんフードはファナの髪を衆目から隠すためでもあるが。

 そんなエリカにファナも甘え、抱き返す。もうファナの中の亨は割り切り以上に家族にべったりの心持ちとなっていて、ファナの感情に染まり切り、抱き返すことに抵抗感は全くない。


 ファナを抱擁しながらもエリカは言う。


「ディーノ、それにクリスとレクシー。ファナのこと、くれぐれもよろしくお願いね。それにファナも勝手なことしないで、ちゃんと三人の言うことを聞いて行動してね」


あねさん、お嬢のことはしっかり州都まで送り届けるから、安心してくれていいよ。それに、レクシーと、なんてったってクリスも居るんだし、大丈夫だと思うなぁ。なっ? クリス」


 ディーノが調子良く請け負ったうえでクリストバルに振る。


「くっ……。あ、ああ、エリカさん、任せておいてくれ。俺とレクシーがしっかりファナをガードする。ディーノさんはせいぜい見守っててくれればいいさ! それにアルマさんから属性付与マギアスーベンティオされた武器もいただいたしな」


 アレクシアを見ながら自らの武器を掲げるクリストバル。その手にあるのは近接でこそ威力を発揮するブロードソードである。両刃の剣の持ち手にピオニーが仕込まれていて、そこに魔法術士が魔力を込め、ある一定の効果を発揮することが出来るようにしてある、魔道具である。


「そうだね、私もグレイブ洋風薙刀を頂いたよ。使う機会が無いにこしたことないけどね。とにかく! ディーノさんもクリスも短時間とはいえ、旅の仲間なんだから仲良くしてよね。目的間違わないでちゃんとファナちゃん守らなきゃダメだからね!」


「みんな仲良しで行こうね! 私も迷惑かけないようがんばる!」


 ファナも便乗して、メンバーに声掛けする。


「くれぐれも危ないことするんじゃないぞ、ファナ。ディーノ、クリス、レクシー、お前たち、ホントに頼むからな~!」


 最後はもう涙声になりながらのウーゴの語り口にメンバーはうざったく思い、いい加減準備の整った馬車に乗り込むこととした。乗り込むのはファナとクリストバルの二人。アレクシアとディーノ、そしてカルドゥスはそれぞれ愛馬へと騎乗する。ファナが乗る馬車はかわいらしい一頭立ての二輪幌馬車カブリオレで、御者は当然ながらクリストバル。


「おいファナ、お前、今回は馬車酔い大丈夫だろうな?」


「むむぅ、馬車酔いなんてもうしないよ? 私大丈夫!」


 前回の教訓を胸に、二の鉄は踏まぬとばかりに魔法を使うことを忘れないと心に決めているファナは、クリストバルと、同じように心配してきたママと向かって自信たっぷりにそう答えた。そもそもだいぶ慣れたし、大丈夫だろうと考えているファナである。


 見送りに来ていた大人たちは、そんなファナの様子を暖かい目で見るのだった。


「よし、準備も整ったようだし、出発してくれ。ファナ、向こうに着いたら妖精をうまく手なずけるなりして、なんとか連絡をとる努力をしろ。お前になら奴らも喜んで協力してくれるだろ。それとディーノ。まだどう状況がころぶかわからんからな、向こうに残るにしろ、戻ってくるにしろ、なるべく連絡を付ける努力は怠らないように頼む。頼りにしてるからな!」


「ああ、まかせてよ、団長!」


 クリストバルのディーノへの評価とは裏腹に、ウーゴのディーノへの信頼は厚いようである。そんなところがちょっと不服なクリストバルであった。


 ウーゴは最後にカルドゥスを睨みつけながらも一言いう。

 

「ファナをお前に託す。いいか、ファナに傷一つでも付けることがあったなら……、冗談抜きでただじゃ済まさねぇ! お前の飼い主にもそう言っとけ! ……た、たのんだ――」


 最後はちょっと沈んだ声になるウーゴ。相当に悔しそうである。

 そんなウーゴを見て、ずっと浮かべていた薄い笑いをおさめ、言葉を返した。


「――善処する」




 

「さあ、行きなさい。……ファナ、気を付けていってらっしゃい」

「うん、行ってきます」



 ファナの頭をひと撫でし、名残惜し気にエリカは馬車から離れる。

 それを合図に一団は一路、州都アリステリアに向け出発した。




「行っちまったねぇ」


 ひっそり影から見送っていたデリアが、アルマを伴って現れ、ウーゴとエリカに声かける。


「そうですね……」

「ああ、ファナ。心配だ……」


 未だ、めめしくそうのたまうウーゴ。


「まったく、いつまでもしつこいねぇ。いい加減ウジウジするのはおやめ!」


 そう言って持っていたロッドでウーゴをはたくデリア。


「いたい、痛いってデリア様。わかった、わかったから! もう言わねぇって」

「ならば、よし。それよりエリカ」


 真面目な調子に切り替え、エリカに語り掛けるデリア。


「はい、デリア様」


 一瞬ぴくりと身を震わせてからデリアの呼びかけに答えるエリカ。


「まだファナには伝えてないようだねぇ? 良かったのかえ」


「……はい。言えません……でした。まさかこんなに早く――。こんなことなら町になんて行かせるんじゃなかったと、……後悔してしまいます」


 エリカにしてはうな垂れ、元気がない。こんな姿はめずらしい。少なくともファナに見せたことは無い。


「いつまでもこの狭いキャンプに閉じ込めたままと言うわけにはいくまいて。あの子はとても頭がよく、何より才能がある。それになにより、まだ12歳だ。留めておいては可哀そうというものだよ。それはぬしもわかっておろう?」


「そう……、ですね」


 エリカはつぶやくようにそう答えると、ウーゴの胸にすがった。


「やれやれ。子離れできない親にも困ったものだねぇ。元々お主たちがやらかしたからこそ、こうなったんだよ? しっかりおし! 子供に親のしがらみを背負わせる気かい」


 デリアにこう言われ、思わず顔を見合わせるエリカとウーゴ。


「パパ……、ウーゴさん」

「……そう、だな。そう、だよな!」

「13年です。あれから13年。……仕方ないです……ね」

「だなぁ。しゃーねぇ! あのクソじじいに頭下げるか」

「もう、クソじじいだなんて……、でも私の、一応お父様なんですからね?」


 二人はふと真顔で見つめ合う。


 「「ぷふっ」」


「覚悟決めっか!」

「そうですね」


 そんな二人を見てデリアとアルマは苦笑いするしかない。


「まったく。もっと早く決められなかったもんかね……。まぁいいさ、せいぜい気張んな、ファナのためにも、ハンパするんじゃないよ!」


 デリアの叱咤激励を受けた二人の顔はつい先ほどまでと違い、晴れやかなものになっているのだった。

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