第13話*ファナ、州都へ

 いつもと違う様子に不安にかられたファナは、パパとママの居るはずのメインテントに向かって走り出した。クリストバルとアレクシアも慌ててファナを追う。

 メインテントの入り口をまるで塞ぐかのように横付けされている馬車クーペまで近づいたところで、そばで待機していた騎馬がファナたちの行く手を阻んだ。

 派手さはないものの見事な装飾が施された馬具を装着された、艶のある黒色の毛並も鮮やかな、威圧感さえ感じる立派な馬である。騎乗するのは急所のみ金属プレートで覆われた軽装の鎧に身を包んだ、均整のとれた立派な体躯を持つ30代なかばに見える男で、馬上でその背丈ははかれないものの、190cm越えのウーゴに匹敵するサイズがありそうである。そんないかにも屈強な風体ふうていを見せる騎馬がファナたちの前に立ちふさがったのである。


「失礼だがそなたらはここにどのような要件でまいられた? この中には今、属州総督の幕僚長レガトゥス側近コミテスたるコッスス様よりの使者であり、下僚集団オフィキウムの一人、補佐官のロングス様がお見えだ。不要不急の来訪はお控えいただきたい」


「はわっ、よ、要件……、そ、そのっ」


 馬上の男からのそんな問いかけに、勢い込んでここまで来たファナは、場違いな可愛らしい声であわあわするばかりで、返答に窮する。中の人を構成する亨は、こういうプレッシャーにははなはだ弱く、もう普通に12歳の子供と何も変わらない。そんなファナを見て男の眉がかすかに動いたが、特になにを言うということもなかった。


! 私たちはここの採掘団の一員で、中に居る人は私たちの家族です。立派な関係者で中に入る権利は当然にあります。ですので通してもらえませんか?」


 ファナ同様、おたおたしているクリストバルを押しのけ、アレクシアが前にずいと出てそう問い返した。


「ほう、娘、なかなかに言う。だが私とて立場上、はいそうですかと、たやすく通すわけにもいかぬな。それぞれ名と立場を言うがよかろう。それで判断する」


 馬上の男は屈強な出で立ちとことなり案外優しそうな灰色の目を細め、気丈に振舞うアレクシアとファナらに更に問うた。


「わ、私は、アレクシア・ナダル。採掘団の経理をしているロレンソ・ナダルの娘です」


 まずはアレクシアが無難に答え、クリストバルに視線を送る。


「お、俺はクリストバル。クリストバル・シルヴァだ、いえ、です。団の副長やってるルイス・シルヴァの息子です……」


 クリストバルのちょっと不満げな目をしながらの答えに、かすかに口角を上げる馬上の男。どうやら若者らの様子を面白がっているようにも見える。そして最後はファナであったがそれは果たされなかった。


「どうしたのだカルドゥス? なんとも騒々しいではないか」


 そう言って、テントの奥よりゆったりした物腰で現れたのは、頭頂部が円形に禿げ上がった白髪の男である。貫頭衣トゥニカ上着トガというその装いから、ローマ帝国の公職についている者とわかる。――もっともファナたちにはそんなことはわからないことではあるが――。背が低く小太りなその体躯は、特徴的な頭部もありなんとも愛嬌があるように見えるが、薄く開いた目からは表情を読むことはできない。


「ロングス様。騒がせたこと、お詫びいたします。今しがた、このテントに入ろうとしていた者たちがおりましたので、身元確認をしていたところでありまして……」

「ほう、来訪者であったか。しかし、さもありなん。ここはアトランティス群島きっての魔畜クリスタルピオニーの採掘地であるからな、人の出入りも激しかろうて。どれ、どのような……」


 ロングスと呼ばれた小太りの小男がファナたちの方を一瞥し、その目がファナをとらえたところで動きが止まった。

 細い目をそれなりに見開き、自分のことをじっと見つめてくる男を前に、どうしていいかわからず身じろぎ一つせず、固唾かたずをのんで男の反応を待つファナ。色違いの目ヘテロクロミアが不安げに揺れる。ファナの中の亨、人にかしずかれるような立場の人間に会ったことなど当然なく、かなりビビリが入っていたりする。


「こ、これはまた、見事なまでの赤紫ピオニー持ち……。ふうむ、寄せられた情報は確かであったか……」


 小太りの男、ロングスがファナに鋭い視線を送ったまま小声で何やら呟いているが、ファナたちには聞き取れず、ずっと緊張した状態が続くかと思いきや。


「ロングス様、あまり私のファナちゃんを怖がらせないでもらえませんか? そんな怖い顔をして見つめられてはかわいそうです!」


 テントの奥から出て来るや、ロングスにそう言葉をかけた人物は、そのままファナの横について胸元に抱き寄せ、艶のある滑らかな銀髪を優しい手つきで撫でた。


「ママ!」


 ファナは一気に気が抜けて、そのまま目いっぱい抱き返した。


 そう、現れたのはエリカである。その後ろには難しい顔をしたウーゴまでいる。エリカたちの登場に緊張した空気が多少緩み、クリストバルとアレクシアもほっと息を吐く。カルドゥスと呼ばれた馬上の男も、いつの間にやら馬から降り立ち、ロングスの傍に控え、守るように立っていた。


「エリカ様……、そうですか、そのお子はエリカ様の娘御であられたか。なるほど、そう思って見てみれば目元などよく似ていていらっしゃる。ほほほ、お可愛らしいものですな」


 ロングスと呼ばれた禿ツルピカが妙にうやうやしい口調でママに話しかけるのが非常に気になるファナであるが、まだまだ緊張した空気が残る中、何事か口に出すのもはばかれる、ファナの中の亨、ビビリで臆病者な元35歳男、日本のしがないおたくサラリーマンである!


「ロングス様。ファナちゃんが可愛いのは当然として、しがないピオニー採掘団の女にそのようなおっしゃりようは、なさらなくても結構ですから」


 ファナの小さな頭を撫でつつ、ちょっと困ったような表情を浮かべながら、謙遜けんそんの言葉を返すエリカ。しかもついでにファナを褒める言葉を忘れず入れるあたり、ぶれない。


「なるほどなるほど。まぁ兎も角ですな、先ほどの話、しかと伝えましたからな。明後日には改めて迎えの馬車クーペを寄こしますので、は論外としても、デリア様にも十分ご理解いただいた上で、州都への来訪、心よりお待ちしておりますぞ」


「なっ、こんのくそっぱげッ! 勝手なことばかりぬかしやがって! 俺の大事なファナを……」


 ウーゴがロングスの言葉に思わずキレかかるも、エリカが素早くその口を手でふさぎ、ついでにワンドを持ち、詠唱を短く唱えた。


「拘束――、リミーゴ」


 詠唱と共にウーゴの体を淡い紫がかったモヤが覆い、それが体に沿うように収縮していく。屈強で強靭な肉体をもってしてもあらがえない力でそれは収縮し、最初はジタバタもがいていていたウーゴだったが、ついには身動きがとれなくなってしまった。


「ママぁ、そりゃないぜー!」

「ごめんなさい、パパ。でも今はちょーっと、しててください」

「……! わ、わかったよ、ママ」


「ほほほっ、相変わらずの短気で短絡的な思考の持ち主ですね。こんな男の……いや、まぁいいでしょう」


 ロングスの言葉に、動けないながらも目だけで射殺す勢いで睨みつけるウーゴ。

 ウーゴとロングスの間には、ウーゴに負けず劣らず屈強な男、カルドゥスが余裕の表情を浮かべながら、守るように立っている。それがまたウーゴの神経を逆なでるが、何もできず、歯噛みするしかない。


「ロングス様、こちらから出向きますので迎えは寄こしてもらわなくて結構です。ですので本日はどうか……、お引き取りください」


 そう訴えるエリカと、その横でウゴウゴするウーゴ。不安そうな表情を浮かべて、両親を見上げているファナ。そんな家族の姿を見ながら思案するロングス。


「なるほどなるほど。よろしい、そのように手配するとしましょう。ただし、私の護衛リクトルの一人であるこの男、カルドゥスを随伴させることを条件としましょう。何人同行してきてもかまいませんが、それだけは必須ですぞ、よろしいですかな?」


「……それで結構ですわ。ね、パパ?」

「く……、わ、わかった。勝手にするがいいさ、どうせ俺なんて……」


 とうとう拗ねだしたウーゴである。図体のでかい、いい年した男がそんな態度をしても誰も得をしないであろう。そんな中、ファナはちょっと可哀そうと思わないでもなかったので、自然な流れで背伸びをしてウーゴの頭をヨシヨシと撫でてやるのであった。(亨自身もこの行動にビックリしたが、これもファナとしての気持ちのなせる技であろうか?)


「ふぁ、ファナ! お前って子はなんて優しい……。くうぅ、パパは嬉しいぞー!」


 ファナを抱き寄せて愛でたいウーゴであったが、今だママによって拘束されている身でそれはかなわず、身もだえるしかない。それを見て失笑するカルドゥス。そんなカルドゥスを見て今度は怒って赤面するウーゴ。もうカオスである。




――そんなことがありつつも、なんとか州都からの来訪者を送りだした採掘団の面々。

 ファナ、そしてクリストバルとアレクシアは、結局その流れに全くついて行けないままに済んでしまったわけである。


 とは言っても会話の端々から、これから何が起こるのか予測は付こうというもの。


 ファナは目の前で馬と戯れている、居残った大男カルドゥスを前に深いため息をつくしかなかった。


「ファナちゃん、お話があります。クリスとレクシーも一緒に聞いておきなさいね」


 エリカの言葉に、見事三人そろって頷いた。

 それを見て失笑する大男、カルドゥス。190cm近い浅黒い肌をした巨体に、くすんだ金髪という、派手な見た目と違い、案外人懐っこい性格なのかもしれない。


「ファナちゃんは、アトランティス属州総督側近のコッスス様から招聘しょうへい……、いえ、呼び出しを受けました。だから州都アリステリアに行かなければならなくなりました。出発は明後日です。そこのカルドゥスさんと一緒に行くことになります」


 ここまで話して間を置くエリカ。三人の表情を窺う。すかさず質問を投げかけるアレクシア。


「エリカさん、それって強制ですか? 理由はなんですか? それにいつまでとか、決まってるんですか? いくら魔法が使えるとはいえ、ファナちゃん、まだこんな小さい子なのにどうして……」


 アレクシアの矢継ぎ早の質問より、小さいという言葉が何気にぶっささるファナである。12歳になってもなかなか身長が伸びないファナ。ここ一番の悩みの種であるが、なんともしょぼい悩みといえよう。


「レクシー、心配してくれてありがとう。先ほどのロングス様の話に強制という言葉はないけれど、属州総督の側近であるコッスス様の命で出された呼び出しなの。断ることなどできないわ。呼び出しの理由も不明。話の中で期日は触れられてないからそれもわからないわ。すぐ帰ってこれるかもしれないし、帰れないかもしれない。わからないことだらけで困っちゃうわ」


 アレクシアはなんとも言えない理不尽さに言葉を失った。クリストバルはこんな時どういった言葉をかければいいのか想像もつかないので黙っていた。


「ママ……、パパ……」


 不安げな表情を隠すこともなく、両親を見つめるファナ。亨の記憶があったとしても心細いのは変わらないのでその表情は完全な本心の表れである。


「大丈夫。何があろうとファナのことは私とパパが絶対に守りますからね! お願いだからそんな顔しないで。ほら、こっちにいらっしゃい」


 家族三人が抱擁しあう姿を見てほっこりしそうになるアレクシアとクリストバルだが、その理由を考えればそういうわけにもいかない。


「レクシー、クリス。お前たち二人にはファナと一緒に州都まで行ってやって欲しい。ディーノにも頼もうと思っている。そこの男だけに任せてなんておけないからな! ついでにクリスは州都でやれることもあるだろう? どうだ?」


 家族の抱擁から名残惜しそうに抜けてきたウーゴにそう問いかけられた二人。それは当然、願ってもないことだった。あのディーノ優男が一緒なのは少々しゃくだが、仕方ないことと割り切るしかない。


「「いきます!」」


 そろってそう答えたのは当然の帰結だろう。



 こうしてファナたち三人は、余計なメンバーと共に、不安を抱えながらも州都アリステリアへとおもむくことになったのだった。

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