ガチャを引かされた話
待ち合わせ時間よりも少し早くについてしまったから、柳はまだいな――いた。
長い髪の小柄な体躯を発見した、珍しい事もあるものだ。
遠くから見るとその身長の低さと華奢さ……というよりも貧相な体格がさらに強調されている、あいつあんなにちっさかったっけ?
顔を伏せているので何かと思ったらその視線の先には横向けに握られたスマホがあった。
……ああ、またあれか。
随分前からあいつはソシャゲにはまってるから多分それだろう。
何故そんなにはまっているのかよくわからない。
少し様子を見ていたが、柳はいっこうにこちらに気付かない。
「あれ? 柳ちゃん?」
声をかけると柳が顔を上げてこちらを見る。
顔に笑顔を貼り付けることは忘れない、なるべく兄と同じ人当たりの良い笑顔を。
見慣れているし昨日練習したから完璧だろう。
親でも騙し通せたんだ、こいつが気付く可能性は限りなく低い。
「ん?」
不可解なものでも目撃したかのような表情で柳は首を傾げる。
状況がよくわかっていないらしい。
「久しぶり、中学卒業以来だよね? いつも弟がお世話になってるみたいで……」
「ああ……」
納得が言った、という風に柳はぼそりと呟いた。
特になんのツッコミもないあたり……気付いてはいないらしい。
それもそうだろう、こいつは案外鈍い、気付く方がおかしい。
内心ほくそ笑みつつ舌打ちしかけたが、押しとどまる。
「いつもありがとう、あんな捻くれ者に付き合ってくれるのは君くらいだよ……これからもよろしくしてやってね?」
にこり、と笑みを浮かべながらそう言う。
以前兄に言われたこととほとんど変わらない台詞だった、不本意だが確かに僕みたいなのに付き合える物好きはそうそういないだろう。
「ええまあ……」
柳は何故か表情をムッとさせていた、理由はわからなかった。
もしかしてばれたのだろうかと思ったが、特にそんな様子もない。
「あ、そうだ……ちょいとこっちに」
「なぁに?」
手招きをされたので歩み寄る。
遠目で見た方が小さく感じる、と思ったが訂正する、並ぶとあからさまなほど視線の位置が違うから、かえって小さく見える。
「ちょっとここの10連のとこ押してくんない? 物欲センサーが働いて推しが来ないんだ」
ぐいぐいとガチャ画面を表示するスマホの画面を押し付けられた。
断る理由は特にない、普段の僕ならそれでも嫌だと拒絶するが……今の僕は僕ではなく兄だ。
兄ならきっと快諾するだろう。
「別にいいけど」
「さんくー」
指紋で少し汚れたスマホの画面に触れる。
……石? の数が今35個……確か一回につき3個必要らしいから10回で30個……そうすると残りは5個か。
今のところ無課金でやってるらしいが、そのうち大金ぶっこみそうで怖い。
ちなみにこのガチャはキャラとキャラが装備するアイテムが出てくるガチャらしい、配信直後はその辺のバランス調整がされてなかったせいで爆死者が続出していたと言っていた。
というか本人が爆死して、当日見ているこっちがうざいほど落ち込んでいた。
ガチャがスタートした。
柳が小さな声で、せめて金枠来い……と呟いていた。
一枚目。
「……うん」
「あまりよくなかったんだね」
実に微妙な反応だった、出てきたカードも枠の色が銀だしそれほどよくはなかったのだろう。
二枚目。
「あ、やり」
同じく銀色のカード、先ほどと違い装備ではなくキャラであるようだ。
三枚目。
「またお前かー!!」
唐突に叫び声を上げた柳に思わず肩がびくりと震えた。
出てきたカードは装備ではあるものの金色だった、金はレアだったはずだ。
……が、そんな叫び声を上げるのだからおそらくだいぶかぶっているのだろう。
四枚目
「……ばくしのよかん」
「ご、ごめんね?」
無機質なつぶやきにとりあえず謝っておいたが……別に僕には何の責任もない。
五枚目。
「…………」
柳は何も言わなくなった、目が若干死にはじめている。
六枚目。
「あ……ああ……」
小さな歓声と共に死にかけていた柳の瞳に光が灯る、三枚目と同じ金の装備だったが、こちらはおそらく欲しかったものなのだろう。
そういえばこの絵柄、結構前に見た覚えがある気がする、欲しいのに出ないって喚いてる時に見せられたような気が……
と、そんなことを思い出している間に七枚目。
「……よし」
出てきた銀色のキャラをみて小さく頷く柳、もう目は死んでなかった。
八枚目。
「ふむ」
再びコクコクと小さく頷く柳、まあそれなりに使えるものが出てきたのだろう。
九枚目。
そのカードが出て来た時の演出はこれまでのものと違っていた。
金色の光に包まれて登場する演出に、柳の目が見開かれた。
「あ、ああああ……来た……おいでませ……ウェルカム……!!」
感曲極まったようにつぶやく柳は満面の笑みを浮かべて、今にも飛び跳ねそうなほど喜んでいる。
目がキラキラと輝いて、頬がうっすらと上気している。
……僕といる時にそんな顔したこと一回もないのに。
なんだかもやもやする、無性に柳の頭をはたきたくなったが今の僕は僕ではなく心優しい僕の兄であるため我慢する。
十枚目、ラスト。
直前のカードと同じ演出、これは……
「……ふ、二人目……だと……?」
柳はほうけてぼんやりとした声をあげている、口が半開きになって茫然自失、とでもいうような馬鹿面だ。
ガチャが終わり画面が切り替わる、それでも柳はほうけたままぼんやりと画面を見つめていた。
「……それで、どうだったの?」
リアクションから察するに六枚目とラスト二枚は当りだったんだろうけど、よくわからないので聞いて見た。
「大勝利です……」
何かをやり遂げたような、満足し切った表情で親指を立てる柳。
なんで敬語なんだ、というツッコミを抑えて、それならよかった、と笑いかける。
「いや……ホントマジでありがとう……今日のデート全部奢る……」
「そりゃどーも」
ふふふ、ふふ……と若干不気味な笑い声をあげながらそう言った柳にいつもの調子で返して……
「って、あ……」
「ん? どした?」
「……いつから?」
ただそれだけを問いかける、いつだ? 一体いつ気がついた?
「最初からだけど?」
そう言う柳の顔から表情が抜け落ちた……けど若干にやけている。
それが騙せていると信じ切っていた僕への嘲笑だったのか……それともガチャの結果がよほど嬉しかったのか……
前者の方がまだましだが、後者である可能性の方が高い。
どちらにせよ、現場ではあまり関係がない。
最初から? 何故だ。
最後以外はボロを出した覚えがない、だからそう簡単に気付くわけない。
「……何で分かった」
「え? むしろ何で分からないと思った?」
思わず漏らした呟きに不思議そうな表情で首を傾げられる。
むしろなんでそんな問いかけをしてきたのかこちらが問いただしたい。
柳は、あのさあ、と嘆息混じりにつぶやいた。
「……大体わかるよそんなんは。私を試すつもりだったんだろう? 捻くれ者のお前ならそーいう発想するだろうし? 貴様の考える事なんざまるっと御見通しじゃボケ」
「………」
ぐぅの音も出ないかった、ざまあとでも思っていそうなその得意げな顔面がひどくムカついたが……少し可愛いと思ってしまった、きっと錯覚だろう。
「つーか双子の兄が弟と待ち合わせしている私に偶然会うなんて、そんな偶然不自然だし?」
「……そうか」
「……馬鹿だなあ、お前は。そんな事をやって、本当に騙し切れてたら傷付くのはお前だったのになあ……」
「……そうかもな」
馬鹿だというその口調は呆れ切っていたが何故か優しさのようなものが混じっていて、だからなにも言い返せなかった。
「本当にアホらし。わざわざ傷付くような事やってさー……私が騙されてたらどうするつもりだったんだか」
心底馬鹿らしい、と言った様子で柳は肩を竦める。
その表情に怒りが見え隠れする、それでも怒声をあげないのは……多分ガチャの結果が良かったからだろう。
もし爆死してらたキレられていたかもしれない、というか確実にキレてたし、会話すら成立していなかったのかもしれない。
「……正直言って、どうするかは考えてなかった」
どうするかは考えていなかった、だけどもし気づかれていなかったら、「やっぱり」としか思わなかっただろう。
お前ですら気づかないのだと、自分はその程度の存在でしかないのだと。
「うわ考えなしかよ」
ジト目で呟かれた、本気で呆れられているようだった。
「でも……お前は気付いた」
「あ?」
気付かれるなんて、気づいてもらえるなんて思ってもいなかった、だから。
「だから…………ありがと」
小さく礼を言う、聞こえない位の大きさで。
素直に礼を言うのは気が向かなかったが、それでも。
「うわ卑怯」
卑怯ってどういうことだ、そう問いかけようとする前に、何故か突拍子もなく頭を撫でられた、それも真顔で。
柳は一心不乱に僕の頭を撫でます。
わけがわからない、一体何をしているんだこいつは。
身長差のせいで爪先立ちになっていた柳の足がプルプル震え出したのを見て、正気に帰った。
「もうやめろ」
「………」
そう言うと柳は何故か残念そうな、しまったとでも言い出しそうな表情で僕の顔をじっと見つめた。
数秒、その姿勢で止まるが、すぐにその手を振り払った。
柳は何故か溜息をついていた。
手の平返し 朝霧 @asagiri
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