手の平返し

朝霧

手の平を返す話

 待ち合わせ場所に20分前についてしまった午前9時40分、やることがない、どうしよう。

 と思ったので即座にスマートフォンの電源をオンにしてゲームアプリを起動させた。

 つい先日一章が終わったばかりのソシャゲだ。

 私も数多の戦友プレイヤー同様クリアし、メインキャラとの別れに泣きそうになった。

 帰ってきて、とは思うけど……無理かな……

 それでもいつかは……と思っている。

 一章を終えて二章配信前にやる事と言えばキャラの育成だ。

 なんとなく引いた単発で何故か最高レアのキャラを引いてしまったのでそのキャラを育てなければ……

 最高レアは嬉しいが欲しいキャラが来ない、もうすでに溜めてた無償石を砕いて50連くらいしてるが、推しが来ない、物欲センサーのせいだろうか?

 なんて思いつつも半ば無心に育成用のアイテムをドロップする敵が出現するクエストを回っていた。

 3周ほどした頃に声を掛けられる。

「あれ? 柳ちゃん?」

 顔を上げると、本日の待ち合わせの相手である此木と同じ顔をした奴が、愛想のいい笑顔を浮かべてこちらに向けて手を上げていた。

 同じ顔をしているが、何故か服装が奇妙なものだった。

 いや、別に服装そのものが奇妙なわけではない、至って普通な……むしろ同世代の少年にしてはセンスのいい洒落た格好だ。

 だが何故こいつがこんな格好をしている? 普段から制服も含めて喪服みてーな格好しかしてない癖に、そもそもなんだその好少年みたいな爽やかな笑顔。

 というか……柳“ちゃん”?

「ん?」

 思わず首を傾げた、頭上にハテナマークがふよよよ、と浮かんでいるようなイメージがふと浮かんで消えた。

「久しぶり、中学卒業以来だよね? いつも弟がお世話になってるみたいで……」

 うん? 久しぶり? 弟?

「ああ……」

 なるほど、そういう……

 此木には双子の兄がいる、此木とは正反対の、何でもできるし性格もよいスペシャルに出来たハイスペックな兄が。

 此木はそんな兄と比べられ続けて、今では御覧の通り歪んで捻くれた性格に育ってしまったわけだが。

「いつもありがとう、あんな捻くれ者に付き合ってくれるのは君くらいだよ……これからもよろしくしてやってね?」

 此木は人のよさそうな屈託のない笑顔を浮かべながらそんな事を言ってきた。

 もの好きだっていいてーのか、と言う突っ込みは抑えておいた。

 流石に自分でそれを肯定するような真似はしたくない。

「ええまあ……あ、そうだ……ちょいとこっちに」

 手招きしをして此木を呼び寄せる。

「なぁに?」

「ちょっとここの10連のとこ押してくんない? 物欲センサーが働いて推しが来ないんだ」

 ずずいっとガチャ画面を表示するスマホの画面を押し付ける。

「別にいいけど」

「さんくー」

 ぽちっと此木の白魚のような指先が10連ボタンを押した。

 ……へっ……これで配布石は……残り5個……

 コンテ分は残しておきたいから、これ以降しばらくガチャは引けないな……

 ちなみにこのガチャはキャラとキャラが装備するアイテムが出てくるガチャだ、配信直後はその辺のバランス調整がされてなかったせいで爆死者が続出していた、私もその一人だ。

 ガチャがスタートした、さあ、せめて金枠来い……

 一枚目。

「……うん」

「あまりよくなかったんだね」

 二枚目。

「あ、やり」

 スキルレベルが最後まで上がる。

 三枚目。

「またお前か―!!」

 お前もう10枚目だよ!! 一応レアだからまあ嬉しいけど、スキル上げてもまだ溢れるんだけど!?

 何でこんな来るんだよ!! 船長あいぼうがいるからか!!?

 四枚目

「……ばくしのよかん」

「ご、ごめんね?」

 別にいいんだよ、頼んだのは私だから……

 五枚目。

「…………」

「…………」

 六枚目。

「あ……ああ……」

 で、でた……ずっと前から欲しかった装備……!!

 今狙ってた推しじゃないけど……もう満足です、今回の10連はもう爆死じゃない。

 許した。

 七枚目。

「……よし」

 スキレべ最後枠二人目。

 八枚目。

「ふむ」

 中々使い勝手の良い装備が来た、スキルレベルを上げるかそのままとっておくか……実に悩む。

 九枚目。

 輝く金色のエフェクト……こ、これは……

「あ、ああああ……来た……おいでませ……ウェルカム……!!」

 来た!! 推しが!! いやっほおおおおおぉぉおおっい!!

 その場でピョンピョン飛び跳ねそうになるのを押さえる、ヒャッホイ!!

 ありがとう、ありがとう!! 今日はなんて素晴らしい日なんだ!!

 十枚目、ラスト。

 そして輝く金のエフェクト。え? マジで……?

「……ふ、二人目……だと……?」

 誰か聞いてくれ、推しが来た、それも二人。

 ……え? 何私死ぬの……?

 やばい……禍福は糾える縄の如しで私なんか酷い目に遭ったりしない? 大丈夫? この後事故ったりしない? テストで酷い点とったりしない?

「……それで、どうだったの?」

 よく分かってなさそうな表情で首を傾げる此木に親指を立てた。

「大勝利です……」

「そっか、それなら良かった」

「いや……ホントマジでありがとう……今日のデート全部奢る……」

 今日どころか次回も奢らせてくれ……ホント……圧倒的感謝……

「そりゃどーも……って、あ……」

 そう言った此木の表情が強張った。

「ん? どした?」

「……いつから?」

 何を今さら分かり切った事を。

「最初からだけど?」

 真顔で答える、嘘だ、若干顔がニヤけていた、勿論推しが来た余韻だ。

 此木は顔を強張らせたまま、掠れるような声で問いかけてきた。

「……何で分かった」

「え? むしろ何で分からないと思った?」

 逆に問い返すと黙り込みやがった。

「あのさあ……大体わかるよそんなんは。私を試すつもりだったんだろう? 捻くれ者のお前ならそーいう発想するだろうし? 貴様の考える事なんざまるっと御見通しじゃボケ」

「………」

 此木はぐぅの音も出ないらしい、ふはははは、騙し切れてると思って内心ほくそ笑んでたんだろうが、ざまあ。

 頭に来たから適当にあしらって今日のデートはすっぽかす予定だったが、最推しを呼んでくれたから手のひら返してそれはなしにする事にした。

 我ながら現金極まりないが、今の私の気分はすこぶるいい、だから許す。

「つーか双子の兄が弟と待ち合わせしている私に偶然会うなんて、そんな偶然不自然だし?」

「……そうか」

「……馬鹿だなあ、お前は。そんな事をやって、本当に騙し切れてたら傷付くのはお前だったのになあ……」

「……そうかもな」

 こいつの演技は確かに迫真の物だった、この極めつけの捻くれ者がよくもまあ、あんな好少年を演じられたものだ、それも内心で憧れと憎悪がまじりあってよく分からないものに変質した感情を向けている兄の真似事をする何ぞ、よくもまあこいつにできた物だと感心する。

 つーか演技とはいえあーゆー風に愛想良く出来るなら普段からもっと私に優しくしやがれ、変なところで才能の無駄遣いすんなこのボケナス。

「本当にアホらし。わざわざ傷付くような事やってさー……私が騙されてたらどうするつもりだったんだか」

 本当にどうするつもりだったんだろう? 途中でネタばらしするつもりだったんだろうか? それとも黙ってる気だったんだろうか、どっちにしろムードは最悪だ。

 それでも確かめにはいられなかったのだろう。

 私がこいつの正体に気付くか、と言う意味でも。

 私がこいつの兄に靡くかどうか、も。

 いっそ一回振ってやろうか? その方がいい薬になるならそうするけど?

 ま、最推しを呼んでくれたから許すけど。

 ……逆に呼んでなかったら……許せなかったかもね。

 いい加減堪忍袋の緒が切れかかってたから。

 自分の幸運に感謝したまえ、いや、私が感謝してるんだけどさ?

「……正直言って、どうするかは考えてなかった」

「うわ考えなしかよ」

 此木 への 好感度 が 10 下がった。

 ゲーム風に表すと今の私の心情はこんなだ。

 ちなみに最推し引いた時に好感度が最大値近くまで上がってるから大した変動は無かったり。

「でも……お前は気付いた」

「あ?」

 ごにょごにょと囁くような声に一瞬何と言ったのか分からなかったが、数秒間記憶を反芻して何とか理解する。

 当たり前じゃボケ、と答えようとした時、此木が小さく口を開く。

「…………ありがと」

 さっきよりも小さい、聞こえた事が奇跡であるような囁き声だった。

 そう言った口元が僅かに上がっている。

「うわ卑怯」

 思わず頭を撫でていた、とても不思議そうな顔をされた。

「……?」

 そんな顔されたらもうどうでもよくなってくるんだけど、ああ、本当に嫌だ。

 ああもう……結局こっちが振り回されてばっかりかよ。

 だけど……そうさな。

 ぐちゃぐちゃと此木の頭を撫で繰り回しながら私は口を開きかけた。

 いや、これは言わぬが花か。

 ……実は悪友から此木兄は今日部活の試合に行ってるという話を事前に聞いていて、此木兄がこの場にいるのはありえない、故にこいつは此木だ、と言う状況判断をしただけだった事は黙っておこう。

 いや、それ抜きでも分かったけど、フツーに。

「もうやめろ」

 呆気にとられてされるがままになっていた此木が正気に戻ったのか、凄く不満そうな声でそう言ってきた。

 先ほどまでキョトンとした何処か愛嬌のある可愛らしい顔をしていたのに、いつの間にか普段の性格の悪さが滲み出ている見慣れた仏頂面になっていた。

 なんてことだ、こいつのあんな顔、滅多に拝めないのに。

「………」

 写真を撮っておけばよかったと後悔したが、時すでに遅しというわけで……

 思わずため息をついた時、此木に手を振り払われた。

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