第48話 旅路の終わりも見えてこようかという、そんな頃合いであった。

 〈カシハラ〉がその〝新たな客人〟の登場する兆候を捉えたのは、イェルタ星系を航行中の、隣接のコーダルト星系への跳躍点ワープポイントが在る空域まで 0.6Gの最適巡航加速であと20時間を切ろうという時期タイミングだった。


 コーダルト星系まで行ければ、帝国本星系ベイアトリスには最短4パーセクでの跳躍ワープ、あるいは3パーセクを迂回バイパスしヴィスビュー星系を経由してそこから2パーセクの跳躍ワープで辿り着くことができた。

 ──ともかくここまでは来た…──。

 あと少しで、この旅路の終わりも見えてこようかという、そんな頃合いであった。



7月5日 0950時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


「──主力艦だって?」

 〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉航宙長ハヤミ・イツキは、艦橋に飛び込むや既に艦長席に着いていたツナミ・タカユキに素早く敬礼しながら、そう訊いた。

「ああ──」

 応えたツナミの声音トーンは落ち着いている。

 既に艦長席のツナミは、常の彼の姿に戻ったようだった。表情に多少の翳は感じられるが、眼に彼らしい力が戻っているのには安心した。

「大型の航宙艦の〝重力震〟ワープアウト反応です」 電測管制士が報告してきた。「──上方インディゴアウタ、1時の方位、距離は8万5千キロ」

 その声に、イツキはツナミから視線を外すと、電測管制士のタカハシ・ジュンヤ宙尉の方を向いた。

「先の〝フリゲート〟が跳躍してとんできた空域じゃないな…… 〝別口〟か?」


 これより8時間程前に〈カシハラ〉は、後方の──自らがスプラトイ星系から跳躍してきた──跳躍点から跳躍ワープアウトしてきた帝国軍ミュローンの大型フリゲートの艦影を捉えている。スプラトイ星系から追跡してきたものと推測されていた。

 今回の反応──〝重力震〟ワープアウト反応は、それとは異なってパルセラ星系から5パーセクの跳躍点の方位に検知されており、反応もずっと大きなものである。

 帝国軍ミュローンの動きが活発化しているようだった。単艦独航による経路の秘匿という有利な点アドバンテージは、帝国が索敵攻撃部隊ハンターキラーを繰り出しているとすれば、もう失われたと判断すべき時期でもある。


「──艦型の照合と相対速度の割り出しを急いでくれ」

 ツナミが次の指示をするよりも早く、艦橋に入ってきたばかりのミシマ・ユウが指揮下の艦橋の乗組員クルーに指示を出した。状況は把握しているらしい。

 タカハシとシオリの二人は「了解」の意を返すと、黙って指示に従いそれぞれの管制卓コンソールへと向き直った。


 ツナミはもちろん一時は副長のミシマもまた追い詰められた者の表情かおであったが、どうやら二人とも立ち直りつつあるようだ。

 イツキも安堵し、持ち場である航宙長の統括制御卓に着いた。




7月5日 1005時 【帝国軍艦HMSトリスタ/第一艦橋】


 この時に〈カシハラ〉が捉えていた〝重力震〟ワープアウト反応は、ガブリエル・キールストラ大佐が指揮する帝国軍艦HMS〈トリスタ〉のものであり、8時間前から捕捉しているフリゲートは〈デルフィネン〉であった。


 七月一日の時点でパルセラ星系からスプラトイ星系へと先遣艦〈デルフィネン〉を送り出していたキールストラ代将大佐は、星系内スプラトイに〈カシハラ〉の姿を確認したとの報告を得るや、僚艦の〈ヴァリェン〉を通報艦として〈シング=ポラス〉に錨泊中のベイアトリス艦隊本隊へと遣わしている。

 そして〈デルフィネン〉を引き続きスプラトイ星系から〈カシハラ〉の追跡に当たらせ、自らは帝国軍艦HMS〈トリスタ〉を率いてイェルタ星系へと急行してきていたのだった。



「……右舷を行く航宙艦は〈カシハラ〉と推定されました ……方位285、仰俯ぎょうふ角0、距離8万5千キロを本艦とほぼ逆推進軸ベクトルを加速中──」

「──追いついたか」

 第一艦橋の管制士オペレータの報告にキールストラは頷くと、安堵するような響きトーンで小さく言葉を漏らした。そして指示を続ける。

「周辺空域の艦影を警戒しつつ追尾に入る── 〈デルフィネン〉の方は捉えているか?」

 艦橋詰めの士官よりレーザ回線によるデータリンクが確立した旨の報告を受けると、キールストラは頷いた。「よし……」

 続いて一際大きく、キールストラが声を第一艦橋に響かせる。「──本艦は〈カシハラ〉を追う。4G加速! 輻射ふくしゃ管制を解除、指向性通信アンテナを追尾レーダー──『一目標追尾STT』モードに同調、通話を〝呼掛け〟続けよ」


 キールストラは、ベイアトリス小艦隊を率いる〝盟友〟──カール=ヨーアン・イェールオース代将から、とある『密命』を帯びている。この『密命』を果たすためには、先ず〈ベイアトリス王家エストリスセン〉〝後主〟、エリン・ソフィア・ルイゼとの〝単独の接触〟を成功させなければならなかった。

 帝国宇宙軍ミュローン──『国軍』の別部隊に先んじて接触できなければ、この『密命』の存在は隠蔽される──闇に葬られる──ことになる。

 既に回廊には帝国宇宙軍ミュローンの艦艇が遊弋ゆうよくしてきていた。

 時間との勝負である──。




7月5日 1025時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 新たな航宙艦の出現から、すでに30分ほどが経過していた──。

 ツナミは艦長席で刻々と推移する状況を見守り続けている。

 出現した大型艦は熱紋の照合により帝国宇宙軍ミュローン巡航戦艦〈トリスタ〉──最新鋭の2等級航宙主力艦──であることが確認された。

 その〈トリスタ〉は、単艦で4Gという〝経済性〟を全く無視した大加速によって本艦カシハラとの会敵コリジョンコースに乗り、当初、マイナス──遠ざかる──方向に約100km毎秒あった相対速度をマイナス40km毎秒にまで詰めている。

 現在の相対距離は約12万5千キロ。このまま行けば、後30分程で2万キロを割り込む距離にまで接近を許すことになる。

 一方の〈カシハラ〉は、0.6Gの経済巡航加速を変えていない。

 もともと不調を抱えていた慣性制御システムである。先日の障害の発生については応急修理を完了したものの、根本的な問題の解消はできておらず、過度の負荷を掛けるような運転は避けたかったのだが、選りにも選ってこんな状況下で5Gの加速を発揮できる巡航戦艦の追尾を受けることになろうとは……。

 ──だが艦長のツナミと副長のミシマが、この状況での加速の変更と軌道爆雷による先制攻撃を決断していないのには、別の理由わけもあった……。


 *


 そして10分が経過した──。

 〈トリスタ〉は現在いまも4Gの大加速を続けており、当初の100km毎秒というマイナスの相対速度を相殺しつつある。

 両艦はいま最も相対距離を広げていた──20万キロ、ほぼ航宙艦にとって〝探知限界〟である──が、今後はその言葉の通りに〝加速度的〟に距離を詰めてくることになる。



「──ねェ、これって……」

 主管制卓のイセ・シオリから電測管制卓のタカハシ・ジュンヤに怪訝な視線が向くと、タカハシは恐る恐る肯いて返した。

「うん…… 念のため、情報支援室と通信管制室に確認してみてくれない?」

 タカハシにそう促され、シオリは情報支援室のマシバ・ユウイチ技術長を呼び出すコール

 程なくハーフリムのメガネを掛けたマシバの理知的な顔がモニタに現れた。

『──どうしました? シオリさん』

「ちょっと確認して欲しいコトがあるんだ……」 シオリはなぜか声を潜めるように言う。「──敵艦からのレーダー照射、何かの信号メッセージっぽいんだ。そっちで確認してみてくれる?」

『了解です ──あ、シオリさん……』 モニターの中のマシバは了承すると、ふと気付いたふうにシオリを見返した。難しい表情に苦笑を浮かべるように言う。『──ココ、〝軍艦〟です』

 スクリーンに小窓出力ワイプされたマシバは、彼女の軍人らしからぬ言葉使いを揶揄するように笑っている。そう言うマシバだってその言動は一向に軍人らしくはない。そんな自分のことはすっかり棚に上げてだ。

 シオリは〝むっ〟と不機嫌そうな表情になって、小窓に映るワイプされたマシバの顔を乱暴に爪弾いフリックして消した。



 情報支援室からは5分で〝結果〟が返されてきた──。

 シオリは、それを艦長席のツナミへと伝える。

「艦長……」

 いつでも怒っているようなツナミに少しばかりの気後れを感じながら、シオリは何とか航宙軍士官らしい平静さを保って言った。

「──帝国軍艦HMS〈トリスタ〉のレーダー波に通信信号メッセージが乗ってました」

 艦長席のツナミだけでなく、かたわらに立つ副長兼船務長のミシマも目線を向けてきた。

通信信号メッセージ?」 船務長のミシマが慎重な面差しで訊く。

「確かか?」 とこれは艦長ツナミ

 シオリは緊張から若干舌をもつれさせはしたものの、何とか航宙軍士官の体面を保って応えた。

「──…『通話呼』とレーザー回線のシグナリングプロトコルSSPでした」

 通話呼とは通話の〝呼掛け〟であり、SSPとは具体的な通信手順の指定のことである。

 ツナミはミシマと〝素早く〟目線を合せた。

「──〈トリスタ〉の艦籍地はたしかベイアトリスだったな」

 そう訊いたツナミにミシマは肯いて返した。

「ああ ──艦長のキールストラ大佐は『王党派』の〝次代を担う逸材ホープ〟だったはずだ……」


 しばらく思案顔を並べた艦長ツナミ副長ミシマであったが、先にツナミの方が口を開いた──。

「〝天祐〟……か……?」

 語尾が疑問の形で上がってるので、副長ミシマへの確認の言葉である。

すぐにヽヽヽ飛びつくのはどうかと思うけどね……」

 ミシマの方は慎重に応えた。

 ツナミはそんな副長に、敢えて身も蓋もないことを重ねて問い掛けることで自らの決断を伝え同意を促す──。

「孤立無援の巡航艦相手に、ミュローンはこんな手の込んだ死刑執行の宣言はしないだろ?」

「しないだろうね……」 反応は早かった。「──どの道、避けて通れない〝手順ステップ〟ではある、か……」

 ミシマがツナミを見返した。

 二人は接触する帝国軍ミュローンの艦艇が『王党派』のふねである可能性を常に考えてはいたが、こうも思惑通りにことが進むのは気持ちが悪いのも確かである。……が、悩んだ末、〝千載一遇〟の機会チャンスを指をくわえて見送ってしまいました、というわけにもいかなかった。

 二人が何かを納得したふうに肯き合うのを、艦橋詰めの士官たちはただ黙って見守った。

 ──カシハラの実務上の最高指揮権者二人が、〝勝負〟に打って出る腹を括った瞬間だった。


「〈トリスタ〉から指定されたSSPで〝呼掛け〟に応える」 ミシマはハッキリとした口調で船務科の直属の部下であるシュドウ・ナツミ宙尉に言った。「──通話は艦長以下、指定する幹部で通信室にて行う ──通信長、機関長を通信室に」

 ツナミは肯くことで追認の意思を示すと、航宙長のハヤミ・イツキ宙尉に真剣な表情を向けた。

「──航宙長、艦橋を任せる」

 ツナミとミシマは、ここで勝負に出ることにしたようだった…。

 イツキは笑みを浮かべた敬礼で応えてみせた──。

「航宙長、操艦、頂きます」

 士官学校時代、実習で三人がこの雰囲気のときは〝負け知らず〟だった。


 ──ツナミは自分にカシハラを任せた。だからイツキは二人の〝賭け〟に乗ることにする。

 後を任されたは自分は〝手筈通り〟に動くだけだ──。

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