第47話 ──不服かね?
7月4日 1945時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
そろそろ直交代の時間という艦橋で、イセ・シオリは〝
それから
もう
──コトミになら…… 話せてたのかな?
そんなふうに思いつつ、シオリは〈転送開始〉のアイコンの上に指を置いた──。
7月4日 2100時 【H.M.S.カシハラ/艦長公室】
「すると…… 副長が私を更迭して
〝
部屋の主となってまだ日の浅いツナミ・タカユキは、長テーブルに座った〝自称フリーランスの
「──それを望む一派が〈カシハラ〉にはいて、クレーク議員がそれを裏でまとめている……?」
いきなり訪ねてきてそんなよくわからない話をするバートレットに、正直にツナミは疑問の表情を向けた。
「…………」
視線を向けられたバートレットとしても、やや居心地の悪そうに苦笑を浮かべて、その〝事実〟を肯定してみせるだけである。
ツナミは本当に困ったような表情になり、あらためてバートレットを見返した。
「よくわかりません── 今さら
バートレットは溜息の出そうになるのを堪え、忍耐強く応対する。
「──『艦長』に期待される〝機能〟と〝能力〟に限って言えば、まあ、君の言う通りだがね……」
「…………」
ツナミは黙って先を促す。
「この場合の考慮点は二つある……」 バートレットは指を折って続けた。「──まず一つ目…… 君は『勅任艦長』でエリン皇女殿下個人の意思を尊重する ……まぁ、勅任云々以前に、〝個人の尊厳は尊重されねばならない〟と生真面目に
言われたツナミは、こう切り返した──。
「それはミシマだって同じでしょう」
何をか言わんやという感じにバートレットを
「…………」 バートレットは肩を竦め、言葉を探しながらツナミを見返した。「──確かに〝ミシマ・ユウ〟その人は、そういうオトコかも知れん…… だが同時に彼は、〝ミシマ家〟の男でもある……」
「…………」 ツナミは漏れ出そうになる息を飲み込んだ。
「──そこまで理解できたところで二つ目だ ……星系同盟は、ミュローンの主流派に〝取り入る〟ことを決したようだぞ」
「…………⁉」
それは初耳だった──。〝
──通信関係は船務長兼副長のミシマが掌握する第2分隊の管掌であるが、それが傍証とでも言いたいのだろうか。
「すでに『
ツナミは、その結びの言葉に引っ掛かるものを覚えた。
(──人をモノか何かのように……)
バートレットにあからさまに不満げな視線を返す。
「──不服かね?」
「〝気持ちのいい話〟じゃないですから……」
訊いた問いにそう返されたバートレットの方は、予想の範疇を一歩も出ることのないツナミという男の回答に安心を覚えている。
「まぁ… そうだな……」 苦笑をしたいのを堪えながら言う。「……だが、これで解かったかな? クレーク議員を介して〈オオヤシマ〉が
視線を外したツナミが、低く呟くように引き取る。
「──ミシマに、
「
そう言って、一向に記者らしからぬ言動を締めくくったバートレットは、肩を竦めて若い勅任艦長を見遣る。
そのタイミングで執務机上の
ツナミはバートレットに視線を戻すと、この一幕に
公室のドアが
「──説明の方はして頂けましたか?」
室内に歩を進めるやミシマはバートレットに訊く。バートレットはツナミを見やってから肯いて応えた。
「
ツナミはと言うと、そんな二人の芝居掛かったやり取りをただじっと見遣っている。
「…………」
ミシマはツナミに向き直った。
──ツナミの表情と目に〝明らかな思い違い〟を感じ取りはしたが、いまは〝その流れ〟に乗って成り行きを受け入れた方がいっそ楽に思える。
それに……、もしツナミが〝立ち直っている〟のなら、それを任せるのに適任と思えた。
「皇女殿下を引き渡すと聞いたが……?」
ツナミは公室の執務机の脇からゆっくりと近づくと、ミシマの前に立って訊いた。
その声音と表情──それに目の光から、どうやら〝立ち直っている〟ことがわかったので、ミシマは覚悟を決めた……。
「……ああ──」
が、最初の肯定の
「貴様……っ‼」
次の瞬間には、ツナミの左の手はミシマの胸ぐらを掴んでいた。バートレットがやれやれと苦笑いの浮かぶ顔で視線を泳がす。
「確か貴様はこう言ったな──〝背伸びは自覚してる〟〝協力してくれ〟と‼ ──それが結局コレか⁉」
ミシマは腹に衝撃を感じた──。歯を喰いしばる。殴られたのだ……。
航宙軍士官の殴り合いでは、痕が目立つ顔は避けて腹を打つのである。航宙軍の負の伝統だった。
「……っ‼」
──まったくコイツ、は……っ
ミシマ家の男をよくもこう好き放題にどつき回してくれる……っ‼ おかげで俺はミシマの家で一番殴られ慣れた男、ってわけだろうよ……
ツナミの方はといえば、ミシマの手がゆっくりとキャプテンコートの襟裾に伸びるのをさせるに任せていた。
先の拳は手加減なしに打ったのだ。流石に肋骨を折ったりはしないが、それでも息をするのも苦しかろう……。自分でもやり過ぎだとはわかっていた。
が、
「──っ‼」 そのまま床に強かに打ち下ろされた。〝大外刈り〟だった。
そのツナミの腹に、間髪おかずに拳が打ち下ろされる。
バートレットとしては、ツナミがミシマの話に聞き耳を持とうとしていないことが解かった時点で
やがてきっちり三発ずつの──ミシマの掛けた〝大外刈り〟は除いて──打突の交換を終え、互いに息も絶え絶えに
数分後──。
「……じゃ、その〝引き渡し先〟こそが
ぜいはあと、ようやく息を整えて訊いたツナミに、ミシマが答える。
「──そういうことだ…… ベイアトリスの王党派であれば話は早いが…… それでも彼らが〝
同じように苦し気な呼吸を整えながら、既にその──当ての外れた──現実を受け入れたふうのミシマが応える。
この時点ではまだ追い付けていないツナミが、確認するように訊き直した。
「ベイアトリスの覇権は盤石じゃないのか?」
「どうもそうじゃなかったらしい……」 自嘲気味にミシマが答えた。「──どちらにせよ、
それでツナミも一息吐いて、しばし黙った。
──そんな二人のやり取りを
ツナミは再び口を開いた。
「難しい判断が必要になる、な……」 この航宙で初めてといえるツナミの腰の引けた様子だった。「──そういうことなら、やはり貴様が指揮を執った方がいいのか?」
ミシマは、それを鼻で笑った。そして言った──。
「さっきの話で、君は躊躇せず僕を殴っただろう? ──そんなヤツじゃなきゃ、
先の〝短慮〟をそう評した同期の首席に、ツナミは殴られた腹に顔を顰めるように決まり悪げな表情で応える。
ミシマは、同じように鈍痛の残る脇腹に手を置いてツナミの方を向いた。
「〝駆け引き〟と〝手続き〟の方は僕と
ツナミはそれに対して、同じように自信のある
肯き合った二人は、まぁ、殴り合った甲斐はあったと納得し、信頼を新たにした。
そしてミシマはツナミに言う。
「さて…… そのためには先ず、艦内の掃除を済まさないとな」
ツナミは、ミシマとバートレットから艦内のクレーク議員一派の動向を聞き、その対処についても聞かされた。
* * *
バートレットは艦長公室を辞したとき、二人の若さに当てられている自分に馬鹿げた満足感すら感じて一人笑いを堪えた。
クレークからツナミ艦長を更迭する艦内空気の醸成──〈カシハラ〉の航宙軍から離脱の責任について唯一人ツナミに向くように仕向けること──を指示されたとき、バートレットはミシマ・ユウに相談した。
そのときの怪訝な
〝そういう若者の純真な覚悟を食い物にするようなことを、ジャーナリズムとは言わないんだよ〟と──。
我ながら〝盛った〟言いようだという自覚はあった。だから次の『
〝少なくとも俺の辞書にはな〟
いまバートレットは、若い二人の士官の判断と反応──彼らは面白い素材である──に満足している。
この旅路における自分の〝役割〟に照らせば、こういったことが果たして相応しいことなのかどうかは〝考えるまでもない〟ことである……。
──が、それでもいま彼は満足だった。
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