第49話 これに乗るのならもう急がなければ……この場で決を採る
7月5日 1100時 【H.M.S.カシハラ/通信室】
別室に控える通信長シュドウ・ナツミ宙尉が指定された
艦長同士の
通信長が模造改竄の可能性を精査し、アルセ大佐からのものにまず間違いないのを確認するや──実際には録画の中のアルセの語る内容が第三者に知り得ぬものだった時点で──〈カシハラ〉側はキールストラ大佐を信用することにし、彼の盟友カール=ヨーアン・イェールオースより授かってきたという〝解決策〟を聞いた。
──15分後……。
スクリーンの先で
「なるほど……」 年長者のオダが先ずは意見を述べた。「──現状で望める〝最良の
キールストラの言う〝解決策〟は、現実的な
「──最もリスクなく〝成功〟を見込める手でもある……」 ツナミも同調した。「──だが、これに
ツナミはスクリーンの中のキールストラ大佐を見て、それからミシマを見遣って言った。
「この場で決を採る」
ツナミは自らの右手を軽く掲げながら言う。
「殿下の御身を
オダが小さい挙手で応じる。一拍を置いて──未練を断ち切るような
スクリーンの先で待つキールストラ大佐に、ツナミが〈カシハラ〉として〝解決策〟を『了解』した旨を伝えると、ミュローンの大佐は敬礼とともに消えた。
その後ツナミはミシマに向き直ると、敢えて事務的な語調で言う。
「──エリン殿下には貴様から伝えてくれ ……俺も
そしてミシマの返答を待つことなく、ツナミはアマハと艦橋のイツキとに連絡を入れている。
これは感謝すべきことなのか、それとも貧乏くじを引かされたと思うべきことなのかと──割と真剣に──迷った末に、ミシマは幾つかの方針をツナミに伝達し、敬礼してエリンの許へと急いだ。
これをやり終えてしまえば、おそらくもう彼女と会うことはないだろう……。ミシマには、そんな確信めいたものがあった。
7月5日 1105時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
イセ・シオリは艦橋の主管制卓で〝拘束〟された。
艦橋に定位置を持たないアマハ・シホがミュローン宙兵隊を伴って艦橋に入室したときには、彼女にはもう、そうなることが判っていた。
「シオリ……」 何事かと成り行きを見守る艦橋の
「はい……」
彼女は泣きたいような表情だったが、それでも気が楽になったように微笑んで応えた。
シオリが席を立ち管制卓から離れると、アマハは複合スクリーンを操作して小窓にマシバ技術長とシュドウ通信長を呼び出し、ただ頷いてみせた。二人は黙って了解した。
二人は副長の指示でクレーク議員と関わりを深めていたイセ・シオリ主任管制士の内偵を進めていた。
通信長のシュドウは外部との通信内容を幾つかシオリにリークすることで彼らに近付いた。
マシバ情報長はシオリの扱う通信操作の全てを監視追跡し、彼女とクレーク議員の周辺の情報に
すべてが副長のミシマ・ユウの描く筋書きのうちだった。
艦橋を預かるイツキは一部始終を見届けると、シオリを連れ艦橋を出るアマハに小さく頷いて、二人を見送った。それから艦内通話機で、必要な艦内の各部署に指示を達していく。
ミシマの〝手筈通り〟に事は進んでいく──。
成り行きとはいえ同期のイセ・シオリのあんな
だがそれと同時に、自ら画策したことに結局は
イツキは、いまは目の前の障害を一つ一つ取り除いていくことに専念することにして、自分を納得させていくことにするのだった。
* * *
戦術科士官ユウキ・シンイチ宙尉は、自室のベッドの上で拘束された。
軍属扱いの機関士ソウダ・シュンスケ技官は、機関室で拘束されている。
そしてフレデリック・クレーク〈シング=ポラス邦議会議員〉もまた、自室で拘束された。
7月5日 1130時 【H.M.S.カシハラ/保安部 警務待機室】
フレデリック・クレークは、自室で寛いでいたところをミュローン宙兵隊によって拘束されると其の足で警務待機室へと連れてこられた。一切の抗議を受け付けぬ訓練された屈強な
いわゆる尋問室か何かだろうと漠然と思って扉を潜ると、果たしてそのイメージ通りの狭い部屋の中には先客が一人いた。
小さな実務机を前に座っていたのはキャプテンコートを羽織ったツナミ・タカユキだった。
〝あなたは〝軍〟というものを知らないでしょう──〟
──そうだ……、ミシマ・ユウが言っていた……。
〝同期というのは、結束は固い……
クレークは諦観するように溜息を吐くと、ツナミの向かいに立って言った。
「──どうやら私は失敗したようだ……」
ツナミの方は、そんなクレークに嫌味のない口調で応えた。
「でもないですが…… 少なくとも〝あなたの筋書き〟で『
クレークは器用に片方の眉根を上げてみせると。腰を下ろして先を促した。
「聞こうか……」
ツナミは先ずイセ・シオリを始めクレークの口車に乗せられて〝クーデター紛いの動き〟に同調した士官、軍属の全員が拘束された経緯と顛末を告げた。
内偵のため泳がせていたシオリを介し〝そちら〟の側が引き入れていたと思っていたはずのシュドウ・ナツミの他、フリージャーナリストのマシュー・バートレットと艦医のラシッド・シラも実は〝こちら〟の側であったことを明かす。
その上で
クレークは、ここまで聞いたところで面白くなさそうな表情を浮かべて言った。
「では、後はエリン殿下ともども
「ところがそうはならないそうです」 ツナミは珍しく芝居がかってクレークを見る。
「…………」 クレークは先を促した。
「王党派は『国軍』を掌握できていません」
ツナミがそう言うと、クレークはそれほど驚くでもなく顔を左右に振ってみせる。
「──やはりミュローンは割れたということか……」
ツナミはそれを肯定した上で続けた。
「ですから、皇女殿下にはやはり国軍の目を掻い潜って
「…………」 クレークは鼻で笑うようにツナミを見返した。「──どうも私には、事態はあまり変わり映えしていないように思えるのだが……?」
「そうかもしれません……」 ツナミはそのクレークを正面から見返した。「──ですが状況が一つ、変わっています」
「…………」
値踏みする様なクレークの目線を見返しつつ、ツナミは先ほど決したばかりの自分とミシマが選んだ──ミュローンの王党派の書いた──〝筋書き〟を語る。
「
「なるほど……」 クレークは感心したように何度か頷いた。「──運も味方に付けた、というわけだ……」
その際にはミシマ・ユウがエリン殿下に随行するのだろう。同盟の歴史に名を遺すその役目は、自分の手から零れ落ちていったわけだ。
だがベイアトリスの勅任艦長の言葉は、クレークの予想とは異なるものだった。
「ついては議員……これはミシマ・ユウからの
しばし絶句した後、クレークはツナミに静かに訊いた。
「──
ツナミは視線を外してから言った。
「私はそれに答える立場にはないのですが、
クレークも、そのツナミの感慨に異議はなかった。
「いいでしょう…… 随行の件は引き受けます」
そう応えた後、沸き上がった〝らしくもない思い〟に、クレークは口を開いていた。
「──
「…………?」 そんなクレークにツナミは怪訝な目を返した。
クレークは構わずに続ける。
「ヴィスビュー星系は『自由回廊』への玄関口であり
「…………」 ツナミは胡乱な目でクレークを見遣る。
「ま、確かに、下手をすれば回廊中の帝国軍に
クレークのその言には、確かに聞くべきものがあった。
ツナミは何と応えたものかとクレークを見返したものの、結局、席を立って彼の側まで近付いて、こう応えた。
「──クレーク議員……ありがとうございます」
そう言って右手を差し出す。
「なに……礼には及ばないことです」 クレークも立ち上がり、ツナミの差し出した右手を握り返す。「──私は〝私の役目〟が成功する確度を少しでも高めているだけですから……」
ツナミが思わず苦笑を漏らすと、クレークは面白くなさそうに片方の眉の端を吊り上げてみせた。
* * *
すでに相対速度はプラスに転じており、相対距離約1万8千キロを20km毎秒で接近してきている。
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