第10話(前) それはツナミやミシマの都合でしょ⁉

 艦橋に戻ったツナミは帝国宇宙軍ミュローン艦からレーザ通信で届けられた通達動画メッセージに目を通したのだが、その内容は武装解除と投降の呼掛けに留まらず艦内に収容する民間人の開放を督責するものであった。

 わざわざ立体映像ホログラムにされた通達動画メッセージの中で、帝国軍艦HMS〈アスグラム〉艦長アーディ・アルセ大佐にフレデリック・クレーク邦議会議員やクリュセ首相令嬢メイリー・ジェンキンスら民間人の即時解放を促されたとき、ツナミはぼんやりと敵の指揮官は〝ヘンヽヽな仮面〟は被っていないようだと思ったことを覚えている。

 ミュローンにしては少々回りくどいその要求の真意はエリン皇女殿下の引き渡しにあるのだろうが、直接そう言ってこないのがミュローンらしくなかった。あるいはエリン皇女の在所については確証を得ていないのかも知れない。

 いずれにせよ、まるで人質を取って立て籠もるテロリストのように扱われたことが気に入らなかった。

 そんなツナミら〈カシハラ〉の候補生に、アルセ艦長は回答の期限を6時間後の2000時と区切った。帝国軍人ミュローンがそう言った以上6時間は何も手を出してはこないだろう。──ミュローンとはそういうものだった。

 これまでの6時間ほどを緊張の最中にあった候補生たちは、この後の数時間を兎にも角にも休息できるようになったことに感謝して、とりあえず警戒レベルを第3配備にまで下げたのだった。


 その間に各分隊長補格の幹部候補生は、現在いまあるじ不在となった士官室に集まり今後の対応を協議していたのだが、彼らの中に船務長補のミシマ・ユウ候補生准尉の姿はない。

 彼は〝黒袖組〟のシンパを名乗るガブリロ・ブラムを伴い帝政連合ミュローンの皇位継承権者エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセンに供された特別公室に呼び出されていた。

 行きがかり上エリン皇女殿下の案内役を仰せつかることになった主計長補のアマハ・シホに皇女殿下がガブリロ・ブラムとの面談を求めていると告げられ、その彼女アマハが保安上の問題から同席者が必要となることを説明した際に皇女自らがミシマを指名したと聞かされれば、ミシマとしても観念するしかなかった。

 重苦しい士官室を後にしたミシマは、営倉からガブリロ・ブラムを連れ出し、それから特別公室へと向かうこととなった。



6月6日 1420時 【航宙軍艦カシハラ/特別公室】


 官姓名の申告の後に部屋に入ると、それなりに広く採られた室内の長テーブルの端にエリンは背筋を伸ばし座っていた。やはり所作の美しい女性ひとだとミシマは思った。

「ガブリロ・ブラム氏をお連れしました」

 そう告げ、後は次の部屋に控えるべきか思案していると、エリンの目がこの場に残るように言っているのに気付く。それでミシマが長テーブルの方へ動くと入れ替わるようにアマハが立ち上がった。

「──士官室に行く…… 1時間したら」 入れ替わりしなそっと耳打ちされ、ミシマは彼女アマハが一礼して退出するのを見送った。

 1時間したら部屋ここに戻ってくる──。

 そう告げたアマハは卒業席次ハンモックナンバー3番の分隊長補格だ。自分がいなくなった士官室に『姐御肌』の彼女が入ってくれることはありがたいだろう……。

 部屋の中には、エリンとミシマとガブリロの3人が残った。


「──それで、話というのは?」

 アマハが退出すると、ガブリロが神経質そうな顔をエリンに向けた。両の手を拘束していた手錠は営倉から出すときに外してある。

「ガブリロ・ブラム──」 エリンは静かに口を開いた。「あなたは〝黒袖組〟と繋がっていると言いました。わたしを連れ出すのは何の目論見あってのことだったのですか?」

 ガブリロは訊かれた内容をよく吟味するでなく、薄っすらと笑みを浮かべて応えた。

「それを私に訊くのはおかしなことではありませんか? ──我々の接触コンタクトに応えたのは貴女だ」

 そう三味を弾くガブリロをエリンはじっと見返した。しばらくガブリロは無言になることで抵抗を示してみせたが、こういうことになると市井の書生は最後には決まって口を開くことになる。──彼女の瞳には、そうさせる力があった。

 結局ガブリロは大きく深呼吸をしてこう言った。

「──背後に我々を支援する組織がありました……。それが星系同盟同盟に繋がるのか連邦アデインなのか、そんなことはわからない。──我々はただ貴女をそこまでお連れすればよかった」

「随分と……」 エリンの瞳に失望の色が滲んだ。「──ぞんざいヽヽヽヽだったのですね……」


 そんな皇女の表情を見遣りつつ、ミシマも思う。

 ──およそ計画と呼べる代物でないな、と……。

 そんなエリンにまともに返答のできないガブリロが、感情的な声を上げた。

「そういう貴女こそどうなのです? 〝黒袖組〟はミュローンの言うところの過激派だ。そんな素行のよろしくない学生運動かぶれに、なぜ同行したのです?」

 今度はエリンが返答に窮することとなった。

「なぜ……でしょうね……」

 俯いて少し肩が落ちたその姿にミシマもガブリロ目を逸らす。エリンは己の内の声を確かめるように静かに言った。「──少なくとも、現状いまの帝国の在り様を是とはできない…… そういう想いはありました」


 ──そうか…… 彼女もヽヽヽそう思ってるのか……。


 ミシマは改めてエリンという少女を見遣った。

 視線の先の少女の愁いを纏う整った面差しが、いま恥じ入っている。

 そんな少女に対し、まるで空気の読めないガブリロ・ブラムが膝を叩くようにして言った。

「そうだ、それですよ‼ ──星域エデル・アデンの総人口の四分の一弱にしか過ぎないミュローンに多くの特権が集中し他の諸星系を支配する、こんな構図が正しいはずがないのです! 貴女にはそれが解かっている‼ 貴女こそ! ミュローンの中から誕生する反ミュローン専制体制象徴アイドルになる姫君ひとだ……‼」

 自分の言葉にすっかり高揚したガブリロは、その勢いのままに皇女エリンを見る。

 だが彼の期待する反応はなかった。

「随分と買い被っています……」

 皇女の方は迷惑そうに顔を背けただけだった。「──わたしは確かに帝国の支配層ミュローンで皇位の継承権者ですが、その序列は第4位の庶流の娘に過ぎません」

 その後は沈黙だけが残った。

 それでもガブリロは懲りもせず続ける。

「それでいいのですよ、殿下‼ ──世間は宿命を背負った〝か弱き姫君〟の貴種漂流譚をこそ望むんだ! 貴女はまさに──」

 すっかり高揚し饒舌となったガブリロと対照的に、エリンの瞳はいよいよ曇っていく。


 ──無理もない。帝国ミュローンの支配への抵抗の象徴、その資格が当の帝国の貴種ミュローンであらねばならないという皮肉…──。

 まして彼女は自らの属する支配層ミュローンへの疑問は持ってはいるが、体制ミュローンの全てを否定する立場ではない。

 これは悲劇なのか喜劇なのか……。皇帝家ほどではなくとも属する『家』というものを持つ身のミシマにとって、それは身につまされる話だった。


「…………」

 反応の薄いエリンの表情を窺ったガブリロは、そこで初めて彼女の興が醒めていることに気付いた。ようやく彼も語気を緩めた。

「──兎も角……、貴女が動けば、状況は変わるのです……劇的にね」

 自分に言い聞かせるようにそう言って口を閉じたガブリロに、もう一度エリンは今度こそ冷たく言い放った。

「買い被りだと言っています」

 彼女はよく抑制はしていたが、そのガブリロの恥知らずで身勝手な目算に頬が微かに上気していた。

 そうすると年齢不相応の誇り高さの合間に年齢相応の少女の多感さが垣間見えたように見えた。一方のガブリロは終に観念し、己を恥じるように俯いていた。


 今まで黙っていたミシマが、この時になって静かに口を開いた──。

「そうとばかりも言えないのではないですか?」

 エリンのみならずガブリロも怪訝にミシマを見遣る。ミシマは構わずに続けた。

「この一両日で状況は大きく変わっています。──その皇位継承権ですが、すでに繰り上がっているように思えます」

 エリンはゆっくりとミシマの方を向いた。

「それは……」 彼女にもその可能性は否定できなかった。

 それでもエリンは、そんなことにはたいした意味などないのだと、そう思いたかったのだった。彼女の上位に3人もの継承権者がいるのだから。──それに……、自分の出自皇女であることを見抜いた人物ミシマから貴き者ミュローンたる生まれを正視しろと言われれば、素直に振舞うこともできなかった。

「ですが所詮は庶流の家柄です」 ──言って、エリンはハッキリとわかる動きで横を向いた。


 ──らしくないな……。

 横を向いた彼女に同情した自分を、そんなふうに思いながらミシマは続けた。

「──殿下の三人の伯父には嫡出子がおられませんね? 第1位の皇太子殿下は反乱の疑いで既に拘束されています。もし他の二人の皇位継承権者に何かあれば、殿下が皇位継承者となる可能性はあるのではないですか?」


 その状況の指摘当たり前の事に、エリンは心の中に〝寒さ〟を覚えたのだった。




6月6日 1420時 【航宙軍艦カシハラ/士官室】

          ──ミシマ船務長補がエリン皇女殿下の許を訪れた同じ頃──


「お前、話したのか⁉ ──あの議員に……」

 第3配備にまで下がった警戒レベルの艦内。

 情報分析室配置の縛りから解放されたマシバ・ユウイチ(准尉/技術科)は、幹部生が集められた士官室の長テーブルで、現在いまは『艦長代理』に祭り上げられたツナミのいかにも面倒そうなその声を聴いた。

 見れば船務科のイセ・シオリ(准尉)とやり合っているところだ。


「──それは話したよ! だって隠す必要コトなんて何もないじゃん……‼」

 同期の中で多分一番幼く見える顔立ちのシオリは、ツナミに〝オマエ〟呼ばわりされたことで自尊心が傷付いたのか、逆ギレ気味に声音トーンを上げている。──実際、行動も幼い。

 彼女シオリは士官室の面々に、問い掛けるような視線を投げ掛けてきた。第1配備と正規乗組員不在での緊急発進はかなりのストレスだったようだ。

 目が合ってしまったマシバは、慌てて視線を逸らした。

「あたし何かおかしかったですか? ──だって訊かれたから答えたんだよ。このふねにVIPは他にいるかって。だから皇女殿下が居られます、って……」

 シオリが少し顔をくしゃっとさせて言い募る。──相当ストレスを溜め込んでるらしい彼女に、士官室この場の誰もが微妙な表情かおになる。

 確かにシオリが悪いわけでなく、ただ間が悪かっただけだ……。

 いま部屋の外にはテルマセクからの避難民の代表を名乗る一団が押しかけていた。その 先頭に立つクレーク邦議会議員と他、数名の彼の取り巻きといった代表団を部屋まで取り次いだのがシオリだった、というただそれだけのことだ……。


「別におかしかないが…… それ今なのかよ、ってだけで……」

 ツナミは仏頂面の視線を逸らせた。

 いま艦内カシハラはまとまっているとは言えなかった。全候補生の心中はおろか幹部格による基本方針すら固まっていないような状況で、あの目立ちたがりで体裁ばかり気にするような年嵩の邦議会議員と話をするのはこの場の誰もが嫌だったのは事実だ。


 ──僕なら議員のあの言葉尻に、言いがかりの1つ2つくらいはしてしまう気がする……。

 マシバもそう思っている。


 そういう訳でツナミにしても別にシオリに含む所があるわけでなかったのだが、ツナミはつい苛々とした口調になってしまったようだった。矢面に立つのは艦長代理の彼なのだから仕方ないだろう……。


 ──可哀そうに、とマシバは無責任に同情した。

 ツナミには普段の言動からどこか突き放すような所があってともすれば高飛車とも取られかねないのが常だったから、シオリもまた過剰な反応になったようだ。


 …──が、やはりシオリの方は黙ってはいなかった。

「それはツナミやミシマの都合かってでしょ⁉」

 その言葉にツナミ寄りの面々(主に男子ヤロー共だ)も皆一様に押し黙ってしまった。


 ──ツナミさんの言いたいことは理解できるわかるけど、やっぱ言い方がな……。

 見た目幼い顔立ちのシオリが懸命に言い募っているのと仏頂面が常のツナミが感情的に対峙しているのでは、その間に誰だって迂闊に入りたくはないだろう……。

 ──こんな時には、士官室ココにコトミさんかイツキさんでも居てくれたらよかったのに……。

 とマシバならずとも誰もが思っていた。


 そんな中に、救世主アマハは現れた──。


「何──? どうしたの?」

 特別公室から戻ってきたアマハ・シホは、入室するとすぐに士官室内の微妙な空気を察して、今にも泣きそうな表情のシオリと、困った表情かおからいよいよ面白くないといった表情かおになりつつあるツナミとの間で視線を行き来させることになった。

 どちらかといえば現金なシオリは、そんなアマハの顔を見た途端にぱっと顔を輝かせる。

「アマハネェさん! 聞いてくださいよぉ── ツナミが非道いんです」


 ──やっぱりね……。 場の男子ヤロー共の全員がそう思った。


「何だい何だいどうしたのさ? セクハラかい? パワハラの方? ──ツナミはいったいどっちのハラスメントしたんだい?」

 兎にも角にも場の雰囲気を和らげようと、アマハはわざとあざとく切り出した。

 ツナミにしてもそんなアマハの心組みは理解してわかってはいる。とは言えセクハラだパワハラだと言われて気分が良いハズもなく、それでこの年上の女性おねえさまに対しては大人気なくも仏頂面を返していた。

 アマハに纏わり着いたシオリの、鬼の首でも取ったかのような表情かお…──。


 マシバは思う。

 そりゃ釈然としないよな……。


 アマハはそんな表情かおのツナミにもうそれ以上は取り合わず、さっさと話題を転じた。

「──それはそうとさ艦長代理…… いったい何時まで議員を待たせとくんだい? マズイよ、アレは」


 さすがに邦議会議員をこれ以上待たすのは失礼だろ、ということらしい……。

 そのくらい構わないだろう……と思うマシバなんかと違って、アマハとしては──その表情からマシバが押してみるに──艦長代理ツナミさんにももう少しそこいら辺のことを理解してもらう必要があるな、くらい思ってるのかも知れない。



 結局、ツナミは士官室この場にいた候補生全員でクレーク議員と会うことを避け、主計長補のアマハと航宙長補のイツキ、それに船務科主管制士員のコトミを加えた4人とで議員を出迎えることにした。

 ツナミとしては、本当は同期席次1番クラスヘッドのミシマにも同席して欲しい所だったが、皇女殿下への対応中ということでは仕方がない。

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