第6話

 一緒に学校まで歩くのは流石に心地悪いだろうと思い、わたしは近くにあったベンチに座って桜庭くんが坂道を駆けていくのを眺めた。ふくらはぎが綺麗だなぁとか、走り方が様になってるなぁとか思っていると、不意に、頬に冷たいものが当てられた。

「お疲れー」

 珠希が、にやにや笑いながら両手をわたしの頬に当てていた。

「別に、」

 疲れるようなことしてない、と言おうとして、珠希が今日の話をしているのではないと気付いた。

 本当に、見透かしている。

「無理だったでしょ」

「無理だった」

 素直に認める。ここ何ヶ月か、珠希に言われていた通りだった。

 わたしは、桜庭くんに身勝手な告白をした。

 それは桜庭くんを好きな気持ちが、好きな人が別にいることを知ってもなお告白したいほど強かった、という話ではない。

 わたしは、「告白した自分」というものを欲しがったのだ。

 修学旅行の夜に話したように、周りの皆がやっているように、誰かを好きになって舞い上がってみたかった。

 自分だって誰かを好きになれるのだと、そう思いたかった。

 初めて会ったときに優しくしてくれたことも、スポーツの時の格好良さも、日差しのような笑顔も、身勝手な告白にきちんと対応してくれる誠実さも、全部魅力的で、好きになる理由はこれだけ揃っていて、万全の状況で告白して、それでもなお、


 ――好きという感情を、抱けなかったのだ。


 人を好きになることに憧れて、きっかけを見つけた気になって、好きになろうと振舞ってはみたけれど、会えないときのふわふわした心地も、次に会う機会を待ち遠しく思うことも、一緒にいるという暖かさも、ただの一度も味わえなかった。

 修学旅行の時に感じたいたたまれなさが恋心に変わることはなかったし、バレンタインで特別にはなれないのだと理解しても全く寂しさを覚えなかった。

 周りにも自分にも、桜庭くんが好きなんだと言い続けて、告白までしてみたけれど、人を好きになるって気持ちは判らないままだった。

 恋に恋したわたしだけれど、恋すら、わたしに振り向いてはくれなかった。

「失恋、しちゃったなぁ」

 その言葉は、わたしが口にしても湿っぽさの欠片もなく。

 ちっとも悲しく思えてないことが、とてつもなく悲しかった。

「別に良いんじゃない。誰も好きになれなくてもさ」

 珠希の声がわたしの心に染みていく。混ざり合っても、温度は全く変わらなくて。

「私は、そんな梢が好きだよー」

「うるさい」

 珠希の揶揄いにそんな返事をした時には、頬に当てられた手の平も冷たく感じなくなっていた。

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恋に恋したわたしだけれど 白瀬直 @etna0624

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