第21話 二人の魔力で

 朗報だ。カレンの表情を見れば分かる。やりきったという充実感と満足感。

 うまくいったのが分かる。

 とはいえ……カレンは色々とボロボロだった。目の下には濃いくまができ、顔色も悪い。髪もボサボサだし……それでも気品のある顔立ちは凜としていながら、口元には微笑みがこぼれている。


「カレン、そんな状態でわざわざ……代わりの者を寄越してもよかったのでは?」

「いいえ。私の仕事ですし、まだ終わったわけじゃありません。むしろ、ここからが大変かもしれません」


 きっとカレンの言葉は誇張でもなんでもないのだろう。確かにこれからが大変だというのはわかる。

 フェネルが目覚めるまで、どれくらいの魔力が必要なのだろう?

 俺の身体一つでどこまでやれるのか、やってみなければ分からない。


「分かった。俺はゆっくり休めたし、今から始めよう。カレンはどうする?」

「はい。一緒に人形工房へ行きます。同じ建物にベッドを運び込んで、休めるようにもできたので私はそちらで休もうかと。ケイさんに魔力を譲渡する準備が必要ですし」


 準備……か。何か特殊なことをするのかもしれないな。

 俺たちは連れ立って、人形工房へ向かった。


「……フェネル……おお……これは」


 フェネルは服を着せられ台の上に仰向けになっていた。

 最後に見たときは動かない人形のように見えたのが、今では肌が色づき、以前にはなかった息づかいが聞こえる。


「すぅ……すぅ……」


 内部構造に変化があったのだろうか?

 胸がわずかに上下に動き、呼吸が感じられるようになった。髪の毛にも艶がある気がする。


 もう既に、壊れた人形ではない。ただただ、一人の少女が眠っているだけに見える。


「服も綺麗に直されているね。手間がかかっている」

「はい……。できるだけ、損傷を受ける前の状態に近い方が良いと思い、服は新調せず直しました」

「ありがとう。フェネルの気持ちを慮ってくれて」


 俺はカレンに感謝してもしきれなかった。

 フェネルは俺が渡した剣ですら大切に思ってくれていた。おそらく、フェネルはこの服にも思い入れがあるだろう。その他小物もそうだ。


「私もフェネルちゃんを……自分の……いえ、大切に思っています。では私は、隣の部屋で休もうと思います」

「わかった。ゆっくり休んでくれ」


 部屋を出て行くカレンにアヴェリアが続いた。きっと、アヴェリアは防衛聖域ドゥームでカレンを守り続けるのだろう。

 俺は二人が出ていくと、フェネルに近づく。

 部屋には俺たち二人だけだ。


「フェネル」


 俺は、名を呼びつつ、その手を取った。以前握った時のような温かさはないけれど、ほのかな温もりは感じる。


「【魔力注入】起動」


 まず、ほんの少しだけ魔力を渡してみる。


「んっ……」


 わずかにフェネルが息を吐く。特に問題無く注入が行えたようだ。

 こぼれてもいない。確かに俺の魔力がフェネルの体内に渡った手応えを感じた。

 フェネルが意識を失った時に感じた、喪失感が和らいでいく。


 少しづつ、譲渡する量を増やしていく。調整を間違え、限界を超えてフェネルに負担をかけてはいけないと思いそうしたのだ。

 時間をかけ丁寧に。俺とフェネルだけの時間が過ぎていく。


 ☆☆☆☆☆☆


 数時間後。太陽が真上を過ぎ夕方に差し掛かる頃、俺の中の魔力が底をついた。

 これ以上やると、また意識を失うかもしれない。

 なんとなくだけど、あと十回は繰り返さないといけないような気がする。


「すぅ……すぅ」


 相変わらずフェネルはただただ、眠っているように見えた。

 肌も以前のように戻っている。もっとも、彼女の肌は白いのだけど温もりを感じるくらいの色づきはあった。


「ふぅー……」


 気がつけば、街の喧騒が遠くに聞こえる。

 街の人々も立ち止まっていられない。破壊された魔巧人形を片付けたり、損傷した建物を修復したり。

 普段の生活や仕事もあるだろう。


 でもやけにこの周りだけ静かなのはなぜだろう?

 もしかして、街の人々は俺たちを想い、フェネルの眠るこの人形工房の周辺では音を出さないようにしているのか?

 まさか……とは思うのだが、あり得なくもないな、と思った。


 フェネルを見ると、遠くから聞こえる喧噪で目を覚ましそうだな、と感じるくらいに生命を感じる。もっとも、フェネルは眠らないのでそんなことはあり得ないのだが。


「ふふっ」


 俺は思わず、口元が緩むのを感じた。

 あり得ないこと……でも、そう思うだけで、心が軽くなる。時間はかかるだろうけど、続ければ確実に目を覚ます。

 そんな確信が、俺の気分を緩ませた。

 緊張が次第に和らいでいく。


 俺は立ち上がり、カレンがいる隣の部屋に足を向けた。

 魔力を受け取りフェネルに流そうと思ったのだ。


「カレン? 入っていいか?」

「はい、大丈夫です」


 ドアをノックして部屋に入ると、カレンはベッドから半身を起こし、椅子に座っているアヴェリアと話をしていた。


「あ、邪魔だったか?」

「いいえ。大丈夫です——ケイさん、魔力が尽きたのですね」

「うん。早速魔力を分けて貰えると嬉しい」

「分かりました。それにしても、随分元気そう……嬉しそうですね」

「そうか? 俺は何も変わらないつもりだけど」

「ふふ、そうですね。いつもの、フェネルちゃんを大事に思うケイさんです」


 カレンはそう言ってクスッと笑い、俺もつられた。


「では、魔力譲渡を行いましょう」


 カレンとアヴェリアが見つめ合ってうなずいた。続けて、カレンは姿勢を正しアヴェリアは席を立つ。


「では、アヴェリア。話していたとおりに」

「分かりました。お母様」


 すたすたと出ていくアヴェリアを尻目にカレンに聞く。


「俺はどうすればいい?」


 そう聞くと、カレンは真剣な表情になり一息ついてから言った。


「まず、服を脱ぎます」

「へ?」


 俺は冗談かと耳を疑ったがそうでも無いらしい。

 カレンは大真面目で、でもその割に顔を赤らめていた。よく見ると、カレンは大きめのタオル一枚に身体を包んでいるだけだ。浮き上がる身体のラインから察するに、恐らくその下は何も身に付けてないのだろう。


「脱ぎます」

「え、えーと……脱ぐのか?」

「はい」

「……分かった」


 俺は観念して服を脱いだ。上だけでなく下もである。カレンは俺の身体をしばらく見つめた後に口を開いた。


「ベッドに横になって下さい……私の横に」

「お、おう」


 俺は指示通りにベッドに寝転ぶ。

 カレンはその間にタオルを全部外した。互いに素裸になり緊張する。


 以前、フェネルと似たようなことになったけど、あの時は素裸ではなかった。

 それに、何というか……フェネルに見られたときはそうでもなかったのに、カレンを目の前にして裸になるのは猛烈に恥ずかしい。

 などと思っていると、カレンが俺の身体に覆い被さるように抱きついてきた。もちろん全裸のままでだ。柔らかい感触と甘い匂いに包まれる。


「カ、カレン……? これ、魔力譲渡に関係あるのか?」

「はい。熟練すると軽く触れるだけで譲渡が行えるようですが……私はまだ未熟なので、広い部分を触れさせないとうまく渡せないようなのです。そもそも魔力譲渡を行うのは初めてなのでうまくいくかどうか……不安です」


 そこまで言ってカレンは耳の先まで赤くして俺を見た。

 潤んだ瞳が俺に何かを訴えかけている。


「分かった。カレンに任せる」

「ありがとうございます。手順があるので、それに従います」


 手順って何だ? 何をされるか分からなくて恐ろしいものの、フェネルのためだ。俺は何でも受け入れるつもりだった。

 ふと思い出す。昨日、魔力譲渡の話をしたときカレンの様子がおかしかったのはこれが原因か。


「じゃあ、始めてくれ」


 そう言うと、カレンは小さく頷き目を閉じた。それを合図に、俺も目を閉じる。そして魔力譲渡の儀式がはじまった——。

 儀式が進むにつれ、俺の中に、俺のものとは別の異質な魔力が侵入してくる。


 カレンの魔力だ。てっきり俺のものと同じと思っていたけど、カレンから注がれる魔力はまったく異質なものだった。

 例えるなら俺の魔力が「水」だとすると「アルコール」だろうか。高密度のそれは、触れるだけで身体が熱くなる。それほどに強烈なものだ。


「この魔力は……いったい?」

「我が王家に流れる血による魔力です」

「王家の血か。カレン、君はやっぱり——」

「その話は後にしましょう。とにかく、私の魔力を受け入れ、身体に溜めて下さい」

「わかった」


 カレンのものが俺に注がれ……そして俺から溢れ出る。

 それを契機にして儀式が完了した。


 ☆☆☆☆☆☆


「はぁ……はぁっ……」


 互いに息を切らし、支えるようにどちらかともなく抱き合う。確かに魔力は満タンかもしれないが、体力がギリギリだ。

 俺の身体はカレンの魔力を受け入れたためか、あるいは身体が受け付けないのか、燃えるように熱かった。


「ケイさん……この魔力は一般的な魔力の数倍の密度を持っています。恐らく数回分の魔力注入に相当するでしょう」

「そうか。それは助かる」

「一回でフェネルちゃんが起きなければ、これを繰り返すことになります」


 ……まあそうだろうな。

 それは分かっている。でも、俺の身体が保つか心配だ。

 できることなら……フェネル、一回で目を覚ましてくれ。そう願わずにはいられなかった。


 ☆☆☆☆☆☆


 俺とカレンは服を身につけ、部屋を出た。

 じっと待機していたアヴェリアが聞いてくる。


「お父様、お母様……いかがでしょうか」

「うん。うまく行ったわ、アヴェリア」

「ああ……よかった……」


 アヴェリアはホッと胸を撫で下ろしたようだった。

 彼女も一緒に、フェネルが眠る部屋に全員で戻った。


「フェネル……」


 ベッドで眠り続ける少女を見て胸が締め付けられる思いがした。早く目覚めて欲しい。

 そんな俺の心を見透かしたようにカレンが言う。


「大丈夫ですよ、きっと」

「そうだな」


 俺は、なんとなくフェネルを腕に抱く。

 魔力注入を行うにあたり、不要なことだが……俺はなぜか、そうしたいと思ってしまった。


「では始める。【魔力注入】起動!」


 俺から魔力が放出されるのが分かった。同時に身体中を駆け巡る感覚がある。

 熱い。燃えるように身体が熱を帯びる。


 俺とカレン、二人の魔力が混ざりあい、高密度の魔力がフェネルのソウル・クリスタルに注がれていく。

 俺だけの魔力だと目を覚まさなかった。しかり、カレンの魔力が加わることで——フェネルに劇的な変化をもたらしていく。


 どくん……。


 ひときわ大きく、ソウル・クリスタルが鼓動するのを感じた。

 魔力の流れで感じるのだ。


 ソウル・クリスタルを中心に……彼女の体内の——人の臓器をかたどったったもの——に魔力が伝わっていく。


 どくん……どくん……。


 びくっと、フェネルの身体が震えた。まるで、心臓の鼓動のようにゆっくりと彼女の身体が波打つ。やがて、彼女のまぶたがピクリと動き、わずかに開いた口から吐息が聞こえる。


「……ん……」


 間違いない。今、確かにフェネルは声を上げた。俺たちは息を飲んで見守る。

 ゆっくりとまぶたが動き、徐々に開いていく。


 瞳に光が灯り、俺を見つめる。

 俺に抱きつくように手足に力が入っていく。その手足や、触れる胸には確かな温もりと、鼓動があった。


 フェネルが目覚める。これは予感ではなく、すぐに起きることだと確信する。

 次第に、目の焦点が俺をとらえるのがわかる。


「——フェネル」


 俺は優しい声色を作り、名を呼ぶ。

 フェネルの喉元が少し動き、口元が緩み、次第に目が見開かれる。

 そして。ゆっくりと口が開かれた。


「…………またお会いできましたね、マスター」


 フェネルは、俺に初めて会ったときと同じことを言った。

 一瞬、不吉なことが頭に浮かぶ。まさか、初めて会ったときのように記憶が無い状態だったら? と。


「フェネル、俺が分かるか?」


 そう聞くと、きょとんと首をかしげ、しかしすぐに微笑みをたたえてフェネルが告げた。


「はい。ケイ・イズルハ。私の偉大なるマスター。私はずっとマスターを近くに感じていました」

「おおおおおおおおっっ!」


 思わず叫んでしまった。そんな俺の目の下を指でなぞるフェネル。

 涙を拭いてくれたのだと気付くのに、そう時間はかからない。

 フェネルだ。フェネルが目覚めたのだと実感する。


 俺たちの様子を見て、カレンは涙を流した。


「フェネルちゃんっ!!」

「お姉様……!」


 アヴェリアがフェネルに抱きつく。カレンも続く。


「わ、私は……アンタのこと……妹だなんて——」

「お姉様っ! お姉様っ!」


 なぜ皆が興奮しているのか、いまいち把握できておらず戸惑うフェネルをよそに、俺たちは泣き、声を上げて喜んだのだった。



 そして……フェネルが目覚めたと知れ渡ると、街中が歓喜の渦に飲み込まれたのである。





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