第20話 ソウル・クリスタル
俺は顔を上げカレンを見つめた。
その表情は決意に満ちている。まだ、諦めないという強い思いが溢れている。
何か確信があるのかもしれない。
だったら、俺も諦めるわけにはいかないな。
できることは何でもやってやる。
なお、街の内部に侵入した敵兵力は、カレンが率いてきた援軍により、概ね無力されたという。
怪我をしたアンベールさんらはアヴェリアが治癒を行った。
俺はフェネルを抱えたまま立ち上がり、カレンに向き合う。
「分かった。なんでもやってやる。手始めに何をすればいい?」
「まずは、開胸をして現状を把握しましょう。この近くでどこか、空いている部屋があればお借りできればと思います」
地下から集まってきた街の人々に聞くと……。
「私たちの命を救ってくれた御方のためなら、喜んで場所を提供しましょう」
「ああ。俺の家を使ってくれ」
「是非私の家を」
多くの申し入れがあったので、ある程度広い部屋を借りることにした。
急いで場所を空けて貰い、俺とカレン、そしてカレンが引き連れてきた謎の白衣を着た数人とで簡易的な人形工房を作り上げた。
部屋の中央にあるベッドにフェネルの体を置く。
周囲に大きな布を張り、目隠しをする。
そして、ベッドの横には大きな机を置き、その上には工具が置かれた。人形専用のものだろう。
だが、俺が知っているものといろいろ違いがある。
「では、始めます」
「よろしく頼む、カレン」
「ケイさん、まず、フェネルちゃんの服を脱がせて下さい」
そう言われ、俺はフェネルの服に手をかけた。一瞬、躊躇するものの、意を決して脱がしていく。
「クソッ」
思わず悪態をつく。胸のやや下の中央に穴が空いている。そこからは、液体がこぼれだしていた。
ん? 液体? ほぼ透明だが、僅かに赤く濁っているところがある。
今までそんなものが流れたことはなかった。フェネルの体内には、人間の血管のようなものは無かった。
液体も流れていなかった。
「カレン、この液体は何だ?」
「分かりません。が、私が作りケイさんが魂をくださったアヴェリアには、いつの間にか血管のようなものができていました」
「何だって? じゃあ、フェネルも……同じ?」
「はい。では、開胸します」
カレンは頷き、ナイフのような仄かに輝くメスを手に取った。
そして、見えないはずの皮膚にある「継ぎ目」に沿って刃を入れていく。
「これは……やはり」
カレンの表情が驚きに変わる。俺もフェネルの体内に目を向ける。すると、あることに気付く。
「ハート型の
目を凝らすと、その塊から、血管のような管が伸びて、他の臓器をかたどった塊に繋がっていた。
その管もまた、明滅している。
それはつまり、フェネルの全てが停止したわけではないことを示していた。
「これは……まだ、停まっていない。生きている?」
「はい。見て下さい、ハート型の
確かに、敵の攻撃の痕は僅かにソウル・クリスタルの端をかすっただけで、致命傷となる破壊とはなっていないようだ。
「ということは……これが治れば——」
「はい。フェネルちゃんが目を覚まし、以前のように活動できる可能性が十分にあります」
その言葉を聞き、俺は胸をなで下ろした。ああ、よかった。
可能性がゼロどころか……俺はカレンの口ぶりから、可能性がかなり高いように感じた。
カレンも不安だったのだ。でも、こうやって開胸して確信を持てたのだろう。
「どうすればいい? 何が必要だ?」
「まずは、ソウル・クリスタルの傷を修復します。そうすれば魔力の漏洩が止まるはずです。次が魔力注入ですね。人間であれば私が行えますが——」
人間同士の魔力注入はかなり特殊だ。それをカレンが行えるというのか。
「フェネルちゃんは人間ではありません。ですので、それが行えるのはケイさんのみ。フェネルちゃんが完全に元に戻るためには大量の魔力が必要なはずです。本来は数人で交代すべき量の魔力が必要になるでしょう」
「そうか。その役目はもちろん俺がやろう。俺にしか出来ないことだ。それに、魔力が足りない時はカレンが与えてくれるのだろう?」
そう言うと、なぜかカレンは俺から視線を逸らし、頬を染める。
「は、はい……その、ケイさんなら大丈夫です」
何が大丈夫なんだ? 俺はスキルを発動することで、近くにいれば別に何か準備が必要なわけではなかったのだが。
まあいいか。可能であれば何の問題もない。
「うん、それを聞いて安心した。少し前に大量に魔力を使って、倒れてしまったんだ。今は回復している間に倒れたら頼む」
「は、はい——」
上目づかいに俺を見るカレン。
その美しく整った顔立ち、そして気品に圧倒される。今、フェネルの回復という目的がなければ、かなり動揺したかもしれない。
「じゃあ、まずは傷の修復だな。俺に出来ることはあるか?」
「いいえ。処置は私たちで行います。慎重に作業を進めて、恐らく半日以上かかるでしょう。ケイさんは外でお待ちください」
「わかった」
そう言って部屋を出ようとすると、カレンが声をかけてきた。
「あの、ケイさん」
さっきまでの緊迫した声と違い、優しくて甘えるような声。
「ん? どうした?」
「いえ……何でもありません。必ず、フェネルちゃんを助けてみせます。共に頑張りましょう」
「うん。そうだね。何かあったら声をかけてほしい。どんなことでもいい、力を貸そう」
「はい!」
俺は部屋の外に出た。今はここにいても力になれないのであれば、いてもしょうがない。カレンには作業に集中して欲しいと思う。
邪魔してはいけない。
「お父様……お母様は、手術を始めたのですか?」
部屋の外で待機していた様子のアヴェリアが話しかけてきた。
「ああ、たった今。アヴェリアの方は、治癒は終わったのか?」
「はい。一通り完了しました。全員元通りです。後は——お姉様だけです」
少しだけ視線を落とすアヴェリア。
「そうか。アヴェリアはカレンに着いていてやってくれ。相当神経を使う作業のはずだ」
「はい。お父様も、しっかり休まれて下さい」
俺はうなずくと、外へ出る。
既に夕方となり薄暗くなっていた。
「ん?」
驚くことに、建物の外にはかなりの数の花が置かれている。花で作られた冠や、中には子供のものだろうか? 人形があったり、どんぐりなど木の実などが所狭しと置かれている。
頑張れ、などと激励の文章が書いてある紙も目に付いた。
「これは……?」
「みんなが……ぐすっ……フェネルちゃんが元気になりますようにって、祈って……置いていったの……ぐすっ」
声の方を見ると、泣き腫らした顔のロゼッタと、その隣にリアラが立っていた。
「そうか。ロゼッタ、花の冠は君かな?」
「うん……。早く元気になって、欲しくって」
リアラも少し涙ぐんでいる。彼女もフェネルに危機を救われたのだ。
「ありがとう、二人とも」
二人の頭を優しく撫でた。
俺はフェネルの状況を簡単に伝えた。まだ予断を許さない状況ではあるが、希望はあることも告げた。
「待っている皆に伝えて欲しい。ロゼッタも頼む」
「うん!」
こういうときは何かをしていた方が良い。
去り際にリアラが俺に向かって言う。
「みなさんが協力したいと言っています。宿屋の方準備を進めていますので、食事と休憩をとってください」
☆☆☆☆☆☆
食欲はなかったけど、多少無理して食べた後、風呂の用意ができたということで汗を流した。
リアラが献身的に世話をしてくれたおかげで、何とか気分を持ち直すことができたと思う。
「ケイさん、少しお休みになられた方が——」
深夜になっても起きている俺にリアラが言った。もっともだと思うし、そうすべきだとは分かっているが、俺は気が高ぶり寝付くこともできなかった。
「ああ、もう少ししたら寝るよ。リアラも疲れただろう。休んでいてくれ」
俺がリアラに告げると、素直に従ってくれた。
宿の部屋からは、カレンたちが頑張っている簡易の人形工房の建物が見える。
まだ明かりがこうこうと灯っている。半日以上作業が続いているのだ。相当な精神力や体力が必要だろう。
街の人々はこんな夜中にも人形工房に足を運び、祈りを捧げている。
休まねば。
はやる気持ちを抑えつつ、ベッドに仰向けになった。
天井を見上げ、そして目をつぶった。すると、瞼の裏に色々なことが浮かんでくる。
「——またお会いできましたね、マスター」
俺の脳裏に浮かぶのは、フェネルが魂を得て最初に発した言葉だ。
俺とフェネルは間違い無く初対面であり、フェネル自身どうしてそう言ったのか分からないと言っていた——。
☆☆☆☆☆☆
今から半年と少し前のこと。
出所の分からない人形が、何かの手違いで軍に納品されたという連絡を受け、俺は兵器庫へ向かった。
軍の管理する倉庫の中でも特に厳重な警備がなされている場所に、フェネルの身体が持ち込まれていた。
俺は当時から魔巧人形を整備する仕事をやっていた。時に、彼らを率いて戦闘に出かけることもあった。
その傍らで、俺のスキルである【ソウル・メーカー】を用いて、魔巧人形に魂を与えられないか試していた。
【ソウル・メーカー】は、【魔力注入】とともに俺固有のスキルである。
スキル判定師により大まかなその機能は伝えられていたけど、今まで一度も発動したことがなかった。
俺は、ずっと【ソウル・メーカー】の発動条件を調べていた。
汎用型の魔巧人形に対して起動を試みるも、発動しない。
次第に軍は俺に期待しなくなった。【魔力注入】だけでもそれなりに貢献していたはずだが、誰も保持しないため理解されなかったようだ。
ある日、俺に起死回生となる情報がもたらされる。
「出所の分からない人形」が軍に持ち込まれたという情報だ。
俺はさっそく、その造形に魅入られた。他の魔巧人形と明らかに違う精密な作り。
内部構造も他と違っており、人を
しかし、ピクリとも動かない。まさに、人形そのものだった。
「謎の魔巧人形を動かせ」
それが俺に与えられた命令だった。
しかし内部機構が全く違っているし、それが魔巧人形という認識は薄かった。
しかし、俺は気付く。【ソウル・メーカー】を起動しようとすると、わずかな反応を示したのだ。
興奮し、起動する条件を探し始める。
一部破損している箇所があり、それを修復したり、周囲から白い目で見られつつも彼女に似合うと思い、貴族風のドレスをあつらえた。
髪を結い、肌を磨き見た目を整える。内部構造に手を出すほどの技術は持ち合わせていない俺は出来ることを探し、続ける。
そして、その日。
もう人間と遜色のない状態にした人形にスキルを実行した。恐らく試行回数は三桁に上っていただろう。
人間にしか見えない人形。今にも動き、語り始めそうなその姿を見ていると、不思議とスキルが発動しそうだと思えてくる。
「魂を生み出せ、生を受けろ……【ソウル・メーカー】発動!!」
いつもと違い視界がぼやけた。大量の魔力消費が行われ、ついに魂が注入されたのだ。
歓喜に震えつつ、がくりと膝を付いた俺が見上げると、フェネルは俺を見て微笑み——そして言った。
「——またお会いできましたね、マスター」
全てを記憶しているはずのフェネルだけど、目覚める前の記憶は無いという。
だから、なぜ「また会いできましたね」と言ったのか分からないのだとか。
カレンとの生活を覚えていたアヴェリアに対し対照的でもある。
「私はフェネルと申します。マスターは……ケイ、とおっしゃるのですね?」
フェネルは目覚めてすぐ、自分が何者なのか——魂を与えられた魔巧人形だということを理解しているようだった。それはアヴェリアも同様だったな。
「過去の記憶は必要ありません。私には、マスターがいるのですから」
そうきっぱりと言い放ったフェネルは心なしか微笑んでいたと思う。
それからすぐ、俺たちは南部戦線に投入され、魔物と戦う日々が始まった。
ほんの半年前の出来事なのに懐かしいと思う。
俺は、フェネルのことを考えていると温かい気持ちになり、うつらうつらとし始めたのだった。
そして。
すっかり眠ってしまった俺はカレンの声で目を覚ます。
「ケイさん! ソウル・クリスタルの修復は無事完了しました! 次はケイさんの出番です」
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