第19話 慟哭
フェネルが危機に瀕したアンベールさんを助けに走り出した。
俺はフェネルの援護をするために、魔導ライフル銃で彼女に接近する敵を倒していく。
銃の威力は凄まじく、たった一発で魔巧人形の胴体を粉砕する。
フェネルが市場に着き、アンベールさんとともに戦いを始めても俺は撃ち続けた。
フェネルの死角に近づく敵を葬っていく。フェネルは俺が何をしようとしているのか把握しているような動きを見せる。
離れていても、俺の意思をくみ取ってくれる。その一体感に俺は高揚した。
そして魔方陣を破壊し、フェネルは礼拝堂に入っていった。
残った残存兵を倒そうと思ったのだけど、掃討が始まっているのか、先ほど街を略奪していた兵士どもが見当たらない。
敵が姿を消したことで、周囲にいた兵士立ち退きも緩む。
どうぞ、少し休んで下さいと兵士が俺に促すが、どうにも気が落ち着かない。
「お疲れさまです」
リアラが珈琲を入れてくれた。
カップを受け取り、ずずっと啜る。温かい液体が身体に染み渡る感覚が心地よい。
「ありがとう」
俺がリアラにお礼を言うと、彼女は頬を赤らめながら見つめてくる。
「いえ……あの、お二人は凄いですね。フェネルさんと息がぴったりで」
「まあ、付き合い長いから」
「素敵です。あの、ケイさん……私にできることはありませんか? この国の兵士でもないのに頑張って頂いているので、何でも申しつけて下さい」
リアラはうっとりとした表情で俺を見つめた。
ただならぬ決意をしているようで、キリッとした眉が意志の強さを示している。
「リアラは命がけでフェネルの武器を持って来てくれた。しかも、魔剣にまであのヴォーパルウエポンを仕立ててくれた。それだけで十分だ.」
「でも……それだけでは……この街も、私も何度も助けて頂きました。もし、ケイさんがいなかったら……今頃、私……」
潤んだ瞳で上目遣いをしている。
さて、そう言われても困ってしまうが……と思っていたところ、
「あ……あの、ケイさん……街の様子がおかしいです」
何かに気付いたようにリアラが街の方を見て言った。
見ると、さっきまで姿を消していた敵兵士や魔巧人形が街中に現れていた。建物の中に潜んでいたようだ。
兵士はまだ気付いていない。
リアラと話していなければ気付くのが遅れたかも知れない。
見ると、敵は一斉に礼拝堂に向けて移動を始めた。
一体……これは?
街中に広がった帝国軍兵士や魔巧人形が礼拝堂に殺到している。それを見て俺は違和感を覚える。
相変わらず、あの軍事的に価値がないところになぜ集まるのかと。
何か必要なものが礼拝堂にあり、街の人々はそれを知らない……あるいは、俺に伝わってない可能性がある。
とはいえ、問題は礼拝堂にいるフェネルだ。
フェネルの魔力はある程度残っていたはず。
無茶をせず、兵士たちに任せて退避行動を取れば危険は無いだろう。
しかし、妙な胸騒ぎを覚えた。
フェネルが呼んでいる。今じゃなくても近い将来、フェネルが俺を求めるような、そんな気がした。
俺は引き寄せられるように礼拝堂に向かう決断をする。
「リアラはこの城壁内で兵士に保護をして貰ってくれ」
「ケイさんは?」
「俺は礼拝堂に向かう」
「それは……とても危険です。ここに避難していたほうが——」
そう言いつつもリアラは俺の瞳を見てはっとしたような表情をする。
「……分かりました。どうか、ご武運を」
リアラが祈るように、頭を垂れた。
「ありがとう」
俺はリアラに背を向け走り出す。
論理的な考えじゃないのは分かっている。城壁から降りてしまえば魔導ライフル銃の優位性がかなり削がれる。しかもあれだけの敵がいる。おかしな行動だとおもう。
それでも、フェネルの元へ走り出さずにいられなかった。
この決断に迷いはない。
最近のフェネルは俺の予想を超えた行動をすることが増えた。
でも、俺はフェネルの変化を好ましいと思っている。
フェネル自身が俺を必要とせず、自らの力で考え行動し未来に向かって歩いて行く。素晴らしいことだ。
しかしである。いざ、こうやって離れてしまうと不安に感じてしまう。
つくづく、俺は勝手な人間だと思う。
こんな過保護な俺は、そのうちフェネルからウザいとか言われる日が来るのだろうか?
城壁から礼拝堂に向けて走る。
しかし、フェネルと違い地を走る俺はそれほど速くない。
ガチャ。
物音に気づき前方を見ると、5体の魔巧人形が目に飛び込んできた。
そいつらは俺を認識すると襲いかかってくる。
ダーン!
1体の魔巧人形の中心部を貫き、その後ろの魔巧人形をも破壊する。
距離が近いので照準を合わせるのに苦労する。しかし俺は続けざまに第二射を放つために弾を込め構えた。
先頭の魔巧人形が急速に俺に近づいている。
やはりライフルじゃ無理だな。俺は舌打ちしながら銃身下部に装着されている刃を展開させ、近接戦闘に備える。
「クソッ」
悪態をつくと同時に、2体目の魔巧人形が飛びかかってきた。
ガシッ 俺はそいつの腕を掴み、背負い投げの要領で地面に叩きつける。接近したもう一体の銅に剣を突き立てた。
こんなところでグズグズしている暇はない。
刀で魔巧人形の胴体を切断する。凄いな……遺跡から発掘されたらしいが、メインでないのにもかかわらずここまでの威力がある。
さらに接近してくる3体目。そいつは腕を振り上げている。
ブン! 唸りをあげて拳が俺の顔面に迫った。
他にも、わらわらと周囲に集まってくる。
どう切り抜けるかと考えていると、
「よぉ、ケイ。久しぶりだなあ?」
そんな声が背後から聞こえた。
まさか……。見知った顔がある。南部戦線で一緒に戦った部隊だ。レイ隊長と、その配下の者たちが10人程度見えた。
敵なのか?
だとしたら相当厄介だ。しかし、
「加勢が必要そうだな。任せろ」
そう言って迫る魔巧人形を倒していく。
さすが手練れだ。組織的に魔巧人形を倒していく。
俺は指揮を執るレイ隊長に話しかけた。
「どうして俺を助けてくれるのです? それにいつ、どうやってこの街に入ったのです?」
「この街に入る前に、ある嬢ちゃんと出会ってな。その子と一緒だったからかあっさり入れたよ。そしたら戦争みたいになっているじゃないか。なんとか躱しながら、ケイ探してここまで来たってワケ」
嬢ちゃん? まあこの国の関係者なのだろう。俺がこの街に入れたのと同じなのかもしれない。
「あと帝国軍を辞めた理由だが、あのバッカスとかいうバカを見て心底帝国が嫌になってな。それにケイが抜けた今、もうあそこはダメだと見切りを付けた。もともと南部戦線で酷い目に遭ったのは、軍上層部の責任だしなァ」
「……そうですか。助かります」
クビになり追放された俺と違い、彼らは自らの意思で帝国軍を抜けてきたことになる。すぐには信じられないが、でもこうやって帝国の放つ魔巧人形を倒してくれるのを見ると、信じても良いのではと言う気持ちになってくる。
「それにさ、お前らと一緒の方が楽しそうだと思ってよ。そういえばフェネルはどこだ?」
「ああ、俺は今フェネルがいるあの礼拝堂に向かっているところだ」
「そうか。変な建物だなァ、アレ」
「古くからある遺物のようです」
そう言うと、レイ隊長はふむ、と考え込む。
「ふうん。帝国軍の一部が、この国にある遺物に興味を示していたらしいが……まあそれは後だ。急いでいるんだろう?」
「はい」
俺はレイ隊長が指揮する部隊と合流し、礼拝堂へと急いだ。
☆☆☆☆☆☆
礼拝堂に辿り着く。
周囲にはあちこちに破壊された魔巧人形が倒れている。
「……!」
あの固そうな礼拝堂の一部が破壊されていて、しかも数人の帝国軍兵士の姿も見えた。
中には魔導大隊所属の兵士の姿もある。
魔巧人形の姿は見えない。もしかして……まさか全部投入したというのか?
だとしたらこの静けさは何だ?
「行くか? ケイ」
「もちろん」
俺は歩みを止めず、礼拝堂に向かう。
当然、それに気付いた帝国軍兵士が俺たちに刃を向ける。
「いや、ちょっと待て! これは罠だ!」
先行して進むレイ率いる部隊に声をかける。
しかし、彼らが立ち止まる前に突如魔方陣が現れた。どす黒い、赤色の禍々しい色のそれは急激に光をまき散らす。
巧妙に隠蔽された、対人地雷魔方陣だ。
さらに追撃として、俺たちに魔法による炎の攻撃が投げられた。
やられた! 吹き飛ばされる……!
しかしその瞬間、
「【
澄んだ声が響き、足下に白色の輝く魔方陣が上書きされた。
対人地雷魔方陣は消え失せ、俺たちに迫る炎をあっさりとかき消す。
「お父様……!」
俺の元に駆け寄ってくる、小柄な少女が一人いた。メイド服を纏ったアヴェリアだ。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「はい、お父様。それに……みなさんもご無事でよかったです」
そう言ってあヴェリアはレイを見つめる。
「よう。そっちもな」
俺は双方に声をかける。
「さあ、急ごう。敵を片付けて礼拝堂の中に向かう」
「はい!」
「「「「おう!」」」」
俺はレイ部隊の攻撃力、そしてアヴェリアの頑強な防衛力、回復力を得て礼拝堂の中に突撃した。
☆☆☆☆☆☆
礼拝堂の中でも、死闘が繰り広げられている。
そしてその先には……!
「——フェネル」
様子がおかしい。
フェネルはぐったりとして、アンベールさんに抱えられている。ロゼッタが泣きながらフェネルに声をかけている。
「フェネル! 貴様らァッ!」
俺は叫びながら走り出し、その手前にいたアンベールさんを切りつけようとしている兵士に銃剣を突き立てた。
「ぐっ……」
恨めしそうに俺を睨む敵兵士に目もくれず、急いでフェネルの元に駆け寄る。
「おお……ケイ殿……すまない。フェネル殿が……」
「フェネルちゃん! フェネルちゃん!」
アンベールさんが必死に守っていたフェネルを受け取り腕に抱く。
ロゼッタはぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、ひたすらフェネルの名を呼んでいる。
フェネルは呼びかけに応じない。目を閉じ、胸には鋭利な刃物で突き刺されたような穴が空いていた。それはドレスを貫き、身体の中心部に達しているようだ。
そこから液体が漏れ出している。
まさか、ハート型の中心部が壊れたのか?
それに魔力も枯渇しているようだ。
いったい、何が起きた?
フェネルが……………………魂が消える?
ダメだ。それはダメだ。
「魔力注入!」
しかし、フェネルは俺の魔力を受け付けない。
拒否しているわけではない。器が壊れたようにこぼれ漏れていくのだ。いくら魔力を注入しようと同じだった。
俺は危機感を覚える。
大切なものを失ってしまう。そうはさせるか。
「フェネル、フェネルッ! しっかりしろ! フェネル!」
俺の声に反応したのだろう。フェネルが目を開ける。しかしフェネルの瞳には何も映らない。光を失い、虚ろな表情を見せるだけだ。
顔が俺の方に傾き口元がかすかに動く。まるで微笑んでいるようにも見える。
しかし、肌の色は消え温もりも感じない。
「今まで……ありが……とう…………マスター」
は?
フェネルはいったい何を言っている?
今際の言葉のようなことをなぜ言う?
まだまだこれからだろう?
いつかフェネルと交わした言葉を思い出す。
『じゃあ、一緒にいるか』
『はい、マスター!』
これからも、一緒にいると約束しただろうが……!
いつものように、俺を呼んでくれよ!
「フェネルッ! フェネル、フェネルッ!」
フェネルはそれきり動かなくなった。
その顔はとても綺麗で、まるで人形のように見える。
魂のない、壊れた、人形——。
「うわああああああああああああ!!!!」
俺は怒りと悲しみのままに叫ぶ。
そんな俺を周りの皆は黙って見つめている。
誰も口を開かない。言葉を発する余裕がないようだ。ただ、黙って俺を見つめているだけだった。
しかし——。
「ケイさん、まだです! フェネルちゃんは私が救います。最高の人形技師の名にかけて。もちろん、ケイさんにも手伝って頂きます!」
久しぶりに聞く声が聞こえる。
そこには、差し込む太陽の光に照らされた美しいドレスに身を包む——帝都で出会った人形技師、カレンの姿があった。
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【作者からのお願い】
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