第18話 祈り —— side フェネル

 あっという間だった。


 スキル【嫉妬の心バーニングハート】により私はあっという間に、視界に入った魔巧人形を撃破した。

 合計92体の魔巧人形を破壊したのだ。あと残すのは一体……トドメを刺すと同時に、力が入らなくなった。


『警告:魔力が枯渇しました。スキルの起動が解除されます——』


 ズン。


 視界が震える。

 最後の魔巧人形を破壊した。しかし、それが持っていた武器が、動かなくなった私の中心を貫いていた。

 そのまま私は魔巧人形の屍の上に倒れる。力が入らない。


 「身体の中心部にあるハート型の部位」が損傷したのだろうか。今までに無い、視界の明滅や耳鳴りに襲われている。


 建物の外から悪態をつく人間の声が聞こえてくる。


「クソっ。全滅かよ。魔巧人形を全部倒してしまうとは——なんて奴だ」

「まあいいさ。地下への入り口をこじ開け、中を確認すれば仕事は終わりだ」

「そうだな。これだけの被害を出したんだ。地下に残っている人間をいたぶって、女がいればみんなで共有して、金目のものがあれば俺たちのものにしよう」

「ああ、楽しみが増えたぜ。できれば幼女でもいればいいが……ぐふふふ」


 耳を覆いたくなるような会話だ。

 こんな人間が残ったのか。早く地下に行かなきゃ……みんなが危ない……。


 思えば思うほど身体が動かない。

 ベストは尽くしたはずだ。あの魔巧人形の群が地下に行くことを思えばこれでよかったはずだ。


 でも……この敵兵士たちは魔巧人形よりも邪悪なのではないか?

 せめて、この人間たちが弱いといいのだけど。


 私はいつのまにかマスターの顔を思い浮かべていた。

 目を瞑り、そして願う。

 マスターに来てくれますように。地下にいる人たちが無事にいられるように。援軍が間に合いますように。


 ああ、どうか……マスター。

 私の願いを叶えて下さい。


 どうか……どうか……。


 これが「祈り」……?


 そうか、こんな時に祈るんだ。

 人間が神とやらに祈る理由がようやく分かった。



——どうか……マスター。今すぐ、今すぐ来て、地下にいる人間を守って下さい。


——私の……魂と引き換えでも、構いません。

——もう会えなくても……イヤだけど……それでも、構いません。


——私が守りたいと思った人間を救って下さい。



 視界が次第に暗くなっていく。

 魔力が尽き、身体の中心が破壊され、全ての機能が停止していく。


 目の前に、イヤラシい笑みを漏らす帝国軍の兵士の姿が映る。


「やっぱりコイツ、フェネルじゃないか。南部戦線の」

「本当だ。なんだもう動けないのか? でもまあ、まだ使じゃないか」

「お前……本当に人形とやるのが好きなんだな」


 下卑た男共がやって来る。アイツらを、下にやってはいけない。

 絶対によくないことが起きると確信する。

 せめて、一太刀をぶつけようと思うけど身体が動かない。


「まず服を脱がそうや」

「へえ、こうしてみると人形もいいものじゃないか。人間と変わらないしゾクゾクしてくるな」

「そうだろ? 俺が先だぞ」


 男の一人が自らのベルトに手をかけ、カチャカチャと音がする。

 もう一人の男が、私のドレスに手をかけようとする。


 こんな奴らに肌を晒すのはイヤだ。触れられるのはもっとイヤだ。


 でも、触らせることでコイツらを足止めできる。時間を稼げる。

 好きにすればいい。下にいる人たちに僅かな時間でも見過ごしてくれるなら。


 イヤラシい目をした男の手が私の直前まで伸びたとき、私を凄まじい嫌悪感が襲った。

 いやだ! いやだ! いやだ! こいつらに触れられるのは——いやだよ……!


 目を背け歯を食いしばる。いやだ……いやだ……。

 でも、下にいる人を守れるなら、私が我慢すればいい。


 でも、いやなものはいやだ……。私は目を強く瞑る——。


 しかし。

 その男たちが私に触れることはなかった。

 ……え?

 突然視界の端にじじいが映り、私と男の間に割り込んでくる。


「フン、汚い手で、わしの大切な者に触れるな」

「はあ? なんだこのじいさん」


 じじい……やめろ。

 もう、動けず何の役にも立たない私にどうして構う?

 戦えない私に価値などないのに。


 捨て置けばいい。

 価値のない私に人間が体を張る必要はない。


 マスターが来るまで耐えればきっとなんとかしてくれる。

 人間は死ぬ。死んだら元に戻らないんだ。朽ちていくだけだ。

 だから、もう少し待っていて欲しいのに。


「フン、守りたい者を守れないで何が騎士だ」


 じじいが憮然と言い放つ。

 守るべき者は私じゃない! なのに、なぜこのじじいは私の立つ?

 地下にこそ、じじいの守るべき人間がいるだろうに。


「あん? ……くたばり損ないか」

「コイツの目の前で人形を犯してやろうぜ」


 全身に包帯を巻いて、立っているのがやっとのハズなのに。


 何をしているんだ? 早く逃げろ。

 こいつらが私の身体に興味を持っている間、隠れていろ!


『——フッ、儂と戦ったのだからな。だが、あまり無理をするな。いざというときは儂みたいな老いぼれに任せろ』


 記憶領域にあった、じじいの言葉が蘇る。

 無意味だ。バカだと思う。もうそうすべき時は過ぎたんだ。


 私はマスターの言葉を守らなかった。その結果を受け入れなければいけない。


 それなのに。


 なんだろう……この感じは?

 温もり……?


「バーカ。早く死ね、このくたばり損ないが!」


 敵兵にあっけなく倒されるじじい。それでもなお、立ち上がり私の前に立った。

 全身から血が吹き出している。


「グハッ……」


 じじいは三度倒され、血を吐き、最後にはその身を盾にするように私に覆い被さった。


「決して——お前らクソ共には触れさせぬ。例え、我が身が引き裂かれてもだ——」


 不思議と、触れられてもいやだと思わない。でもこのままではじじいが死ぬ。

 はやく下がれ……。


「やめて!」


 ああ、ダメだ。ロゼッタの声がする。

 やめろ……!

 ロゼッタだけじゃない。他の人間の声も聞こえる。


「そ、そうだ……お前たちなんかがこの方に……触れていいわけがないだろう!」

「……守らなければ」


 なんとか声を絞り出す別の声がする。

 必死に恐怖と戦っているのが分かる。

 残った兵士たちが声を上げ、駆け始めた。


 弱いくせに、なぜしゃしゃり出てくる?

 どうして人間じゃない私を救おうとする?


 ………………………………………………。



——ああ、どうか。

——マスター。

——お願いですから……。


——どうか……どうか……

——私の魂を捧げるので。


——私の……大切人な間たちを、どうか代わりにお守り下さい——。



 ただただ私は祈った。

 祈り続けた。


 やがて。

 瞼が重くなって。

 私の瞳は何も映さなくなった。


 暗闇が訪れ、独りぼっちになった。


 ううん。じじいの声が聞こえる。ロゼッタの声が聞こえる。

 他の人の声が聞こえる。必死に抗う人々の声が聞こえる。


 私は安心する。

 私は一人じゃない。

 だからこそ、私は願う。


 この人たちが酷い目に遭うくらいなら、私の身体を盾として使って欲しい、と。


 ——どうか……どうか……。

 ……。



「——フェネル」


 遠くに、かすかに、私の名を呼ぶ声が聞こえた。

 沈みかけた意識がわずかに浮かぶ。

 マスターだ……!


「フェネル! 貴様らァッ!」

「お姉様……!」

「よぉ、フェネル、久しぶりだな。くたばるのはまだ早いぜ?」


 待ちわびたマスターの声が聞こえる。


 マスターが来てくださったのだ。援軍を引き連れて。


 いつも、私の元に戻ってきてくださる。

 いつも、いつも、マスターは私の願いを叶えてくださる。

 いつも、いつも、いつも。私のことを気遣って……沢山のものを与えて下さる。


 これでもう大丈夫。マスターがきっとなんとかしてくれる。


 祈りが通じ、私の願いは叶えられた。

 マスターが、あの、待ちわびたマスターが来て下さった。祈りが、願いが叶えられたんだ!


「フェネル、フェネルッ! しっかりしろ! フェネル!」


 私を抱いて名前を呼んでくださる。

 その声を、温もりを、ずっと感じていたいのに。

 少しづつ離れていく。遠くなっていく。

 ああ、もっとその優しさに包まれていたいのに。それだけは叶わない——。


 何も見えず、何も聞こえなくなった。

 それでも、マスターが私の名を呼んでいると感じる。


 ありがとう。

 ありがとう……。


「今まで……ありが……とう…………マスター」



 私は壊れた人形になる。マスターの腕の中で。


 大好きなマスターの、胸の中で——。













 私の内側から声が聞こえる。

 その意味を認識する前に、私は動作を停止した——。



『条件を満たしました——フェネルは怠惰の泉スプリング・ハートを獲得しました』

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