第15話 援護(2) ——side フェネル

 地下一階は一つの部屋になっていて数百人集めて集会が出来そうなくらい広い。

 ただ、椅子や机が散乱し、あちこちに血痕がある。倒れている人も何人もいるようだ。


 かつて、マスターと一緒に戦った南部戦線で見た景色。

 ただ、負傷者はそれほど多くない。十人前後だろうか。

 その中央に、じじいが仰向けになっていた。手当を受けている。


「フェネル殿に無様な所を見せてしまうとはな」


 包帯でぐるぐる巻きにされている。どうやらかなりの深手らしく、気力のみで歩いていたようだ。

 ここに着くなり気が抜けて、起きられなくなったという。

 人間というのは不思議だ。私なら動けなくなるような傷でも起き上がり何かを成し遂げようとする。

 だけど、こうなってしまっては、ただの足手まといだ。


「邪魔。怪我するようなノロマは下がっていればいい」

「そうだな。返す言葉もない。来てくれて本当に助かった。感謝する」


 こうやって素直になられると、調子が狂う。


「は、早く治してくれないと困る」

「フッ。そうだな、気遣い感謝する」

「ちょっ、そんなんじゃない。この新しい剣の切れ味を試したいだけ」

「ああ。またこの老いぼれを相手にしてくれるんだな。ありがたい」


 うう、顔が熱を持つような気がする。

 私は視線を外し、小声で


「楽しみにしている」


 と言いちらりとじじいの顔を見ると、顔をしわくちゃにして笑っているようだった。


「ああ、フェネルちゃん!」


 馴れ馴れしく呼ぶ声に振り返る。

 そこには、見覚えがある男の姿があった。

 声をかけてきたのは、確かじじいの部下、副隊長だったはず。

 じじいと最初に模擬戦をしたときにもいたし、この街に来たときも声をかけてくれた人だ。

 私のファンって言ってたけど、それが何なのかよく分からない。


「ええと」

「俺の名前かい? くうっ。ついにフェネルちゃんに名乗る日がくるとは。俺は『クルト』と申します。どうかお見知りおきを」

「クルト」


 私が名を呼ぶと、なぜか来るとは飛び跳ねる。


「くぅーーっ! 名前を覚えていただけるとは……光栄の至り」


 よくわからないテンションになっているクルトを私はじろっと見る。前会った時と印象が少し変わったような、同じような。

 クルトは周囲の人々に私を紹介し始める。


「さあ、こちらがあの戦車大隊を壊滅させたフェネル殿だ。いや、フェネル様とお呼びした方がいいかな?」


 今まで通りでいいし、別に敬ってもらう必要もない。


 そんなことを思っている間にも、周りの人々が集まってきて口々に賞賛の言葉を投げかけてくる。

 何故か握手を求めてくる……どうしていいか分からない。困っていたら、隣にいたロゼッタが助けてくれた。


「もう、みんな落ち着いてよ。フェネルちゃん困ってる」

「ああ、そうだな。この子——ロゼッタも救ってくれたのだよな。子は宝だ。この国の未来を救ってくれて、ありがとう」


 私を褒められるのは、嬉しくもあるけど。


「マスターがいたから出来たこと。感謝はマスターにして欲しい」

「マスター、つまりケイ殿だな。彼も色々と情報を与えてくれた。あれだけの規模の軍隊に襲われて、この程度の損害で澄んでいるのは彼のおかげだ」

「その通り」


 皆が、ざわざわと私たちの話を始める。みんな笑顔でマスターが褒めているのを見ると思わず口元が綻ぶ。


「それで、フェネル殿とケイ殿は将来一緒になられるのですか?」


 可愛らしい女性がキラキラした目で私に質問してきた。


「そう。ずっと一緒」

「まあ、素敵……。さっき、礼拝堂の入り口で仲良くされているのを見かけましたわ。とてもお似合いでしたもの。ねえ皆さん! 落ち着いたら、お二人の結婚式を盛大に行いませんか?」

「おお、それはいい。是非とも式をここで……街を守って下さったお礼に祭も合わせて盛大に行うのはどうだろう?」

「それはいい。市場も協力しよう」


 ……話が勝手に進んでいる。

 人間は不思議だ。どうして、私たちに何かしたいと思うのだろう?

 私とマスターの関係とは違う。知り合ってからの時間は僅かなものだ。

 しかも、かなり手の込んだ儀式を行おうとしている。

 でもこの感じはイヤじゃない。不思議と心地良かった。


「そ、それは……マスターに相談しないと」

「きっと、喜んで下さいますわ」


 マスターは何というのだろう?

 今まで私の願いをいつも叶えて下さった。きっと首は横に振らないのだろうけど。

 喜んでくれると嬉しい。


 この人たちを守れたというのは、不思議と気分が高揚する。

 マスターに褒められたときとは別の温かい気持ちが込み上げてくる。


 こんなに良くしてくれる人たちを救えたのは、良かったと思った。


 ☆☆☆☆☆☆


 しばらく避難している人たちと話していると、パラパラと天井から塵が落ちてきた。


 ミシ……。


 僅かなものだけど、上から振動が伝わってくる。

 ここは地下一階だ。地上で何か起きている。


「ロゼッタはここでみんなと待ってて」


 私はそう声をかけ、階段を駆け上がる。

 礼拝堂一階。そこには、数人の兵士がいて怪我人の手当をしていた。

 地下は兵士以外と重傷者の治療、ここは軽傷の兵士を治療している。


 クルトは先に上がっていたので、彼に状況を聞いた。


「特に変わり無しだ。小さな窓しかないが、そこから除くと魔巧人形が集まってきているのが見える。それに、さっきから振動があって礼拝堂の外壁を壊そうとしているみたいだ」


 やっぱり。一旦引いて再び集結しているというのだろうか?

 私は小さな小窓から外を窺う。

 確かに、魔巧人形と——。


「!!」


 人間がいる。どこに隠れていたんだ?

 私が目を見張ると、クルトが口を開く。


「フェネルちゃん、大丈夫だ。壊そうとしてもそう簡単にこの建物は崩れないよ」

「白地に黒の線が複数入っている服装の人間がいる」

「それがどうかしたのかい?」


 私は、記憶領域からマスターの言葉を引き出した。


「マスターが話していた。『魔導大隊のものですね。ひょっとしたら……そいつらがいた付近を調べて下さい。恐らく魔方陣が描かれている地面があるはずです』」

「……? つまり?」

「『爆発系であれば恐らく対象は城壁です。念入りに調べて下さい。穴を開けて軍隊を投入されるでしょう』」

「この街の城壁を破壊できるってことかい? それはすごいな」

「城壁じゃなくて、もし、この建物の壁に魔方陣を描いていたら?」

「そうか! そういうことか」


 先ほどの振動は、敵が爆発系の魔方陣で破壊を試みていることの現れかもしれない。


「クルト、もしかして振動が大きくなっている?」

「最初は感じなかったのに、次第に大きくなっているような気がする」


 マスターの言葉から敵の行動を先読みできる。

 離れていても、マスターの言葉が私を導いてくれる。

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