第13話 逆襲(2)

 見える範囲の敵をおおかた倒しつつある頃、慌てて兵士がやってきた。


「複数の魔方陣を発見、破壊しましたが……市場の方にも魔方陣があったようです。しかし、これを今だに破壊できていません。強力な魔巧人形がガードしており、人間の帝国軍兵士の姿もあるようです」

「そうか、儂が出よう」


 恐らくこれが本命だ。

 アンベールさんが行けば問題無いだろう。ただ、今一歩敵の動きが速いのが気になる。


 今まで黙々と敵を撃ってきたフェネルがスコープから視線を外しアンベールさんを見つめる。


「じじい、たのむ」

「ああ。言われるまでも無い」


 そうだ。市場の近くにはロゼッタたちが退避しているあの礼拝堂がある。

 互いに頷き、それぞれの戦場に向かっていく。


 しかし、アンベールさんが去った後に状況の変化を知らせる伝令がやってきた。

 俺たちを防衛している兵士たちの間に動揺が走る。


「敵兵の数が多い。多くの非戦闘員は避難場所に退避しているが……やつらが街中に広がっている」


 俺はスコープを覗き、街の中を確認する。確かに魔巧人形や人間の帝国兵士の姿があちこちに見える。


「アイツら……」


 市場の方には多数の帝国兵士の姿が見え、その数が増えているようだ。


「…………ロゼッタ」


 フェネルがつぶやくのが聞こえる。

 市場中央にある避難場所の礼拝堂を見ると、固く口を閉じておりそれを敵兵が取り囲んでいた。

 外部から攻撃を加えているようだが、まったく効果が無いように見えたので胸をなで下ろす。


 しかし——礼拝堂が敵の目標なのか? あそこには非戦闘員が退避しているが……軍事目標としての価値は無いはずだ。


 俺は他の場所を見下ろす。


 街のあちこちで、特に市場で帝国軍兵士が略奪を始めている。

 賑やかだった市場が荒らされていく。

 幸い、既に住人は避難しているので人的な被害はない。


 この街に来る前に見た、リアラとロゼッタを……女性を襲った兵士たちを思い出す。あのようなことが起きていないのが幸いだ。

 しかし、略奪が許されるわけでは無い。俺は頭に血が上る。


「アイツら……本当に——」


 いや、冷静になれ。今は一体でも敵を倒さなければならない。


「フェネル、続けよう」


 俺がそう言って見ると、フェネルはソワソワしていた。

 前には見せなかった仕草。いつからか目にするようになった、冷静さを欠く様子。

 意を決したようにフェネルが口を開く。


「マスター、礼拝堂に向かっても良いでしょうか?」

「いや、ここで射撃を続ける」

「…………はい……マスター」


 俺の声に表情を変えず従うフェネルに胸が締め付けられる。気持ちは分かる。

 俺だって駆けつけたい。しかし、今フェネルの武器がない。

 行っても、借り物では今まで通りの活躍はできないだろう。だったら、ここから遠隔攻撃で——。


「ケイさん! フェネルさん! 武器が完成しました!」


 声がしたのは城壁の下だ。

 見ると、リアラの姿があった。大事そうに布に包まれた剣を抱えている。

 まさか、この状況で作業していたのか?

 預けていた武器の修復が終わり、完成したのだろう。


 しかし。


「おお……人っ子一人いないと思っていたえけど……こんな上玉がいたとは。いただこうぜ」

「ああ。やっぱ、敵国の女はみんなで分けないとなぁ」


 下卑た笑い声とともに数人の男たちがリアラの周辺に姿を見せた。帝国の兵士だ。

 彼らはリアラを見るなりいやらしい笑みを浮かべている。


「ダメ。私がどうなろうと、これは渡さない」


 リアラは動けなくなったものの、気丈に立ち向かい大切そうに剣を抱えている。

 瞳に涙を浮かべながら。


「フェネル! 頼む!」


 俺はフェネルに携えていた短剣を渡す。多少心許ないが、今はこれしかない。

 フェネルは短剣を受け取り、城壁から飛び降りた。


 着地と同時に加速し男たちに迫ると、短剣を横に薙いだ。

 一閃。それは風を巻き起こし、数人の男を一気に切り裂いていた。

 血しぶきが舞う。だが、まだ立っている。


「なんだぁ? このアマァ!」


 男が怒りの形相で叫び、フェネルとリアラに飛びかかる。


 ダアン!


 俺が放った魔導ライフル銃の弾が男の足を射貫いた。


「グアッ。なんだこりゃあ」


 足から血を流し、前のめりに倒れる男。

 フェネルは間髪置かず剣を手にしようとした男共を短剣で切りつけ、次の瞬間、リアラを抱きその場を離れた。


 フェネルの背後で、城壁に残っていた兵士たちが帝国軍兵士たちを取り囲む。


「お前ら、タダじゃすまさんぞ?」


 この国の兵士たちが帝国軍兵士を威圧する。アイツらは、彼らに任せれば良い。


「マスター、戻りました」


 フェネルはリアラを抱えたまま戻って来た。

 あっという間だ。

 リアラは目を丸くして驚いていたものの、瞳から光を失なってはいなかった。

 すぐに俺の元に駆けつけ、彼女は言った。


「ケイさん、フェネルさん遅くなりました。助けて頂いて、ありがとうございます」

「無事で何より。怪我はないか?」


 リアラはこくりと頷く。

 俺はリアラが軽々と剣を抱えているのが気になった。

 この剣は俺でさえ重く感じていたのに。なぜ?


「私は大丈夫です。剣はこちらになります」


 リアラは笑顔と共に、布から剣を取り出す。鞘から引き抜いた新生ヴォーパルウエポンは、仄かに光を放っていた。


「まさか、魔剣になっている? それに軽い」

「はい。鍛冶師が頑張りました」


 胸を張るリアラが眩しい。

 俺はさっそく、魔剣になったヴォーパルウエポンをフェネルに渡す。

 受け取ったフェネルもその軽さに驚いたようだ。


「楽にじじいに勝てる」


 フェネルがニヤリとする。

 俺は市場の方をスコープで覗く。しかし、戦況を見て愕然とした。


「なぜ?」


 見ると、アンベールさんが魔巧人形に対して苦戦している。何度傷付けても、魔巧人形が回復している。

 しかも数が多く、倒し切れていない。


「フェネル、中央市場に向かってくれるか? 礼拝堂の目の前だ。アンベールさんに力を貸してあげて欲しい。フェネルだけなら最速で着くことができるだろう」

「はい!」


 フェネルが笑顔で応えた。今までも別行動になることはあった。不安はない。


「それと、フェネル——」


 俺はフェネルを見つめ、両肩に手を置く。


「危なくなったら、アンベールさんやこの国の兵士に任せて退避して欲しい。自らの身を一番に考えるんだ」


 俺はどういうわけか、そういう言葉を発してしまった。

 今まで、こんなことは無かったのに。今のフェネルに伝えるべきだと、俺はそう感じたのだ。


「はい、マスター! ありがとうございます。必ず!」

「ああ。頼むぞフェネル。俺はここから援護する」


 俺がそう言い終わると駆け始め、城壁から飛び降りるフェネル。輝く魔剣ヴォーパルウエポンを軽々と掲げ、素晴らしい速さで建物の上を伝っていく。


 俺にはその背中に、頼もしさと、決意を感じていた。





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