第12話 逆襲(1)
目をつぶる。
周囲の喧噪が心地よい。それが次第に遠くなっていく——。
「ん?」
目を開けると、フェネルと目が合う。俺はいったいどうしたんだ?
そうだ、魔力を使いすぎて意識を失ったんだ。
「マスター?」
フェネルの顔が近い。心配そうに俺の顔をのぞき込んでいる。その手前には、二つの膨らみがあり、俺の後頭部には柔らかい肌の感触がある。
どうやら膝枕をされているようだ。
「すまない、少し気を失っていたみたいだ」
俺は慌てて起き上がろうとすると、フェネルが制した。
「無理しないでください」
とはいえ、周囲の視線もあるだろうし、こういうのは二人の時だけで——。って、おい。
そうじゃないと自分にツッコミながら、周囲を伺うが人の気配がない。
「他の人たちは?」
「私がこうすると、邪魔しちゃ悪いとか言ってどこかに行きました」
邪魔って。俺たちはいったいどういう関係に見られているのだろう?
「そうか。とりあえず今は、状況が落ち着いているということか?」
「はい。敵に大きな動きはありません」
「わかった。ありがとう」
安心して寝返りをうちたくなった。俺はフェネルの反対側を向こうとする。
すると、なぜかフェネルの手が俺の肩に触れ、彼女の方向に顔を向けられた。結果、俺の視線の先はフェネルのお腹ということになる。
床が石で作られていて固い分、フェネルの柔らかさがより強調される。
「え、ええと、フェネル?」
「寝返りをしたそうだったので」
うん、その通りだけど……まあいいか。
「私の魔力を、マスターにお返ししたいです」
「うーん、それは難しいね」
魔力付与は俺の能力だけど、一方通行だ。戻してもらうことはできない。
幸い、魔力を急激に消耗しただけなので体力には影響がない。活動に必要な最低限の分だけ回復できれば、元気いっぱいに動くことが出来る。
「はい。私は、いつもマスターに与えていただくばかりです。お返しすることができません」
それは違うと思うけどなぁ。
俺は魔力がなければただの人だ。指示をするくらいで、俺だけで強敵と戦うどころか逃げることすらできないだろう。
そんな俺を守ってくれているのはフェネルだ。それに——。
「そんなことない。今だって、フェネルは俺に与えてくれている」
「何をですか?」
「えっと、温もりと柔らかさと癒やし……を」
言ってから顔から火が出そうになる。我ながら恥ずかしいことを言ってしまった。
しかし、これが一番わかりやすい表現だろう。少なくとも俺にはこれしか思いつかない。
それに、フェネルが笑ってくれたり喜んでくれることが俺の力になっている。
といっても、これを口に出して伝えるのは流石に恥ずかしすぎる。
「そうですか? それなら……よかった」
フェネルは嬉しそうに微笑む。
ああ、この笑顔だけで俺は頑張れるんだ。
☆☆☆☆☆☆
俺は立ち上がれるほどに回復していたが、フェネルがダメですというので起き上がれないでいる。
その状態で、誰か来たのでごろんと寝返りをうつ。視界に映ったのはアンベールさんだった。
彼の表情は少し強ばっていたけど、俺たちの姿を見ると口元を緩めた。
「フン、それは貴殿たちの儀式か何かか? ケイ殿はもう立ち上がれそうだが」
「ま、まあ、そんな感じです」
「……じじいじゃま。あっちいって」
フェネルが口を尖らせているのを横目に見ながら、俺は立ち上がった。
「それで、何かありましたか?」
「……そうだな。貴殿にも伝えておこう。城壁内の街の数カ所で、巡回中の兵士が敵の工作部隊を発見し戦闘が起きた。一応撃退はしたのだが、奴らの目的が分からない」
「その工作部隊の服装はどんな感じでしたか?」
「白地に黒の線が複数入っていた。それで何か分かるか?」
「魔導大隊のものですね。ひょっとしたら……そいつらがいた付近を調べて下さい。恐らく魔方陣が描かれている地面があるはずです。見つけ次第、破壊して下さい」
「わ、分かった……急いで処置する」
アンベールさんが兵士に指示を始める。
この場合、魔方陣に用いられるのは、爆発系、召喚系、転移系だろう。
「爆発系であれば恐らく対象は城壁です。念入りに調べて下さい。穴を開けて軍隊を投入されるでしょう」
ただ、この可能性は低い。
そもそも近づけないはずだ。俺たちが放った攻撃を見れば、まともに考えることができる軍隊なら接近するのに躊躇するだろう。
後方はというと、アンベールさんが援軍を呼んでいる。そんなところに待機していたらあっという間に挟まれて終わりだ。
「そうか、分かった」
「召喚系は、何らかの魔物を城壁内に生み出すのですが……制御が効かないのでこの状況で使うかどうか疑問です。街の中に入れないのでは意味が無いし……やはり一番可能性が高いのは——」
「転移系か」
「はい。直接軍を投入できます。ただ、これは時間をかけて巨大な魔方陣を構成する必要があるので、発見は容易いはず。急いで発見、破壊して——」
ゴンゴーン、ゴンゴーン、ゴンゴーン。
俺がそう言ったタイミングで、鐘が鳴り響く。
「どうした!?」
アンベールさんが怒鳴り声を上げる。
「それが……中央広場に敵兵が出現しています」
「何だと!?」
「アンベールさん、落ち着いて下さい。優先すべきは魔方陣の破壊です。恐らく一割ていど魔方陣を消し去れば動作が停止します。その後に、逃げ場を失った敵兵を倒せばいいかと」
「分かった。転移魔方陣か……ケイ殿がいなければ混乱するだけだったかもしれないな。感謝する」
恐らく大事には到らないだろう。しかし、これらの行動が簡単に露呈したことに俺は気付く。
中央広場と言えば目立つはずだ。恐らく人々が避難した後、上級の魔導師が姿を消して手際よく魔方陣を錬成したのだろう。
本来は外部、内部から攻める計画だったのだと思う。
いや、あるいは、戦車隊は陽動か?
あれほど大隊規模の軍隊を陽動で溶かすことなどあるのか?
常軌を逸している気がするけど、考えすぎだろうか。
いや、もしそうだとしたら敵はとんでもない策士だということになる。この広場の魔方陣も陽動だとすると——。
「他にも魔方陣があるかもしれません。広く地面が露出しているところがあれば念のため人を向かわせて下さい。こちらも最優先にした方が良いでしょう」
「わかった」
「優先するのは、あくまで魔方陣の破壊です。お願いします」
もし気付かなければ、手遅れという状況もあり得た。
スコープを使って街を見ると、中央広場に30体程度の魔巧人形の姿が見える。数を増やしているが、あの程度なら問題無く対処できるだろう。
しかし、相変わらず敵兵士、つまり人の姿が見えない。
「ケイ殿、小型の魔導ライフル銃を持ってきた。さきほどのデカい奴だと街を吹き飛ばしてしまいそうだが、これはどうだ? 2丁持って来た」
「ありがとうございます。試してみましょう」
フェネルに渡そうとしたが、これはもしかして俺も扱えるのでは?
構えてみる。全長は俺の身長よりやや短い。長さで言えば先ほどのデカいやつの半分以下だ。
弾を込め、スコープを覗くと、
『認証に成功しました』
と声が聞こえ、スコープに情報が表示される。やはり……いけそうだ!
念のため、街の外に向けて打つ。命中した岩を穿つものの、爆発は起きず、街の中でも使えそうだ。
魔力の消費もほぼない。
「フェネル、今度はこれを使おう。魔力消費も僅かだ。目標は敵魔巧人形、遊軍に損害を与えないよう気をつけて撃破してくれ」
「はい、マスター」
俺たちは、魔導ライフル銃を使い、中央広場にいる敵の撃破を開始する。
「撃破1……撃破2……撃破3……」
続けて、フェネルもスコアを伸ばす。俺より速い。
数を競うわけでもないのだが、まったく無駄な動作を見せず精密な射撃を続けている。
「……撃破10……撃破11……撃破12……」
うーん、速い。速すぎる。このスピードは人間には無理だ。
もうこれ、フェネルだけでいいんじゃないかな?
俺はそう思いながら弾を込め、次の目標に対して引き金を絞る。慣れてしまえば、作業のようだ。
俺の動きも最適化されていく。
俺たちの様子を見た兵士の一人がつぶやくのが聞こえた。
「おい、あの二人ともヤバいぞ……フェネル殿は途轍もなく凄いが……ケイ殿は本当に人間なのか? 掃討戦みたいに一方的な戦いじゃないか——」
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