第11話 反撃(2)

 フェネルは返事をする代わりに引き金を絞った。キュイイイイというかん高い音が響く。

 すぐ弾が発射されるわけではないようだ。


「ぐっ……これは……?」


 俺の魔力が吸われてフラつく。この魔導ライフルは一体何だ?


「マスター?」


 スコープに目を向けたままフェネルの不安げな声が聞こえた。

 すぐにカチッという音と共に、魔力の減少が止まる。そして——


 ドォン!


 大きな音と共に弾が発射された。引き金を絞ってから数秒くらいか?

 もの凄い反動で、銃口が跳ね上がる。しかし、フェネルは難なく受け止めていた。あれは恐らく、人間では無理だ。


 放たれた弾丸は速くて見えず、その代わり衝撃波の軌跡でその弾道を追える。遅れてボン、ボン、と音速を超える音が聞こえた。

 弾は放物線を描きながら飛んでいるようだ。そのまま吸い込まれるように戦車の群れの中心に消えていく。

 着弾したのだろうか? いや、まだ確認はできない。


「ダメか? んっ!?」


 視界の先で灰色の煙が放射状に広がり、やがて煙の中から赤い炎が見え始める。命中だ!

 爆発が起こる。かなり遅れて、


 ドーン……ズズズズズ。


 轟音が響き渡る。相当離れているにもかかわらず、振動を感じる。

 地鳴りはやがて大きな振動となり、城壁全体を揺らした。


 わああああ!!


 大きな地面の揺れに兵士たちが叫び声を上げている。

 俺も立っているのがやっとだ。


 すぐに振動は収まり、俺はスコープで戦果を確認した。

 弾が命中した車輌を中心に、爆煙が広がっている。


 固まっている敵集団の中心の一台、もしくは道連れにもう一輌、誘爆でもう一台破壊できれば上々だと思っていた。


 しかし、これは想像を絶する成果だ。

 撃った砲弾は、目標の手前の戦車をあっさりと貫通し中心部に到達。

 目標とする戦車に命中し大爆発を起こした。

 その場にいた10台前後を跡形もなく消滅し、その周囲にいた数十体以上の魔巧人形も姿が見えない。

 まだ全貌を把握しきれないが、大きなクレーターができているようだ。


 恐ろしい戦果だ。移動している目標に当たるかどうかは未知数だが、この威力なら一発で小さな村落ならほぼ壊滅できるだろう。


「うおおおおおっ! すごいッ!」


 近くにいた兵士が歓声を上げる。そのうち一人は俺たちをスパイだと疑った兵士だ。

 もっとも、責めるつもりはない。俺だって逆の立場ならそうするだろう。


「よかったです。認めてもらえそうですかね?」


 俺が聞くと、


「ああ、もちろんだ。疑って済まなかった。共に戦おう。君たちが敵じゃなくてよかったと心から思う」


 握手を求められたので、俺は快く応じる。


「フェネル、移動する」

「はい、マスター」


 そろそろ敵の反撃が来る。

 これほどの威力を持つ遠隔攻撃可能な存在。強力な脅威は真っ先に潰しに来るだろう。


「アンベールさん、移動して引き続き攻撃を行います」

「わかった。こちらは情報収集に努める。この一撃は敵にとって相当な衝撃だろう。決して無理をするな、ケイ殿に小娘……いや、殿

「はい!」

「……じじい、わかった」


 俺たちは今、城壁の西端にいる。次に向かうのは東側だ。

 フェネルが魔巧兵器を持ち上げると伸びていた銃身が縮み、コンパクトに格納される。

 変形の仕方はまるで魔巧人形のようなカラクリを連想させる。


 ヒューーーー。


 風切り音だ。敵の反撃が始まった。

 当然だ。戦局を左右するほどの損害を与えたのだ。砲弾の射出によって俺たちの位置が露呈。敵が狙わないはずがない。


「急ぐぞ、フェネル」

「はい、マスター」


 若干フラつくが、まだ魔力に余裕がある。

 あと2発もあれば敵をほぼ壊滅できるだろう。

 俺たちは城壁の上を駆け出した。


 ☆☆☆☆☆☆


 俺たちは城壁の東側に来た。さっきまでいた西端の城壁に敵からの反撃があり、かなりの砲弾が撃ち込まれている。

 そのほとんどは大した損害を城壁に与えていない。でも、まぐれ当たりで怪我したり命を落とすワケにはいかない。


 2回目となると、何もかもスムーズだ。

 俺も魔力を吸われることに驚くこともない。今度の目標は移動をしている。


「目標、敵右翼突出部戦車。方向と距離を指示、次弾の装填完了。今回の目標は移動しているが、いけそうか?」


 そう聞きつつも、あれだけの威力だ。多少外しても問題無いような気もする。


「了解……誤差修正、準備完了。はい、移動中の目標に対して偏差射撃を行います」

「すごいな。それは魔導ライフル銃の機能か?」

「いいえ。計算は射手である私が行わなければなりません。でも、いけそうです、マスター」


 自身がありげな声でフェネルが答えた。

 頼もしい。弾の予備もあるし、やってみる価値はあるだろう。


「撃て」


 フェネルが引き金を絞ると同時に魔力が吸われ、そして数秒後に砲弾が発射される。

 火薬式と違い、薬莢が排出されない理由が分かった。そもそも砲弾に薬莢の役目をする部位が無いのだ。

 砲弾装填時に一瞬だけ内部が見える。二つのレールがあり、恐らくそれに沿って砲弾が加速、射出される。

 発射までにタイムラグがあるのは砲弾を加速させるための魔力を溜める必要があるからだろう。溜まりきったところで一気にエネルギーに変え放出するのだ。

 まあ、これはあくまで俺の想像だけど。


「フェネル、移動するぞ」

「はい、マスター!」


 フェネルの放った砲弾は吸い寄せられるように狙った目標に命中。

 二つ目の大爆発が起きた。


 城壁の下部から歓声が聞こえる。

 敵が展開する右翼側、左翼側どちらも消滅した。中央部分の本隊が進行速度を緩めている。

 叩くなら今だが、反撃があるかもしれない。

 念のために移動する。



 そして、今度は城壁の中央部、大きな門の上まで来た。

 この門を昨日、俺たちは通過したばかりだ。


 振り返ると、街並みが広がっていてまっすぐ先にロゼッタがいる避難場所が見えた。

 古ぼけた建物だと思ったけど、今見るとその四角く無骨な姿は頼もしく見えた。


「ロゼッタを危ない目に遭わせた敵を粉砕します」

「ああ、その通りだ。フェネル」


 俺が大まかな目標、方向と距離を伝え、あとはフェネルが細かい調整をする。

 最初からやってきたこのやり方は、3回目の射撃を迎えた今、ほぼ完成したと言って良いだろう。


「撃て」


 砲弾は真っ直ぐ飛んでいき、中央部付近で炸裂。

 今までで一番大きな爆発を起こした。


 遅れてドォーンズズズズズという爆発音と振動が伝わる。


 俺の魔力とたった3発の砲弾、そしてフェネルの射撃により、戦車40台以上、そして恐らく数百の魔巧人形を葬った。

 荒れ地に3つの大きなクレーターを残して。


「ふう」


 俺は大きく息を吐いた。敵はもう壊滅した。

 残された僅かな魔巧人形たちは、退却などの命令が行われていないのか律儀にこっちに向かって突撃してくる。あれくらいならアンベールさんすら出る必要が無いだろう。


「あれ?」


 俺は世界が斜めに傾いたような感覚を受ける。


「マスター?」


 魔導ライフルを置いたフェネルが俺の異変に気付き駆け寄ってくる。


「顔色が悪いです」

「いや、大丈夫だ。ちょっと疲れただけだ……よ」


 魔力切れじゃないはずだけど、かなり疲労感が強い。

 想像した以上の魔力をあの三回の射撃に消費していたようだ。


 俺は座り込み、城壁の壁に寄りかかる。


「すみません、マスター。私がもっとうまくやれたなら……」


 急にフェネルが謝ってきた。


「いや、これは俺の問題だ。フェネルは完璧だった」

「マスター……」


 どうにも納得しない様子のフェネル。

 すると、どたどたと足音が近づいてくる。退避していた兵士たちだ。


「これは……」


 彼らはこの屋上から戦課を確認する。ある意味、恐ろしい光景だ。

 三つの爆心地から未だにもうもうと煙が立ちこめている。


「あの小柄な子が……これを……成し遂げたのか?」

「俺たちは助かったのだ……この子のおかげで」

「敵軍は文字通り全滅じゃないか」


 フェネルを兵士たちが取り囲み、喝采を上げ始めた。

 彼女を、戦いの女神とかなんとか持て囃している。

 湧き上がる彼らとそれに戸惑うフェネルを見ていると、自然に口元が緩むのを感じた。


「よくやった、フェネル」


 勝った。

 俺とフェネル、二人で成し得た勝利を噛みしめる。


 たぶん、これで終わらない。俺の勘がそう告げているが、これくらい喜んでも罰は当たらないだろう。


 しかし、次の戦いは、恐らく目の前まで来ている。

 それでも、なんとかなる。何も心配いらない。俺のそんな予想が正しいことは、ついさっきフェネルによって証明されたのだ。

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