第10話 反撃(1)

「フェネルちゃん! どこに行くの?」


 俺たちの背中に、ロゼッタが問いかけた。


「敵を倒しに行く」

「やだ! そう言ってもう戻ってこないんでしょう? やだ!」


 俺はロゼッタの発した言葉に驚く。

 ああ、ロゼッタはもしかして……。

 駆け寄ってきたロゼッタに、フェネルは髪に挿していた花を渡す。


「これは……」

「この花が萎れる前に戻ってくるから、待ってて」


 フェネルは、俺がよくするようにフェネルの頭を撫でた。

 ムキになっていたロゼッタが落ち着き始める。


「すぐだよね? すぐなら待っててあげる。戻ってくるまでお祈りする」

「そう」


 俺たちは騎士たちと馬車に乗り込む。

 早く戻ってきてねというロゼッタの声が、俺たちに向けられていた。


 ☆☆☆☆☆☆


「フン、来てくれたか」


 アンベールさんが俺たちの姿を見て、口元を緩めてくれた。

 俺たちは城壁の下まで移動した。今は砲撃も止まっているようで、振動などは起きていない。


「隊長、いくらなんでも元とはいえ帝国の軍人を使うなどというのは……」


 アンベールさんの近くにいる兵士が漏らす。


「ハッ。こやつらがスパイとでも言うのか?」

「そうとはいいませんが、疑ってかかってもよいかと」

「もっともな意見だ。だが……こいつらはスパイにしてはバカだ」


 むっ。流石に今のはイラっとする。っておい、フェネル?


「マスターを侮辱してただでは……あっ」


 そうなのだ。抜こうとした剣がない。まだ整備中だ。


「ハハッ。どうした? 小娘よ。あのごつい剣は?」

「整備中なんです。この前のリアラって女性のお店に預けているんです」

「そうか。あれほどの巨大な剣は無いが、予備ならいくつかあるぞ」

「むー」


 さすがに丸腰では迂闊に襲いかかれない。かといって格闘でもこの体格差では無闇に飛び込めない。

 フェネルは隙を窺っている。


「フム、あの時の小娘で間違い無いようだな。まあこういう惚けた行動まで演技だとは思いたくないし、あの戦闘力は真似できない。反対する奴は、この小娘以上の戦闘力を持つ戦力を連れてこい。なお、儂は一度負けている」


 その言葉に、先ほど反対した兵士は押し黙った。

 アンベールさんが負けた? その言葉の重さに冷や汗をかいている。


 それにしても。バカ、というのはわざと言ったのか?

 いまいち理屈がよくわからない。まあ、アンベールさんは俺たちを認めてくれてるようだ。

 なんとかフェネルを宥め、状況を聞く。


「フン、ついてこい」


 俺たちはアンベールさんの後を着いていく。すると城壁の最上階に着いた。

 頭上には青空が広がり、後ろには街並みが、前には荒れ地とその先に蠢くものが見える。


「これを使え」


 渡されたのは、スコープと呼ばれる道具だ。これは丸い筒の先にレンズと呼ばれる光を収束させる装置が付いていて、遠くのものを大きく拡大して見る事ができる。

 帝国軍でも使ったことがあるので使い方は分かる。俺はそれを覗いた。


「これは……」

「いいものだろう?」

「はい。凄いです」


 アンベールさんが得意げに言う。

 これはただのスコープではない。魔導スコープだ。帝国軍で使っていたものより遙かに遠くを見通せるうえに、自動的にピントを合わせてくれる優れものだ。

 さらに、倍率の調整も可能だ。おそらくこれも古代の技術で作られたものに違いない。


 早速スコープを覗き、敵を探す。


 城壁を越え荒れ地の向こうには——大量の魔巧兵器が見えた。ざっと数えても三十以上の砲塔付きの機械が鎮座している。

 いわゆる戦車と呼ばれるものだ。十年前には存在していたが最近になってもあまりよい働きができず、実験的なものに留まっていたはず。

 だから数は増えていないはずだったが……どうしてこんなに?


「フン、十年前は三台程度だった。しかし、我々が建造した城壁を破壊するためにあの数を準備したものだろう。さすがに多すぎて儂でも骨が折れる。しかも、一般兵士だと接近する前にやられるだろう。そこで、小娘と儂で特攻しようと思ったのだが——」

「それはさすがに無茶では? あの数ではさすがに無事では済まないでしょう」

「そうか? でもまあ、普段使いの剣が無いのでは厳しいだろう。応戦したいが、我が国の戦車はまだ実用化はされていないしな」

「といいますか、そもそも帝国軍がどうして?」

「フン、こんなことは珍しいことではない。宣戦布告もなくいつの間にか土地を占領し、抗議しても退かない」


 そんな……。俺は黙るしかなかった。

 巨大な軍事力を元に、やりたい放題じゃないか。


 幸い先ほどの砲撃のあと、進軍は止まっているようだ。恐らく補給を行っていて、次は城壁近くまでやって来るだろう。

 そうなれば、最悪、アンベールさんやフェネル、その護衛で俺や兵士たちが特攻しなければならない。


 近づくまでに相当の損害が出る。

 城壁内に閉じこもっても、あの数でゴリ押しして接近され、城壁を破壊されれば終わりだ。

 一度穴が開けば、そこから大量の魔巧人形が侵入し破壊活動を行うだろう。


「ん?」


 床に並べられている銃がある。大きさの異なる数丁の銃。

 帝国軍にも銃はあった。だが、火薬を使うそれは天候に左右され、いつでも使えるものじゃないし、出力も不安定だ。実戦ではほとんど使われない。

 しかし、ここにあるものは帝国軍で見たものと形状が違う上に、人の背丈以上のやけに大いものがある。


「アンベールさん、これは?」

「魔導ライフル銃だ。数ヶ月前に古代遺跡から発掘されたが、まだ研究中で不安定だ。もし使えれば戦況をひっくり返せると考え撃てる可能性に賭けて持って来た。だが、動作しない。無駄だった」


 この手の謎の魔道具は好きだ。俺は比較的小さいものを手に取る。どれも、魔方陣がライフル銃の銃身に描かれている。


 大きさは俺の身長と同じくらいの長さのものから、もっと大きなものがある。

 弾も発掘されていたようで、何種類か置いてある。


 そこに描かれている文字に俺は目を見張った。

 古代魔導文字。以前見たフェネルの内側にも同じような形の文字が刻まれていたのを思い出す。


「フェネル」


 俺は小柄なフェネルがこのゴツい銃を構えているところを見たくて声をかけた。それに……もしかして……。


「はい、マスター?」

「ちょっとこの大きな銃を構えてみてくれないか?」


 こくりと頷き、素直に銃を触るフェネル。俺の身長の二倍はありそうな魔導ライフル銃を軽々と持ち上げ、構える。

 その姿は、まるで以前構えたことがあるように様になっている。


 ん? 俺の魔力が吸われている。

 魔巧人形にしか使えない俺の魔力だ。なぜ魔導ライフル銃に……?


『認証に成功しました』


 機械的な声が頭の中に響く。以前、フェネルと頭の中で会話したときと似ている。

 なにこれ?


 同時に、ウイーンという聞き慣れない音と共に勝手に魔導ライフルの銃身が持ち上がる。まるで生きているかのように砲身が伸びた。

 次にフェネルの目前に銃に装備されていたスコープが移動する。引き金部分も小柄なフェネルに合わせるように変形し、ちょうど指の位置にセットされる。

 

 まるでフェネル専用にあつらえたようにぴったりな形に変形する魔導ライフル。

 どうなってんだ?


「すごいな……」

「はい!」


 思わず声が出る。俺の反応を見て得意げなフェネル。


「オオ、どうなっている? 動いただと? まさか……? 試しにこれを装填してみてくれ」


 アンベールさんから筒状の弾を渡された。それには白地に黒い文字で魔方陣が描かれている。

 俺はフェネルが構えるライフルに弾を装填する。


 ガシャ。ウイーン、ガシャ。

 勝手に蓋が閉まり、弾が奥に引き込まれていく。


「マスター、目標を設定するようです。設定します」


 フェネルは急に横を向き、近くにいるアンベールさんに銃口を向けた。

 なるほど、攻撃目標はアンベールさんか。


「じじいに勝つ」


 いや、勝つどころか粉々にしてしまうぞ。案外根に持つんだなフェネル……。

 アンベールさんは銃口を向けられ顔を引きつらせる。 


「オイ、待て待て待て! こんな至近距離で撃つな! じゃなくて儂に向けるな!」


 慌ててアンベールさんが後退する。

 俺はマジで撃ちそうなフェネルを止め、魔導銃の取っ手を掴み、戦車の方向に向けた。


「フェネル、戦車群が見えるか?」

「はい、マスター」

「撃てそうか?」

「はい。準備完了とあります」


 俺は手元の魔導スコープを覗く。なんと勝手に魔導スコープのレンズ部分がズームされる。

 恐らく魔導ライフルが俺の魔導スコープの制御を奪っている。きっとフェネルと同じものを見ているのだろう。


 視線の先には戦車が数台密集していて、魔巧人形が周囲を防衛している。一部魔導人形の工兵部隊が、戦車に何かを注入していた。さっき飛んできた砲弾か?

 人間は見当たらない。敵前の、見える位置で補給など油断しているように見えるけど、恐らく事前に斥候を送り込み、こちらに反撃の手が無いことを知っているのだ。


 しかし、フェネルのおかげで大きな魔導ライフルが動作し、戦況が変わる。


「アンベールさん、撃ちますか?」

「ああ。任意のタイミングで撃て。その後は分かるな? 全員退避準備!」


 アンベールさん率いる兵士たちが一斉に行動を始めた。

 彼らを尻目に、俺は手の拳より大きい砲弾を5つ背中の鞄に押し込んだ。それなりの重さだ。

 そして、フェネルに告げる。


「突出した敵左翼の中心にいる戦車を狙え」

「はい、マスター」


 スコープを覗き、狙いが定まったのを感じた俺はたった一言、フェネルに告げた。


「撃て」

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