第9話 結婚式(3)

 俺たちに人々が歓声とともに近づいてきた。

 ありがとうありがとうとお礼を言われる。恐らくロゼッタと関係ない人たちだろうに、皆が喜んでいた。

 しかし、まだ気が抜けない状態だ。


「まだ鐘が鳴り響いています。避難先はありますか?」

「ああ。こういうときのために陛下が主導して作ってくださった」

「じゃあ、皆さん急いでそちらに。今は落ち着いているようですが、再び攻撃があるかもしれません」

「ああ、分かった。さあ、みんな、この方の言う通り避難しよう!」


 よかった。皆パニックにならず、しかも前向きな気持ちで移動を始めてくれた。

 城壁を越えたのはさっきの一発だけで、それ以外は城壁に阻まれているようだ。

 実際、弾道学というものが研究されているものの、まだ実用にはほど遠い状況だったはずだ。さっきのはマグレだったのかもしれない。

 しかし、それでも攻めてきているのは間違い無く、それは恐らく帝国軍だろう。


「着いていくぞ、フェネル、ロゼッタ」


 俺たちは人の流れに沿って歩き出す。

 ロゼッタは、フェネルにしがみついて泣いていた。それでも、フェネルは嫌な顔せず、両手で抱えている。


「ここが避難場所です」


 俺たちは程なくして避難場所——市場中央にあった礼拝堂に着いた。

 四角い箱のような外観。窓もなく非常にシンプルなものだ。

 帝国の建物に比べ、随分古く見える。しかしやたら頑丈そうだ。ただ、それほど広くないように見える。

 俺の感じたことを察してか、近くの人が教えてくれた。


「実は、地下二層にわたって広い避難場所が建設されています。元々、古代に建設されたものを改築しているのです」


 俺たちは中に足を踏み入れる。

 ほとんどの人は避難した後のようで、俺たちが最後尾のようだった。

 中央の祭壇の手前に、地下に降りる階段が見える。


 砲撃の続きは来ないし、この頑丈そうな所に入ってしまえば、もう安心だろう。


 その時、


「身体が動かなくなりました」


 俺の身体に寄り添っていたフェネルが漏らし、ロゼッタを下ろした。

 前と同じだ。

 爆発的な力と引き換えに……あのスキル【嫉妬の炎バーニングハート】はよく考えて使わないとダメだな。


 俺は崩れ落ちかけたフェネルの背中に手を回し、両腕で抱え持ち上げた。


「ま、マスター?」


 フェネルが頬を染める。

 おんぶしたときは見えなかったが、前に抱えるとフェネルの顔が見えて良いな。とりあえず、つらくは無さそうだ。


「動けそうになったら言ってくれ」

「は、はい」


 俺たちの様子を見て、涙が止まらないロゼッタ。彼女は、フェネルの力の入っていない指を握る。


「ひっくっ……フェネルちゃん、具合悪いの? 私のせい?」


 ロゼッタはまだ涙が引いてない。


「力を使うと、こうなる」

「やっぱり……」


 泣き始めそうなロゼッタに声をかけようとしたが、フェネルが先に口を開く。


「気にしないで。マスターに抱えて貰えた。なので、よい」


 フェネルは——口角を上げて——ロゼッタに微笑む。

 すると、フェネルと俺を見上げるロゼッタ。


「あっ……!」


 ロゼッタの瞳が煌めき、涙に濡れながらも笑顔が戻った。


「すてき。お姫様抱っこって言うんでしょう? ケッコン式で見たことある! ここみたいなところで! それでね、鐘も鳴ってたの!」


 確かに、ゴンゴーン、ゴンゴーンとおどろおどろしく鐘が鳴っている。

 俺は思わず苦笑した。ロゼッタの言う鐘の音は、もっと晴れやかなものだろう。

 フェネルの前髪にある花にそっと触れるロゼッタ。


「フェネルちゃん、今日もつけててくれたんだ。ああ、花の冠があればいいのに。でも、フェネルちゃんもケイさんも笑っているし——」


 そう言うと、ロゼッタは自分の涙を拭い目をつぶる。

 そして、何か芝居がかった口調で言った。


「ケイさん。あなたはロゼッタちゃんを妻とし、精霊神の導きによって夫婦になろうとしています」


 ん? どうした急に?

 ロゼッタが語り始め、何かの儀式が始まった。いや、これはよく結婚式で神官が告げるやつか。

 最後尾で始まった儀式に、数人が振り返った。


「なんじ、健やかなるときも、病めるときも……えーっと……これを愛し……んー……その命ある限り、尽くすことを……ちかいますか?」


 えっ? 俺?

 戸惑っていると、ロゼッタが片目を開けて、なんか言えと圧をかけてきた。


「はい」


 言うと、ロゼッタは満足した様子で同じようにフェネルに問いかける。


「なんじ……誓いますか?」


 きょとんとしているフェネルだが、同じようにロゼッタに促される。


「はい」


 満足そうにうなずくロゼッタ。

 お、終わった……のか?


「では、ちかいのキスを」

「えっ?」


 俺はフェネルに耳打ちする。


「どうしよう? 俺よりもフェネルの方が言うことを聞きそうだから、ロゼッタを説得してくれないかな?」

「マスター、私は平気です」


 何が!?

 といっても、俺自身もさほど抵抗はない。国によっては挨拶みたいなものだし。

 念のためフェネルに突っ込んで聞いてみよう。


「キスって、アレだぞ、夢の中でしたようなことだけど」

「思いだしてみます。確か、あの日は…………!」


 急にフェネルの頬が、顔が、身体全体が赤くなってく。

 もしかして、全ての記憶を克明に思い出しているのか? 俺はまだはっきり覚えているものの、現実に起きていることよりは夢の記憶は薄くなっている。


「え、えと……マスター、本当にするのですか?」


 何を!?

 フェネルがわざわざ聞いてくるって。いったい、どんなキスを想像しているんだ?

 

 見ると、ロゼッタが俺とフェネルに視線を向け「はよやれ」と圧をかけてきていた。ロゼッタは完全回復したな。


 仕方ない。フェネルもこんな様子だし、覚悟を決めるか。


 俺は、腕に抱いたフェネルを持ち上げ、抱きよせる。

 よく考えたら、フェネル身体に力が入らなくて、完全に無抵抗じゃないか。

 すごく悪いことをしているような。


 見ると、不安げに切なげに俺を見つめるフェネル。


「イヤなら、やめるよ、フェネル」


 そんな、な質問をしてしまう。


「いいえ、マスター」


 俺はフェネルの顔に唇を寄せ、頬に軽く触れた。


「んっ……ま、マスター」

 

 甘い声を放つフェネル。ピクッとその手足が震えたような気がする。動けないはずだから反射的なものなのだろう。


「わああぁ」

「素敵……」


 ロゼッタの後ろにいた街の人々から歓声が上がる。

 俺も猛烈に恥ずかしくなり、顔が赤らんでいくように感じた。


「フェネルちゃん、幸せそう!」


 一番喜んでいるのはロゼッタだ。

 いつのまにか涙も止まり、満面の笑顔を見せる。

 砲撃に怖がり、さっきまで涙を流していたロゼッタが元気になったのでヨシとするか。

 

 俺の胸元に手が添えられた。フェネルだ。


「少し動けるようになったか?」

「はい。でも、もう少しこのままでいたいです」

「ああ、構わない」


 珍しいフェネルからの要求に俺は頷いた。

 そこに、一人の騎士が入ってくる


「ああ、こちらにいらっしゃったのですね。ケイ様、フェネル様。力をお貸し頂けないでしょうか? アンヴェール隊長がお呼びです」


 騎士は俺を真っ直ぐに見つめて言った。

 つまり、恐らくこれから、戦闘があるということだ。


「フェネル、どうしたい? 俺は行こうと思うが」

「はい、ロゼッタを危ない目に遭わせたやつは私の敵です」


 フェネルの瞳に熱が籠もっている。


「分かった。俺も同じ気持ちだよ、フェネル」

「はい、マスター」


 フェネルの俺の胸に当てている手に力が入った。徐々に調子が戻っている。

 俺は騎士に向かって告げる。


「協力します。案内して下さい」

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