第8話 結婚式(2)
「私とマスターが結婚?」
目を瞑り、一瞬考えるフェネル。
そして、導き出した答えは——。俺もフェネルが放つ言葉に注目する。
「私はマスターと結婚できない」
「がーん!」
あれっ? 今なんかフェネルに振られたような気分になったぞ? おかしいな。
とはいえ、フェネルの言っているのは感情の話ではないのだろう。
人と魔巧人形の結婚を認めている国はない。排斥しようとする国もあるくらいだ。
「ええ〜!」
期待する答えが貰えなかったからか、露骨にがっかりするロゼッタ。
肩を落としたロゼッタは俺の顔を見ると、ちょいちょいと「しゃがんで」と指示をした。
俺は素直にしゃがむと、頭を撫でられる。
「ケイさん……振られたんだね……よしよし……ロゼッタが慰めてあげる」
「お、おう。ありがとう」
「でもね、何度も告白したらフェネルちゃんが、しょうがないって言ってケッコンしてくれるかもしれないよ? だから諦めないでね。でもどうしてもダメだったら、私がケッコンしてあげる!」
酷いことを言われているのか、慰めてくれているのかよくわからんな。
一方のフェネルは……。
「むうー。ロゼッタはマスターと結婚できる。私はできない。納得いかない」
俺と結婚できないと言ったのはフェネルだろう? そう、これが矛盾というものだ。
今日は学びが多いな。
「結婚出来ないと決まったわけじゃないぞ。二人の気持ちがあれば、式を挙げて問題無いって言う人もいるし、制度が変わるかもしれない。変えていくこともできるだろう」
「マスター……確かに私もそう思う」
「フェネルちゃんとケイさん、やっぱり仲良し! じゃあ、私は帰るね。またね」
そう言って、手を振ってロゼッタは走って行く。
小さな背中を見送り、さて俺たちも次の買いものを……そう思ったとき、
ゴンゴーン、ゴンゴーン。
不規則な鐘の音が響き、街中に響き渡る。
市場の人たちもざわつき始める。漏れ聞こえる声をまとめると、どうやらこれは敵襲を知らせるものらしい。
俺も警戒レベルを上げつつ、周囲の気配を探る。
ドドドド……ズズズズ……。
音が聞こえる方向に視線をやると、街を取り囲む城壁の上方にもうもうと砂埃が上がっていた。
耳を澄ますと、悲鳴や怒号のようなものが聞こえてくる。それに混じり、ゴォォォォという、何か固いものが城壁にぶつかるような音がする。
この音は聞き覚えがある。
大きな岩石や砲弾がぶつかる音だ。もっとも、岩石を投げてくるのは魔物だけ。
砲撃か? ただ、帝国軍でさえ砲弾を発射する兵器はまだ少ない上に、取り扱いが難しく軍では一部実験的に使うのみだったはずだ。
それを使っている?
ゴオオオオ。
またぶつかる音がする。幸い、城壁が防いでくれているが、あれが街の中に打ち込まれたら?
それに、発射場所が近づいてきているように思う。砲台が移動しているのか?
ヒューーーーー。
何かが風を切る音が響く。ついに砲弾が城壁を越えたようだ。
「マスター、ロゼッタを助けに行きます」
そう言って、フェネルが駆け始めた。
見ると、さっき見送ったロゼッタが少し離れたところでしゃがみ、動けなくなっている。転んで怪我でもしたか?
指示をする前に動き始めるフェネルに少し驚く。もしかして弾道を計算したのか? まさかね……。
ガッシャアア!
崩れるような音がしてズン、と大地が揺らぐ。砲弾が建物に命中したのだ。
見ると、ひときわ高い見張り台に着弾したようで、上部が崩れ始めた。
しかし幸いにも、その付近にいた人々は逃げ始め、距離を取っていた。
——たった一人を除いて。
「ロゼッタ!」
ロゼッタは依然動けない。その上に、崩れ始めた見張り台が落下していく。
このままでは、落下してくる瓦礫にロゼッタが巻き込まれてしまう。
「もうあの子は……ダメだ」
「ああ、あんな小さい子が命を落とすのか……」
「ああ……精霊神よ……あの子の魂をお救い下さい」
周囲から、ロゼッタの生存に絶望する声が漏れた。
思わず祈る人もいる。皆誰もがロゼッタが命を落とすと思い込んでいる。
それほど絶望的な景色だった。ロゼッタを見つめる人々を、諦めの黒い色が覆った。
しかし、フェネルが動いたことで状況が変わる。降り注ぐ瓦礫を避け、最短距離を駆け抜けるフェネル。
でも、それでもあと一歩間に合わない。俺の脳裏に瓦礫に押しつぶされるロゼッタの映像が浮かぶ。
俺は【魔力注入】を起動した。
フェネルの瞳が煌めき俺の頭にフェネルの声が響く。
『スキル【
選択できるのか?
どうする? この状況でフェネルが動けなくなるリスクを取るか? それとも温存?
いや、人の命を失えばもう戻らない。ロゼッタの頭上に瓦礫が迫っている!
「【
フェネルの身体が煌めいた。さらに加速し凄まじい速度に達する。
「ロゼッタ!」
フェネルが吠えた。その声にロゼッタが反応する。
ロゼッタは怯えていたようだが、フェネルを見て笑顔を見せた。
「ああ……フェネルちゃん……」
次の瞬間、立ち上がったロゼッタを抱え、瓦礫の下を走り抜けるフェネルの姿があった。
ロゼッタがいたところに瓦礫が降り注ぐ。
あの瓦礫がロゼッタに押しつぶしていたら……そう思うとゾッとする。
フェネルはすぐ反転し、ロゼッタを抱えたまま瓦礫を避けて戻ってくる。
よし、ロゼッタの救出に成功した!
「マスター、ロゼッタを連れてきました」
「最高だフェネル。よくやった」
「いいえ。マスターが力を貸してくれたから私は力を出せたのです」
俺は返事をする代わりに、フェネルの頭を撫でた。
すると、フェネルが俺に寄り添ってくる。
「わああああああ!!!!!」
「まさか助けてしまうとは……! 凄い!」
ロゼッタの泣き声と共に、周囲に歓声が沸き上がった。
フェネルの活躍。それが絶望に黒く染まる人々の心を、太陽のように明るく塗り替えたのだ。
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