第7話 結婚式(1)

 俺たちは宿屋をとりのんびりする。

 風呂は2回目だと一緒に入る意味はあまりない。でも、フェネルが楽しそうなので、また一緒に入ることにした。

 もっとも、相変わらず俺は目のやりどころに困ったけど。


 そして就寝して……次の日。

 俺たちは市場に出かける。フェネルの服、普段着とか寝るときのパジャマとか揃えたい。


「……ん」


 フェネルが鏡を見ながら、ロゼッタからもらった一輪の花を前髪の横につけようとしていた。

 しかし昨日と比べて少ししなっとなっていたので、やりづらいようだ。俺はその花を受け取り前髪に飾ってやる。


「マスター、この花、昨日と違います」

「そうだな。もって今日いっぱいかなあ? 明日には萎れてしまいそう」

「命——マスターも、そうなるのですか?」


 俺が萎れるのはまだ先だと思うけど。

 命と口にしたフェネルの瞳が揺れているように見える。

 戦場で人の死に接することは珍しいことではなかった。そのことを思い出しているのだろうか?


「ははは、フェネル、花の命は短いかもしれないけど、俺は当分死ぬつもりはないぞ。フェネルと一緒だ」

「そうですよね、はい、マスター」


 フェネルの表情が少し緩んだように見えた。


「ところで、フェネルはこの花をくれたロゼッタのことは結構気に入っているのか?」

「あの人間は、小さいので私と同じです」


 そうはいっても、フェネルの身長はロゼッタよりかなり大きいのだけど。

 親近感ってやつ?


「時々遊ぶのもいいのかもな。とはいえ、剣の整備が終わればこの街を出ようと思っている」

「もう会えない?」

「いや、同じ国内にいるんだ。いつでも会えるさ」


 ★★★★★


 俺たちは他愛もない会話をしながら街に出た。

 目的地は服の仕立て屋だ。ただ、俺はそれほど期待していなかったのだが……。


「おおおおおお。魔巧人形の服飾専門店があるのかっ!」

「マスター、興奮しているのですか?」


 たしかにこの街の市場は人も多かったけど、魔巧人形の数も多かった。

 どの魔巧人形も、綺麗な服を纏っていて可愛らしかった。ビシッとスーツを着こなして格好いい者もいた。

 帝国とは大違いだ。


「いらっしゃいませ。きょうは おにくが やすいですよー」

「きょうは どのようなものを おさがしですか?」


 話し方も帝国の魔巧人形たちと比べても流暢だ。

 それになにより魔巧人形の洋服の専門店があるとは——俺は興奮を抑えられない。


「フェネル、入るぞ!」

「は、はい……? マスター」


 若干、俺の顔を見てフェネルが引いているような気がしたけど、気のせいだろう。


 ★★★★★


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれた魔巧人形も、綺麗で上等な布を用いた洋服を着ている。

 店内は、たくさんの洋服が所狭しと並んでいた。

 人間と違い、魔巧人形には規格があり体型の組み合わせは限られているので、既製品を用意できる。


「こんにちは。この子に合う服を見たいのだけどいいかな?」


 俺がそう言うと、店の主人らしき人がぱたぱたとやってきた。

 歳は俺より少し歳上という感じだろうか。メガネをかけた女性だ。


「あっ、申し訳ありませんお客様。弊社は魔巧人形の洋服専門店で、人の洋服は取り扱っておりま……」


 そこで、言葉が詰まる店主さん。

 メガネの縁が一瞬キラッと光ったように見えた。


「お客様、もしかしてこちらは……信じられません……魔巧人形なのでしょうか?」


 最近、俺はフェネルを魔巧人形だとひとくくりにするのに少し抵抗を感じている。とはいえ、そう言った方が話が早いのが確かだ。


「ああ。人ではない。だけど、魔巧人形ともちょっと違う」

「私はフェネル。偉大なるマスターによって生み出された。一番の魂を持つ魔巧人形」

「…………フェネルさま……ですか……これは……ヤバいやつだ……こんなお客さまをお迎えできるとはっ」


 なんだかブツブツ言い始めたぞこの人。

 店の選択を間違ったか?


「おっ、お客様ァ!! 私の名前はミリーと申します! どうかお見知り置きを! お洋服をお求めでしたらっ! 私どもにお任せ下さい!」


 俺も大概だとは思うし、カレンもなかなかだった。それでもこのミリーという女の子は魔巧人形に対する情熱が振り切れている。


 この店は当たりかもしれない。変な趣味に走っていなければ。


 ☆☆☆☆☆☆


「マスター、これ可愛い?」


 試着室のカーテンが開き、両手を身体の前で重ねて祈るようなポーズをとったフェネルが俺に尋ねてくる。

 

「ふむ。ドレスというよりは気軽に着られるシンプルなワンピースだな。涼しげで可愛い」

「おおー。よい」

「さすがです。ケイ様は分かっていらっしゃる。さすが、フェネルさまの管理者……いえ、マスターですね」

「そう。マスターはすごいのです」

「うう……なんという尊いご関係……」


 大げさに涙を拭うような仕草をするミリー。どこまでが本気で、どこまでが営業トークなのか分からないな。

 かと思えば、サッと笑顔になりフェネルを見る。


「じゃあ、次はこちらにしましょーねー」


 ミリーがフェネルに色んな洋服を着せている。その上で、服に合わせたポーズを指示しているようだ。

 着替えているとき、何か会話をしているのが聞こえる。詳しい内容までは聞き取れないけど、フェネルは熱心に聞いているのだと思う。


 すぐにフェネルは嫌がると思ったのだけど、意外とノリノリで俺に聞いてくる。

 俺はどれを見ても似合っていると思うので、参考になっているのだろうか……?

 まあ、フェネルも心なしか楽しそうだしいいけど。


 結局、数着の洋服を買うことになった。

オシャレにはお金かかるよね。そうだよね。

 どれもサイズが少し異なるようで、直して貰うことになった。今日の夜にはできるみたいだ。


「じゃあ、ミリーさんありがとう、また後で」

「はい、その、お手数をおかけします! また明日の朝、お待ちしております!!」


 その後も、市場で食材を買い足したり、日用品を買ったりした。その途中でロゼッタに出会う。


「ロゼッタ、どうしたんだ?」

「あっ、フェネルちゃんにケイさんだ!」


 パタパタと駆け寄ってくるロゼッタ。


「今日はね、お使いなの。その帰りなの」


 もう働いているんだな。偉いな。俺は思わず感心し、頭撫でてあげる。

 すると俺たちの様子を見て、ロゼッタは「あーっ!」と声を上げる。


「フェネルちゃんとケイさん仲良し!」


 そうなのだ。フェネルは今、俺と腕を組んでいる。

 あのミリーという店員がフェネルに入れ知恵したらしい。


「こうすると、マスターが喜ぶと言ってました」


 うん、多分それは黙っておくべきだろうけど。だいたい察しは付いてた。


 少し歩けば満足するだろうと思ったのだが、フェネルが離してくれない。

 帝国だとバカにされただろう。でもこの国の人々は違っていた。


 歩いていると、恐らくフェネルが魔巧人形だと気付いた人から温かい視線を感じた。

 嫌なことを言うやつは一人もいなかった。腕を組んで歩くのは照れるけど、でもこの国に来て良かったと思う。

 フェネルが幸せになれる、そう感じたから。


「そう、マスターと私は仲良し」


 フェネルは得意げに言った。相当腕を組むのがお気に入りのようだ。その顔を見て、ロゼッタが聞く。


「じゃあ、フェネルちゃんはケイさんとケッコンするの?」

「マスターと結婚?」

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