第6話 南部戦線の仲間——side バッカス

「おい、地獄じゃないか」


 ゴオオオオオ。

 ある魔巧人形は周囲に炎をまき散らし、別の人形は投げつけた弾が爆発し小さな鋼鉄の破片を大量にばらまく。

 また、他の人形たちは剣や槍を振り回して襲ってくる。

 それらを避ける兵士たち。中には魔法を使って応戦している者もいた。

 しかし既に前衛は崩壊しており、そこを起点にして総崩れになっている。


 混乱状態の中、一人だけ逃げ回っている男がいた。

 バッカスである。彼は必死に走り回っていた。


「うおおっ! こっちくんな!」


 それを見て、眉をひそめる兵士の一人。


「暴走した魔巧人形が言うことを聞くわけないでしょうが。さっさと攻撃してくださいよ」

「無理だっ! オイお前、指揮官はワシだ。盾になれ! 正常な魔巧人形はいないのか?」

「正常な魔巧人形は動かしていますが、全体を操るには魔力が足りません。ケイ殿がいらっしゃればこんな事態にも対処できたでしょうに」

「なんだと!? お前らの魔力では足りないというのか?」

「そうですよ。こんなことほとんど起きなかったし、多少不具合があっても、ケイ殿なら修理しなくても動かしていました。不思議と魔巧人形も活性化するような動きをしていたのですよ。ケイ殿はどこにいるのですか?」


 なんだよ、ケイを追い出したワシのせいなのか?

 いやいやこいつらが無能なのだ。バッカスはそう責任転嫁をする。


 報告で時々聞いていた不思議な事象。調べるべき、という意見をことごとく握り潰してきたのはバッカス自身だった。


「前衛はどこに行ったんだ!?」

「みんな怪我をして下がりました。私たちが退けば、こいつらは司令部全域に広がり、最悪王都に侵入するでしょう。絶対に兵器庫から出してはなりません」

「増援を呼べ!」

「呼んでいますが、かなりの兵士が西部に向かったため、待機していたのはもう私たちだけです」

「な、何だと?」

「宿舎や帝都市街から呼び寄せているものの、もう少し時間がかかりそうです」

「バカな!?」


 その時、バッカスの腕に鋼鉄の弾が当たった。


「ぎゃあっ!!!」


 大きな悲鳴を上げ、その場に倒れ込むバッカス。腕から血が噴き出している。

 しかし、彼を助けようとする者はいなかった。

 誰もが懸命に魔巧人形を押しとどめていて余裕がない。誰も、バッカスを気に留める者はいない。

 先ほどバッカスと話していた兵士も、魔巧人形と対峙していた。


「痛いっ! だ、誰かワシを後ろに下げてくれ——」


 しかし無情にも、誰かの足がバッカスを踏みつける。


「ぎゃああああ!!!」


 彼の悲鳴が響き渡り、ようやく何人かが気付いた。

 しかし、彼らの態度は冷たい。兵士たちは口々に悪態をつく。


「ケッ……使えねえ……」

「今まで適当な命令下してたツケだ。前線でも役に立たないなら盾にするしか無いだろうがよ」


 浴びせられた言葉にバッカスは絶望を覚えた。

 こいつらは何だ? 南部戦線にいた奴らか?

 歩兵の分際でこいつら、何を言っている? バッカスは怒鳴り散らした。


「おい、軍の規律はどうなっているんだ? 上官は何をしている……?」

「はあ? この状況で言う?」


 少なくともバッカスの方が階級は上なのに、まったく言葉使いがなっていない。更に怒りを増したバッカスに向けて、兵士の持つ剣がギラリと光る。

 剣はそのまま振り下ろされた。


「まてまてまてまて! ぎゃあああああああッ!」


 ブシュっ!

 バッカスの身体に赤い液体が降り注ぐ。


「血が……あああああッ! ……うっ」


 小さな嗚咽を漏らし、バッカスは気を失った。

 そんなバッカスの上に、魔巧人形がどさっと倒れ込む。

 その魔巧人形の腹部に剣が深々と突き刺さり、そこから赤い液体が漏れている。


 いつの間にか、暴走した魔巧人形たちはほとんどが倒され動作を停止していた。

 南部戦線で戦っていた兵士たちが間に合い、戦況はあっというまに覆されたのだ。


 バッカスは戦場での勘を完全に忘れ、状況を把握できていなかったのである。

 屈強な南部戦線経験済みの兵士たちは面構えが違う。彼らは周囲の安全を確認し、愚痴を漏らした。


「バッカス……赤い液体を見ただけで気絶とかさぁ。ケイとフェネルはこんな奴の下にいたのか? クソがよ」

「なあ、コイツどうする?」

「放っておけ。どうせ今回の責任を追求されるだろ。俺たちも仕えるあるじを考えた方が良いのかねえ」

「俺はフェネルちゃんに会いたいわ。もう一度、『邪魔。怪我するようなノロマは下がれ』って罵られてえ!」

「ははっ違いない。強かったナァ、アイツら——」


 男は溜息をつき、続けた。


「世話になったから一杯奢ろうと思っていたのによ。ケイもフェネルもどこに行ったのやら。元気にしているといいが」

「あの二人ならどこに行ってもやっていけるだろ」

「そりゃそうか。アイツら……人と人形なのに、まるで魂が繋がっているみたいに、息がぴったりだったからナァ」


 バッカスに一瞥を投げた兵士たちは、負傷者の救護に向かった。


 バッカスは、彼自身が気がつくまで放置されていたという——。

 誰も気にしていなかったのである。


 そして……数日後。


「いたたたた。クソっ。不便で仕方ないな」


 隊長室で悪態をつくバッカスの元に、憲兵がやってくる。


「先日の魔巧人形の件で、お伺いしたいことがあります。出頭願います」

「は? いったい何のこと……うわぁっ!」


 憲兵たちはあっという間にバッカスの両手を拘束、紐で身体を縛り引っ張っていく。


「おいっ! 何だこれはっ!!」


 喚き散らすバッカスに対して、誰もが当然だろ、という視線を送っていた。

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