第5話 軍の派遣 ——sideバッカス
「どうしたのですか? その顔の痣は?」
フェネルが軍の支配域を抜け、ケイと共に帝都から脱出した翌日。
ユーリィはバッカスの身体に複数の痣ができていることに気付いた。
「いや、ちょっと転んだだけだ」
転んだくらいで体中に痣など出来ない。それに、顔だけでなく目の下にクマまでできている。
昨日は司令部にも戻っていないようだったので、おそらくどこかで夜通し遊んでいたのだろう。
ユーリィは呆れた表情でバッカスを見る。
「ケイおよびフェネルの足取りですが——」
「ほう! 分かったのか?」
「一度見失いましたが、帝都近郊にある街で宿泊し、南に向かったようです」
「うん? そこまで分かっていて捕らえていないのか?」
「はい。帝都から離れると途端に軍の影響が弱くなります。非協力的な商人もいますので、南に向かったという情報も本当なのかどうか」
「南……南部戦線か。一応、今は落ち着いているらしいが、再び戦地に戻り旧友にでも助けを求めるつもりか?」
腕を組みながら思案するバッカスを見て、ユーリィは少し驚く。
——意外に冷静ですね。
てっきり怒り狂うと思っていたが、思ったよりバッカスは冷静に見えた。
いや、単に昨日散々遊んだことで気分がいいだけかもしれない。どんな遊びなのか想像したくはないが。
「ではそちらに追跡部隊を送って貰えるかな、ユーリィ殿」
「そうですね。では、そちらに数人派遣しましょう」
溜息交じりに答える。冷静だけど……バカだな認識を改める。
軍から逃げるのにどうして戦乱が続く南部に向かう?
可能性があるとしたら——帝国東部、あるいは西方ではないか? とはいえ、あくまで推測である。
「数人? いや、もっと大規模に送るべきだ。せめて十倍の規模で。絶対にアイツを捕らえなければならない」
ユーリィは思う。この男はどうせ、フェネルという魔巧人形にご執心なだけだ。確かに、あの人形はこの男の支配欲を満たすのかもしれない。
美しい顔立ちに整ったスタイル。触れたときの感触も優れているだろうし、その反応や仕草もバッカスのような男には魅力的だと言えるだろう。
表面どころか内部も精巧に作られているし、あのような魔巧人形は世界規模で見てもほとんどいない。
だからと言って……。兵士はこの男の私物ではない。
「無理ですね。ただでさえ人手不足ですし、魔巧人形には出来ない任務です。これ以上増員したら今後の計画に影響が出ます」
「……ちっ」
舌打ちをするバッカスを見て、ユーリィは鬱陶しいと感じ始める。
「ユーリィ殿、その計画というのは?」
「帝国西方にあるエストラシア王国への軍の派遣です。既に斥候部隊が入って、続けて魔巧兵器部隊が投入されます」
「ああ、あれか。あんな古ぼけた王国に何の価値があるのかねえ」
「それは私や上層部に対する侮辱ですか?」
「い、いや、そんなことは——」
慌てて否定するバッカス。
そこに、一人の兵士がやってきた。
「失礼します! あの、魔導隊長、お話中のところ申し訳ありません」
「どうした? 何かあったのか?」
バッカスは話を中断されたことにやや不機嫌になりながら聞く。
「それが、整備中の魔巧人形が一部、制御不能になりまして——」
それを聞いた瞬間、バッカスの顔が青ざめた。
「なんだと? 一体どういうことだ?」
「そ、それが分からないんです! もうすでに整備部隊や歩兵が対応していますが、なんせ数が多くて」
「くそッ! なんで暴走なんてするんだ! ユーリィ殿、ちょっと対応をお願いを——ってどこへ?」
「私は先ほど申し上げたエストラシア王国への派遣の件で忙しいのです。失礼させて頂きますよ」
そう言い残して、ユーリィは部屋を出て行った。
「おいッ、ちょっと待て!」
その後を追おうとするバッカスだったが、兵士がそれを阻む。
「貴様ッ! どけッ!」
バッカスは怒鳴り声を上げるが、
「申し訳ありません、どうしようもなければ破壊せよと命令が下っております。こちらで指揮をお願いします」
「なっ……なんで自分が……!」
「このような事態に対応していたのはバッカス魔導隊長ではありませんか?」
「あっ……」
バッカスは愕然とする。確かに魔巧人形の暴走など対応を引き受けていた。それをケイに丸投げしてきたのだ。
頻繁に起きるものではないと高をくくっていた。ヤツがいなくなってから、こんなに早く発生したことに愕然とするバッカス。
しかもケイなき今、対応を期待していたユーリィはここを離れている。
「お願いします! バッカス魔導隊長!」
いつの間にか、数人の兵士に囲まれ引っ張られていくバッカス。
「おいっ! 離せ! 話を聞け!」
久しく戦闘などしていない。勝てるのか?
顔が青ざめ、冷や汗をかき始めるバッカスは、暴走した魔巧人形たちがいる兵器庫へと引っ張られて行く——。
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