第14話 夢と現実のはざまで

 俺は早々にベッドの布団に潜り込む。

 こっちに駆け寄ろうとしたフェネルは鏡の前で立ち止まった。


「……よい。いや、普通?」


 自分の身体が映る鏡を見つめるフェネル。

 彼女にとって何もかもが初めてだ。自分が白いモコモコとした布に覆われているのが面白いらしい。

 今までフェネルは夜一人で孤独に過ごしていた。でも、こういう夜なら楽しく感じてくれていそうだ。


 俺はもう一度、フェネルに声をかける。


「俺はそろそろ寝るよ」

「はい。では、私はマスターの側で警戒を行います」


 フェネルは眠らない。戦場で仮眠を取るときは俺だけが休んでいた。

 今は警戒の必要は無いだろう。ここは帝都ではなく、軍より商人が幅を利かせる街だ。


「ここは大丈夫。追っ手もなかったようだし、楽にしていいよ」

「はい、マスター」

「俺のことは気にせずに、ベッドに入ってのんびりして欲しい」


 そう言って、空いているもう一つのベッドに視線をやった。

 せっかく広いベッドが二つあるのだから、のびのびと過ごして欲しい。


 しかし、フェネルは俺の隣に、もぞもぞと入ってくる。

 うーん。まあ狭いわけじゃないしフェネルがそうしたいのなら別にいいか。


 フェネルは横向きになって俺を見つめてくる。

 潤んだ青い瞳の中に俺の顔が映っているのが分かるほど近い。

 俺はその中に吸い込まれるように、意識を手放した。


 …………。

 ……。


 ん……。

 目を開けると、同じベッドで隣でフェネルが横たわっている。

 でも、これは夢だ。


 夢だと確信したのは、フェネルの吐息を感じたからだ。現実のフェネルは呼吸をしないのに、目の前のフェネルは胸を上下させ息をついていた。


 フェネルが羽織っている大きめのガウンがはだけ、胸元が露わになっている。

 そこには確かに膨らみがあり、その先の色づいたところまで見えた。美しい身体の線がはっきりと分かる。

 白い肌と薄っすら艶のある唇の色香にくらりとした。


 欲求不満なのかな。こんな夢を見るなんて。

 まあこれは夢なんだ。俺が勝手に見る自分勝手な夢。


 夢の中の俺は本能に従い、フェネルの背中に手を回し抱きよせた。彼女の柔らかな肌の感触と温もりを感じる。


「んっ……マスタぁ——」


 甘えるようなフェネルの声。やっぱり夢だこれは。

 俺の腕の中にすっぽり収まる華奢な体つき……そしてフェネルの体温を感じ取る。生きているように温かい。

 すると俺の胸元に顔を埋めたフェネルが呟くように言う。


「……マスターが近くてよいです。身体……温かい」

「フェネル、嫌か?」


 夢の中の俺が、おかしなことを口にしている。何を聞いているのか? 何をするつもりなのか? 何のために聞いた? 

 フェネルがイヤだと言わないこをと知っているのに。


「嫌じゃない……です」


 フェネルがそう言って頬を染める。やっぱり夢だ。こんな仕草をフェネルはしない。

 返事を聞き、俺の足がフェネルの細い足に絡まるように動く。


「あっ……」


 二人ともバスローブの下には何も身に付けていないため、身体の中心に近い部分が触れあった。フェネルはしっとりと潤い、接した大切なところに熱を感じる。

 体全身で感じるフェネルの温もりが心地いい。夢なのをいいことに俺は煩悩に身を任せた。


「あっ……マスター……んっ」


 切なげなフェネルの声が、吐息が、俺にしがみつく姿が理性を失わせる。

 欲望をフェネルの中に解き放つ。すると、フェネルが激しく身体を震わせた。


「ああっ……マスターっー!」


 俺の中の何かが急速に失われていき……やがて何も無くなっていく。

 ただただ流された俺は、フェネルの温もりを感じながら再び闇の底へと意識を落としていく——。



 ☆☆☆☆☆☆


 チュン……チュン。

 小鳥の鳴き声で目を覚ますと、目の前にフェネルの顔があった。

 目を瞑っている。どうして? と思ったら、


「マスター、おはようございます」


 目を開け、にっこりと微笑み挨拶をしてくれるフェネル。

 朝、いつも見かけるフェネルの表情に安堵する。


「おはよう、フェネル……先に寝てしまってごめん」


 俺は少し申し訳なく感じながら言った。


「いいえ。マスターと一緒だったので」

「そ、そうか。よかった」

「はい。とても、よいです」


 フェネルの言葉に、その純粋無垢な表情に、俺は猛烈に恥ずかしくなった。

 昨晩見た夢を思い出したのだ。獣のようにフェネルを求めた姿を。

 顔が火照る。気恥ずかしい気分になる。俺は夢とはいえ、純粋なフェネルに本能的な欲望を向けてしまった。

 悶える俺に構わず、フェネルはいつもと変わらない口調で聞いてくる。


「マスター、顔が真っ赤です。あっ、顔じゃなくて首から下もだんだん赤くなってきてる」

「う、うう……」


 やけにリアルな夢だった。

 身体が震えるほど気持ちよかった。あれは夢でいいのだよな?

 色々と確認する。羽織っているガウンは乱れていない。


 フェネルも寝た時の状態と変わらない。

 胸元は開いているけど胸の膨らみまで見えるわけじゃない。髪の毛も乱れておらず、唇に色気を感じたりしない。

 でも万が一に俺がフェネルに手を出したのなら……そう考えると頭が爆発しそうになった。

 もう、聞かずにいられない。


「フェネル、俺……その、何もしてないよな?」

「は……はい」


 そう言って、フェネルが赤く頬を染める。

 夢の中で見たフェネルのように、俺が見たことがない表情をする。


 えっ? な、なんだこの反応。

 まさか、あれは夢じゃなく俺は本当に……!?



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