第15話 意識を共有して
とんでもない罪悪感と羞恥心が俺の胸を締め付ける。
フェネルは恥ずかしそうにしながらも笑顔を崩さずに言った。
「マスターは眠ってて、でも私……」
「う、うん?」
「マスターが眠ったあと、目を瞑ったら頭に映像が浮かんできたのです。その映像を見ていると、まるで本当にマスターに触れられている感覚があって——あの映像はマスターが見せてくれたのですか?」
……え、俺が見た夢をフェネルが共有したってことか?
普段の夢ならいいんだけど、昨日のは、ちょっとフェネルに見せられないというか……俺の頬が、顔がさらに熱くなる。
「ちちちち、ちなみにどどどどどんな映像?」
「そ、その……抱き締められて……その……私の中に、マスターが入ってきて——」
「えっ」
「すごかった……です」
「はっ——ははは」
乾いた声が俺の口から漏れる。
「でも、情報量が多くてあまり整理できてなくて」
俺が夢で見たフェネルのように、目の前の彼女も顔を赤くし、両手で顔を覆っている。
フェネルらしくない仕草だ。でもこんな一面を俺は夢で思い描いていた。
普段しない態度をフェネルに求めた俺の煩悩っていったい……恥ずかしさのあまり言葉が続かない。
「「〜〜〜〜!!」」
現実では指一本フェネルに触れてなかったことに安心をしつつも、俺の煩悩を見られたような気がして恥ずかしい。
夢とはいえ、とてつもなくリアルで、フェネルの肌の温もりがまだ身体に残っている。
フェネルはどう感じたのか分からないけど……どうなのだろう?
気まずい空気の中、お互い顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。
「じゃ、じゃあ、出発しようか」
「は……はい、マスター」
☆☆☆☆☆☆
顔を赤くしたまま、俺たちは夜の間に洗濯が終わった衣服を受け取り着替え、ロビーに降りた。
俺たち二人の様子を見て、受付の人たちが何やらヒソヒソと話しているのが聞こえる。
「あんなめちゃくちゃ可愛い子と泊まるなんて……どう見ても事後だ……羨ましい」
「オイ、あまりジロジロ見るな。金払いがすごくいいお客さんだぞ」
「でもさあ、あんなに恥ずかしがって……かわいい。僕もあんな子と泊まりたい」
何を言っているんだ。俺はフェネルに(夢は別として)お前らが想像しているようなことはしてないぞ。
フェネルもそろそろ元に戻り……っておい、フェネル。どうして未だに顔を真っ赤にして恥ずかしそうに視線を床に落としているんだ。
俺は気にしないことにして話しかけた。
「チェックアウトします。二人乗れるほどの馬車はありますか?」
「はい、ありますが」
「では、それを二頭立てで買います」
「あっ、ありがとうございます!! かしこまりました」
宿代を払ってから馬車に乗り込み走り始める。
フェネルは手綱を握り前方を見つめている。
「フェネル?」
「はい、マスター」
いつもと同じ調子。これはフェネルの気遣いかもしれない。
でもこんなやりとりにほっとしてしまう。俺たち二人の空気感はこれなんだ。でも、よーく見るとほんの少し頬が赤らんでいるのは気のせいなのか?
そんな気持ちをしまいつつ、俺は指示を出す。
「エストラシア王国まで二週間かかる。馬の様子を見ながら走らせて欲しい」
「はい。マスター」
適度に休憩を馬にさせつつ、俺が寝ている時もフェネルは眠らずに馬車を走らせる。
幸い、あのような、フェネルをどうにかしようという夢を見ることはなかった。馬車で隣で寝ることがなかったのが良かったのか。
そして二週間後、ようやく国境を超えることができる。
☆☆☆☆☆☆
途中、軍の部隊を見かけたけど俺を探している様子もなく、難なくエストラシア王国に入る。
この国のことはカレンに話を聞いていた。
まずは、国境を越えて最初の街、ルズベリーに向かう。その街に駐屯する数名の騎士と合流し、共に王都まで向かう予定だ。
「マスター、見えました。あれがルズベリー?」
馬車を走らせてすぐ、街、というには小さい集落のような家の集まりが見えた。周囲は荒れ地が広がっている。
近づくにつれて、違うのでは? という思いが募る。
予想は正しく、そこは廃墟だった。住居は朽ち果てていて今にも崩れそうだ。
しかし、人の気配を僅かに感じた。
「キャアアッ!」
女性の声が近くから聞こえる。
俺は馬車を降り、その声の方向に走る。それに連なるようにフェネルがやってくる。
集落の中心部に着いた。これは……精霊神を信仰する教会……なのか?
堅牢な作りのようで、周囲の建物と違い朽ちていない。
周りを見渡す。
教会の横で腰を抜かしたように地面に座り込んでいる女性がいた。俺と同じ歳くらいだ。彼女は、小さな女の子を抱えている。
恐怖に満ちた目で見つめる先には帝国軍兵士が二人いる。
さらその傍らに細身の魔巧人形が一体。アレは……偵察専門のグリーングラスか。
戦闘力はさほどないものの、スピードと観察眼が優れている。
「何をしている!?」
俺が思わず声をかけた。
見ると、女性の方は服が乱れていた。兵士の一人が女性の服を剥ごうとしていたようだ。
俺は怒りを抑えながら問いただす。
「どう見てもその人たちは非戦闘員だろう。何をしている?」
「ああん? 何だお前は。ほう、この国は美人が多いと聞くが、また『当たり』とは。今日は運が良い」
兵士はフェネルを見てニヤついた。
「小柄だが……まあいい。買い手はいくらでもいる。その前に味見をしなければな」
まったく話が通じない。この兵士たちの態度は異常だ。明らかにおかしい。
帝国兵は軍規に忠実なはずだ。少なくとも俺たちがいた南部戦線ではそうだった。
「何を言っている?」
「うるせえなぁ。グリーングラス、あの女を拘束して連れてこい」
「リョウカイ」
ダメだ、こいつら。本当に軍人なのか?
俺はフェネルを見た。
「行きます」
「ああ、そっちはまかせた」
フェネルは頷くと地面を蹴った。そして一気に間合いを詰める。
しょせん戦闘用でもないグリーングラスなど大した敵ではない。俺はそう思うものの油断せず精神を集中して戦局を見守る。
あの魔巧人形、よく見ると見慣れない首輪をしている。この前フェネルがしていたものとも違うものの、デザインが似ていた。
どんな能力なのだろうか?
この魔巧人形グリーングラスは標準機と何か違うようだ。
『最初は様子見だ』
俺は声を上げてフェネルに伝えようとした。
その瞬間、
『は……い……マ……スター』
頭の中にフェネルの声が断片的に響く。
これは……俺の考えていることがフェネルに通じている? そして俺も、フェネルの思いを受信しているのか?
「おっと、よそ見は禁物だぜ。お前はオレたちが殺してやる」
先ほどの兵士が一人、こっちに向かって剣を構えて近づいてくる。
俺は男たちの緩慢な動きに溜息をつき、懐の短剣を抜き構えた。
『マスター?』
『大丈夫だ。フェネルは目の前の魔巧人形に集中しろ』
『了……解!!』
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