第8話 じじいとの模擬戦(1)

 俺たちは急いで高級宿を立ち去り、帝都を離れることにした。

 未遂に終わったものの、俺たちの暗殺には軍が関与している。このまま宿に留まるのは危ない。


「マスター、説明を求めます」


 フェネルの説明しろという圧が強いけど、一旦後回しにする。

 フェネルから話を聞いて分かったのだけど、あの暗殺部隊は俺を標的にしていた。

 カレンは軍の方で把握をしていない。だから、俺から引き離した方が安全だと判断した。

 一旦二手に分かれ、彼女の国——エストラシア王国で合流した方が安全だろう。


 カレンが所有している馬車隊がいるというので、帝都の郊外で合流することになった。

 彼女はその馬車で帰郷する。


「じゃあ、ケイさん。フェネルちゃん。我が国の首都でお会いしましょう」

「うん。気をつけて」

「お二人も気をつけていらして下さい、お待ちしています」


 別れの挨拶とばかりに、俺に抱きつき、一礼して馬車に乗るカレン。

 カレンの香りと温もりと柔らかさが身体に残……俺は殺気のような何かをフェネルから感じて反対方向に視線をやった。


「あっ、そういえば……フェネルちゃん」


 カレンが戻って来てフェネルに近づき、自ら髪につけていたリボンを取り外す。

 その大きさは両手のひらくらい。

 フェネルの後ろに回り込み、リボンを束ねていた髪の毛にくくりつける。


「何をする?」

「どう? やっぱり似合うわぁ。尊いわぁ。強いのに可愛いって素敵じゃない?」


 カレンは両手を合わせて目をつぶった。何のポーズだかよくわからんがいたく気に入ったみたいだ。

 確かにリボン一つだけど、フェネルがより可憐に見える。

 よく似合っている。

 でも、フェネルは気に入らないのか、しかめっ面をして髪に手を伸ばし外そうとしていた。


「へぇ。よく似合っているじゃないか、フェネル。貰っておけばいいんじゃないか?」

「えッ……ま、マスターがそういう言うなら」

「うんうん。じゃあ、ね。二人とも」


 フェネルはリボンを外すのをやめた。それを見たカレンはご機嫌な様子で馬車に乗り込んでいく。

 続いてメイド姿の——。


「アヴェリア、カレンをしっかり守ってくれ。君の能力は防衛や治癒に特化しているが、うまく扱えば多少の攻撃も出来るみたいだし」

「もちろんです、お父様。それに、フェネルお姉様もまたお会いできることを楽しみにしていますわ」


 それを聞いたフェネルは再び眉を寄せた。


「私はお前の姉じゃない。馴れ馴れしく言わないで」

「そうかしら? 偉大なお父様……ケイ様の一番最初の魂を受け取ったのですから、お姉様ですわ」

「た、確かに私は偉大なるマスターの一番だけどっ、あ、あんたをまだ妹と認めてはいないから」


 急に語気が弱くなるフェネル。


「ふふっ。今はそれで十分です」


 フェネルの口を尖らせる様子を見て目を細めたアヴェリアは一礼をして馬車に乗り込んでいく。

 これから彼女の国でお世話になるのだから、仲良くしてくれると良いんだけどな。


 俺はカレンやアヴェリアが乗った馬車を見た。


「……しかし、帝国の馬車と比べてもすごいなこれは」


 装飾は控えめだけど、すごく豪華な馬車だ。馬も毛並みが良く夜目でも荘厳さが分かる。

 その上、恐らく振動を吸収する乗り心地を改善する魔法的施術も施されている。


 ジロジロと馬車を見ている俺に近づく男がいる。どうやら彼はカレンの護衛役のようだ。

 とはいえ、かなり歳上というか初老といってもいいかもしれない。

 鍛えているのか体格がとてもよく、現役で戦闘に参加してもおかしくないくらい足取りが力強い。

 白髪ではあるが、弱々しさは微塵も感じなかった。瞳も鋭い光を放っている。


「ケイ殿。カレン様をお守り頂いたことは礼を言う。だが、いい気にならないことだ。わしは人形や人形遣いなど認めない」


 彼はアンベールというらしい。

 俺のことが気に食わないようだ。まあ、元とはいえ俺は帝国の軍人だったわけだし。

 周辺国にしてみれば領土拡大をしようとする帝国はいい目で見られていないだろう。これは仕方ないことだ。


 魔巧人形も嫌なのだろう。いくらカレンの国の人々は魔巧人形に親しみを持つと言っても、例外は常にある。

 まあ、俺は納得ではあるんだけど、こう言われてカチンとくる者もいる。


「それはマスターをバカにしているということか?」


 さっそくフェネルが食ってかかった。


「フン、だったら?」

「力で認めさせる」

「ほう? 人形風情が偉そうに。帝国軍と戦って負け知らずの儂に勝てるのか?」

「勝てる。私は老いぼれに遅れはとらない」


 ちょっっ……。これからお世話になる国の人に何言ってんの?

 しかもこの人、それなりの地位がありそうだ。


「フェネル、ちょっと待って、その、アンベールさんもその辺で……」

「マスター、心配しないでいい。じじいに私は負けない」

「いや、そうじゃない」

「フン、儂もやめるつもりはないぞ?」


 俺たちの様子にフッと笑みをこぼすアンベールさん。

 余裕を感じる。帝国軍だと引退している年齢だろうけど、滅茶苦茶強そうだ。


 一方、フェネルには対魔物の戦闘経験はあるのだけど、対人戦闘経験が無い。

 戦場に出て半年、毎日戦闘に駆り出されるだけで人との模擬戦は行ったことがない。


 それでも、フェネルが負けることはないと思っている。

 いつか模擬戦はしても良いけど、今はその時じゃないよね?


「ふむ、ではお手並み拝見といこうか」


 そう言って腰に下げた剣の柄に手をかけるアンベールさん。それを見たフェネルは俺が背負っていたヴォーパルウエポンを抜いた。

 あ〜もう! なんでこうなるんだ!?


「ちょっと、二人とも、止めませんか? ほら、真っ暗ですしやるにしても昼間の方が」

「マスター、私は夜目が利くので問題ありません」

「フン、敵はいつ攻めてくるかわからんのだ。夜だからとて戦闘を避ける理由はあるまい?」


 だめだこりゃ。

 アンベールさん。あんたもどうしてそんなノリノリなんだ?


 だれか止めて。特にアンベールさんを。フェネルは俺がなんとかすればいい。

 そうだ、カレンなら説得できると思って馬車を覗くと、窓に顔を押しつけるようにして二人の対決に釘付けになっているカレンとアヴェリア。

 どちらが勝つのか興味津々のようだ。

 おい。おい。

 といいつつも、俺自身もこの勝負の行方に興味がある。

 フェネルが対人戦にどれだけ対応できるのか?


「フン、行くぞ!」


 掛け声とともに剣を鞘から抜くと同時に斬りかかるアンベールさん。

 速いっ!!

 そして、フェネルはそれを受け止めようとするのだが。


 ガギィィィィンン!!!

 金属同士がぶつかる音が周囲に響き、花開くように火花が飛び散った。


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