第7話 芽生え ——side フェネル

 

 バッカスは、黒い首輪を用いてフェネルに命令を下す。


「では、フェネルに命ずる。お前の元上官、ケイ・イズルハを殺害せよ。ああ、その前に拘束した後、手と足を一本ずつ切断してやれ」

「了解」


 瞳から光を失ったフェネルは、床にあった彼女の剣、ヴォーパルウエポンを手に取り、駆け出し部屋を出て行く。


「はははは。これは愉快だ。こんな機会を与えてくれたことに感謝するぞ、ユーリィ殿」

「どういたしまして。ですが、これは実験も兼ねております。魂を持つ人形にどれくらい私が作成した魔道具がを」

「うん? 何か言ったか? しかし……コイツは恐ろしい速度で街を駆けるのだな。屋根と屋根を縫うように飛び跳ねて渡っていく」

「ほう。凄まじい性能ですな」


 フェネルは断続的に、意識の外側で話す二人の会話を聞いていた。

 私に、マスターを殺せと命令した……?

 しかも、腕や足を一つずつ切り落とす……?


 意識の中でフェネルは訴える。

 やめろ、それだけはやめろ、と念じる。しかし全く身体に伝わる気配がない。


 どうしたら、それを止められる?

 私が……消えれば……止められる?

 でも、どうやって?


 その時、ふと思い出す。

 主人マスターであるケイが言っていたこと。


『魔巧人形は損傷しても修理すればいくらでも治せるし、前と同じように動くことができる。でも、フェネルはそうじゃない』

「つまり、私はそもそも損傷しない、無敵の強さということ。フンスッ」

『違う、そうじゃない。フェネルの中心部に、ハート型のかたまりがある。元々存在しなかった部位だ。恐らくフェネルの魂はそこにある。もし、それが破壊されると——』


 そう言ったケイの顔をフェネルは思い出した。とても苦しそうな顔をしていた、と。


『魂が消滅し、二度と戻らない。恐らく、元の魔巧人形にすら戻れず動かなくなる。俺はそう考えている』


 そう言った時、ケイの瞳は潤んでいた。

 人間は時に涙を流す。それが、その意味がどうしてもフェネルには理解が出来ない。


 それに、魂が破壊されたらどうなるというのか?

 ただ、元に戻るだけ。元の、ありふれた人形になるだけ。

 それなのに、どうしてマスターはあんな顔をする?


 でも、今はその気持ちが少しだけ分かるような、とフェネルは感じている。

 きっと自分の中に魂があるからなのだろうと。

 そして同時に思うのだ——。


 ケイを殺してはいけない。私を生みだしてくれた、ケイを守らなければならない。


 突然、爆発させるように意思が通じないはずの身体が思い切り地面を蹴った。そのまま高く跳躍する。


「うおっ!? なんだ!?」


 バッカスは驚きの声を上げた。

 その様子を感じ、フェネルは強く想えば乗っ取られた身体に影響を与えられることを理解する。


 だったら、やることは一つだけ。

 隙を見て、身体を動かし自分の中心部にあるハート型の塊ごと身体を破壊すればいい。


 私が、ただの壊れた人形になればいい。

 フェネルはそう決心をする。



「——どうしました?」


 突然大声を出したバッカスにユーリィは焦った様子で声をかけた。


「いや、今勝手に高く飛び上がった。だが今は元通りだ」

「でしたら、まだ大丈夫でしょう。早めにケイを殺して戻らせましょう」

「ああそうだな。よし、宿に着いたぞ」


 フェネルは目的の部屋に飛び込んだ。

 彼女の目に飛び込んできたのは、ケイと見知らぬ人間の女が一人、メイド姿の魔巧人形一体、そして軍のブラッドダガーざぁこ4体。


「ふん、高級宿とは……。しかも随分上玉の女連れとは許しがたいな」


 バッカスは口元をさらに歪めて言う。


「はて、この女どこかで見たことがあるが……ケイとどんな関係か、あとでみっちり身体に聞いてやるわ」



 ——そう。コイツら誰? 私は知らない。

 妙に馴れ馴れしくマスターに接している。


 ケイが見知らぬ女を二人連れているのを見て、フェネルは強い感情を抱く。意識が覚醒していく。

 マスターに抱き留められている女……なんて羨ま——じゃなくて、それよりも、メイド姿の魔巧人形が気になる。

 人間に見えるけど、その少しだけ小さな体格や身のこなしからフェネルは魔巧人形だと確信する。

 しかし、何かが違う。瞳に光が宿っている。まるで、自分と同じように——。


「魂ガ……あル?」


 思わず呟くフェネル。

 そんなはずはないと思いながらも、彼女は一つの可能性を考える。

 そうか、マスターが魂を生み出したのだ。私以外に。私以外の魔巧人形に。私以外の——。


 バキッ。


 フェネルの魂を拘束している魔道具にひびが入る。

 同時に、自らの魂を壊すという決意を遙かに超える感情が、フェネルの中に芽生える。


「……私以外の……者ニ魂を?」


 それは、愛情? 独占欲? 嫉妬? ——嫉妬?

 激しく燃える炎のような感情が、フェネルの魂からあふれ出た。


 バキィィィィン!!

 同時に、フェネルの魂を捕らえていたものが完全に破壊される。


『個体名フェネルは、嫉妬の炎バーニング・ハートを獲得しました』


 フェネルの魂に響く言葉があったが、その声に意識を向ける余裕はなかった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ぎゃああああああっ!」


 バッカスの汚い悲鳴が部屋に響き渡る。

 彼は床に転がり悶絶していた。

 ユーリィは信じられないものを見る目でバッカスを見ている。


「ほう、こうも苛烈とは……魂というものは恐ろしい」


 そう冷静に語るユーリィの視線の先には、爆発した魔道具によって耳付近の皮膚が血だらけになったバッカスがいた。倒れたまま痛みで暴れている。


「ぐあああっ、な、何が、起きた……? 痛いっ!」


 しばらく悶絶していたが、バッカスは泡を吹き静かになる。

 痛みで気絶したのだ。ユーリィはその姿を興味深そうに見つめていた。

 ユーリィは……誰にも……軍に従属している医師にも未だに連絡していなかったのである。

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