第9話 じじいとの模擬戦(2)

「ほう、儂の剣を正面から受け止めるか」

「くっ」


 ミシ、ミシとフェネルの剣が音を立てている。

 というか、アンベールさんの剣って魔剣じゃないのか? ほのかに白く光っている。

 一方のフェネルの剣、ヴォーパルウェポンはノーマルだ。俺の給料で魔剣はムリだった。

 それだけでハンデなのに、なんだあれ?

 アンベールさんの人ならざるスピードとパワーに驚く。

 俺は南部戦線しか知らないものの、あれほどの軍人は見たことがない。


「フェネル。相手は魔剣持ちだ。一撃も食らうな!」

「了解、マスター!」


 戦闘はフェネルに任せ、俺は近くに騎士らしき人物がいたので声をかけた。

 彼もこの戦闘に見入っていた。


「あの、アンベールさんってどんな人ですか?」

「ああ、我が国の正規軍で元帥まで上り詰めた方だ。十年前帝国軍の攻撃があった時に、一個大隊を単独で壊滅させたことがあるんだよ」

「……はぁ!? 単独、つまり一人で?」


 そんな人が何でこんなところにいるわけ??

 帝国軍では過去の話、特に負けた話が広がることはあまりなかった。とはいえ、噂程度にそんな戦があったことを聞いていた。

 いや嘘でしょ、魔物でもないのにそんなことできるわけがないと思っていた。伝説レジェンドが本当にいたとは。


 フェネルにとっては人間サイズでここまでの力を持つ相手と戦うのは初めてだ。

 それなのに、一歩も引けを取らない。

 いや……それどころか、いつもならもっと力業で行くはずだけどセーブしているように見える。


「はっ!」


 雄叫びをあげながら渾身の一撃を放つフェネル。それをアンベールさんは険しい顔をして受け止める。


「ふんッ」


 そのまま力任せに振り払い、返す刀でフェネルの首を狙う。間一髪で避けるフェネル。そのまま次の突きを繰り出す。

 これ模擬戦だよな? と思いつつ白熱する戦いにドキドキしてくる。


 じっと見守る俺をフェネルが一瞬見た。そして、心配するなと言うようににこりと笑顔を作る。

 今の表情……初めて見るな。

 フェネルの表情に当てられた隣の騎士が感嘆の声を漏らす。


「なあ、今の顔……かわいすぎん? しかも互角、それどころかあのアンベールさんを押している。君の魔巧人形にファンになりそうだよ」


 まあ、その気持ちは分からないでもない。さすが俺のフェネルだ。これは勝ったな。


「フェネル、来るぞ! よく観察しろ」


 俺はアンベールさんが何か仕掛けようとしているのを感じた。


「はい、マスター!」

「フン、笑う余裕まであるのか」


 そう言ってアンベールさんはニヤリとして……突然俺の方めがけて持っていた魔剣をぶん投げた。


「えっ?」


 俺はびっくりしたものの、大丈夫。避けられそうだ。

 しかし——。


「マスターっ!!」


 血相を抱えたフェネルが投げられた剣を追いかけるように駆け始めた。


「フン、バカめ!」


 アンベールさんが無防備なフェネルの背中を追いかける。

 まずい。丸腰とはいえ、あの体格差で押さえ込まれたら終わりだ。そうなのだ、対人戦はこういう手を使われることがある。

 俺にできることは一つしか無い。フェネルの力を増すために、迷わず【魔力注入】を起動した。


 フェネルの瞳が煌めく。

 同時に、俺の頭にフェネルの声が響いた。


『スキル【嫉妬の炎バーニングハート】を起動』


 その瞬間、ギュン、とフェネルが加速。投げられた剣に追いつきアンベールさんへ軽々と投げ返す。

 なんだ? 【嫉妬の炎バーニングハート】?

 何だこのスキルは?

 凄まじく脚力が向上している。恐らく他の部位も同様だろう、後でフェネルに聞いてみなければ。


「なにっ!?」


 勝てると思っていたのだろう。アンベールさんは呆然としつつも反射的に剣を受け止め構える。


「フン、儂は目測を誤っていたようだ。悪かった、本気を出そう——」


 そこに折り返しやってきたフェネルがやってきて、ヴォーパルウエポンでなぎ払う。

 ガギィィィィンン!!!

 金属同士がぶつかる音が周囲に響くと同時に、爆発を思わせる激しい火花が散った。

 その中からアンベールさんの魔剣が飛び出して宙を舞い、地面に突き刺さる。


「フン、ちと遅かったか……まいった」


 さらに距離を詰め、目前の首元に剣を突きつけるフェネル。

 アンベールさんは両手を挙げた。これで決着がついたのだった。


「よし、剣を収めろ、フェネル」

「了解」


 わあっ。

 馬車の中のカレンやヴァレリア、そしてもう一人の騎士から歓声が聞こえた。

 いや、負けたのあんたたちの国の実力者なんだけど、どっちの味方なんだ?

 興奮したような俺の隣の騎士が感嘆の声を漏らす。


「いや、凄いな……本当に人形なのか彼女は? 臨機応変に戦い、ミスもしつつそれを取り返した。しかも、あのアンベールさんに勝つとは……信じられない」

「そんなに凄いのか?」

「未だに、アンベールさんは王国内で最上位の実力がある。それをたった一人で打ち負かすのは凄いことだ。つくづく、彼女が敵でなくてよかった。ようこそ、エストラシア王国へ!」


 フェネルの動きに気になるところがあったけど、悪くない戦いだった。終わり良ければすべてよし、だ。

 きっと、アンベールさんもフェネルのことを認めてくれるだろう。

 勝ち誇るようにフェネルはアンベールさんに勝利宣言をする。


「どうだ。こっちの方が強い」

「フン、まだ本気を出していないワシに勝ったところでどうだというのだ?」

「意味不明。勝ちは勝ち。マスターを認めて、じじい」


 フェネルはすました顔でアンベールさんに人差し指を向ける。


「フン、だいたい最後隙を見せたアレは何だ? 戦場ではすぐ死ぬぞ?」

「関係ない。勝ったのは私たち。だからマスターを認めて、じじい」

「フン、模擬戦だから無事に済んだのだ——」


 ギャアギャアと二人は言い合っている。とはいえ二人の会話は平行線を辿っていた。

 相変わらず認めてくれてはいないけど……妙にアンベールさんが嬉しそうに見える。

 すると彼は何か思いだしたのか俺の方に歩いてきて、あごの髭を触りながら言った。


「フン、ケイ殿。先ほど、この者に何かしたか?」


 あ。

 もしかして、戦いの途中で俺が魔力注入して加勢したのがバレてる?

 でも、それがどうした? と思うのだが。





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