第173話 暁姫
姫君たちと会うのは俺と光秀と善左衛門の三人。
部屋の四隅に火鉢を置き、中央よりもやや奥まったところに大きめのコタツを用意した。
一辺に男三人が並んでも余裕をもって座れるほどの大きさのコタツだ。
俺の左隣に座っている善左衛門が半ば諦めた様子で口を開いた。
「殿、本当にコタツに入ったまま姫君たちとお会いになるのですか?」
「姫君たちにもコタツに入ってもらうから心配ない」
「いえ、そうではなく……。私や光秀殿が殿の隣に座っていては侮られかねません」
この時代、主君と隣り合って――、同列に座るというのはまずない。
俺が部下と同列に座っている姿を姫君の侍女たちに見られ、それが三条家に知られたら侮られると考えているようだ。
右隣に座っている光秀を見ると、善左衛門に同意するように無言でうなずいた。
「その程度で侮るようなら、それなりの付き合いをするさ」
「そうですか……」
不満そうな顔をする善左衛門を尻目に光秀が言う。
「暁姫と憬姫はコタツをご存じありません。いきなりコタツを勧められてもお困りになるでしょう。それでなくとも緊張していらっしゃいます。お二人のためにも通例のしきたりで迎えられた方がよろしいのではないでしょうか?」
「おお! まさに! 殿、光秀殿の言う通りです」
善左衛門の顔から陰りが消えたかと思うと、「さあ、コタツを片付けましょう」と満面の笑みを浮かべる。
善左衛門、光秀。残念だったな。
その程度の反論は想定内だよ。
「恒殿と小春が姫君たちにコタツの使い方を教えているから心配はいらない」
「は?」
「奥方様が……?」
善左衛門と光秀が揃って驚きの声を上げた。
「先ほど小春から聞いたが、暁姫も憬姫もコタツをとても気に入っていたそうだ」
「殿、せめて座る場所だけでも私の提案をお聞き頂けませんでしょうか?」
光秀が提案してきたのは次のような配置だ。
コタツの上座側の一辺に俺が一人で座り、左右の辺に善左衛門と光秀がそれぞれ座る。そして、下座に姫君を迎えるというものだった。
つまり、四人でコタツを囲うということか。
絵面としてはそちらの方が団らんの雰囲気があるな。
話を終えた光秀と善左衛門が左右から懇願するように見詰めている。
このあたりが、落としどころか。
「分かった、光秀の案を採用する」
感謝の言葉を発すると光秀と善左衛門の二人が即座に場所を移動する。
二人が腰を下ろしたそのとき、部屋の外から右京の声が響いた。
「暁姫をご案内いたしました」
善左衛門と光秀に視線で「通しても良いか」と問いかけると、二人とも無言で首肯した。
「通しなさい」
俺の言葉が終わると引き戸が開けられ暁姫が姿を現す。
上等な衣装をまとった愛らしい少女である。
結納金で食事事情が豊かになったのか、京で会ったときよりも幾分かふくよかになった気がするな。
「竹中様、お久しぶりでございます」
「こちらこそ挨拶が遅くなり申し訳ない」
「滅相もございません。ご多忙な中お時間を割いて頂き感謝いたします」
緊張しているのか予め用意したセリフなのか知らないが、まるで台本を読み上げるようだ。
とはいえ、まだ十三歳だったかな?
年齢を考えれば上出来だろう。
「そこは寒いでしょう。こちらに来てコタツに入りなさい」
「え?」
入り口付近で正座をしている暁姫にコタツを勧めると背筋をピンッと伸ばして目を丸くした。
ウサギみたいだな。
「どうしました?」
「よろしいのですか?」
幼さの残る顔に驚きを浮かべると、すぐさま背後に控える自分の侍女を見る。
侍女は目配せと表情で俺の言う通りにするよう必死に促す。すると、暁姫も意を決したように侍女に向かって首肯した。
「そ、それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
暁姫は小動物を連想させる動きで走り寄りよるとコタツへと滑り込む。
そして、「うふふふ」と愛らしく微笑んで首元までコタツ布団を引き寄せた。
「寒くはありませんか?」
「とても暖かいです!」
「恒から聞きましたがコタツを大層気に入って下さったそうですね」
「ハイ! この世のものとは思えない素晴らしい道具です!」
ハキハキとした声が返ってきた。
「気に入ってもらえたようで私も嬉しいです」
そして暁姫に用意した居室にもコタツを一揃い――、コタツとコタツ布団、座布団を用意してあることを告げる。
「私にもコタツを頂けるのですか?」
「コタツだけではありません。夜具も用意してあります」
「夜具?」
綿の入った布団なのだがピンとこないようで、小さく小首を傾げる。
俺が光秀を促すと、
「暁姫様、道中のカゴの中にちょうどこのような布団をご用意させて頂いたと思います」
そう言ってコタツ布団を軽く持ち上げた。
すると暁姫の表情がパァっと明るくなる。
「あれはとても暖かくて助かりました。こちらのコタツもそうですが初めて見ました」
「コタツも布団も我が領内で発明したものです」
「まあ! 竹中様の領には素晴らしい職人がいらっしゃるのですね」
感嘆の声を上げる暁姫に善左衛門が言う。
「実際に作ったのは職人ですが、考案したのは大殿でございます」
「竹中様が!」
丸い目が俺を真っ直ぐに見た。
善左衛門が余計なことを言ったその流れで、コタツや布団を作成したときの裏話をすると暁姫は目を輝かせて聞き入る。
そして話の途中途中で何度も驚きコロコロとよく笑った。
背後で蒼ざめている侍女たちなど気にする様子もない。
竹中家がまた一際賑やかになりそうだ。
恒殿とはまた違った愛らしさがある。これなら家中の者からも可愛がられるだろう。
その後、暁姫との会談は雑談と発明裏話とに終始して終えた。
必要なことを幾つも伝え損ねた気もするが、その辺り恒殿と小春が上手くやるだろう。
暁姫と二人の侍女が退席すると善左衛門が光秀に聞く。
「暁姫様は随分と明るい方のようですな」
目が怖いぞ、善左衛門。
暁姫の性格についての事前情報がなかったことで光秀を暗に責めている。
「道中は緊張していたためか、侍女が常に側にいたためか分かりませんが、もう少しお淑やかでした」
京から暁姫を連れてきた光秀も、あの天真爛漫さには少々驚いたようだ。
そして、「それに」と続く。
「憬姫様に気を取られて少々観察が疎かになっていたかも知れません」
認めたよ。
光秀が素直に落ち度を認めると善左衛門もそれ以上は言わずに話題を憬姫へと変えた。
「ところで、その憬姫はどのような方ですかな?」
「かなりの野心家とお見受けいたします」
憬姫が案内されるまでの僅かな時間、善左衛門による聞き取りが始まった。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
【漫画版】『転生! 竹中半兵衛 マイナー武将に転生した仲間たちと戦国乱世を生き抜く』5巻が、11月13日(土)発売となります。
舞台は安芸に移り、いよいよ小早川繁平脱出作戦の幕開けです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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