第158話 試射

 山間やまあいに銃声が木霊し、標的である木の板が弾け飛んだ。


「もしかして、命中率が上がっているか?」


 試射を終えた壱式を銃蔵に渡しながら訊いた。


 ここまで壱式のイ、ロ、ハとそれぞれ三丁ずつ、合計九丁の試射をしたが、すべて標的に当たった。

 何の練習もしていない俺の射撃技術が向上しているわけがないので、鉄砲の命中精度が上がっているのだろう。


「さすがのご慧眼けいがんでございます。おっしゃる通り命中精度が向上しております。さらに射程距離もわずかではありますが伸びました。口径の統一を図る過程で職人の技術が向上したのが理由だと思われます」


「それは思わぬ副産物だ」


 狙撃手の育成は計画になかったが、命中精度が上がっているのなら計画を見直す必要があるな。


「弐式でございます」


 銃蔵が差し出したフリントロック式の銃を手にするとズシリとした重みを感じた。


 本当ならこの銃が登場するのは二十年以上先のこと。それも日本ではなくフランスで発明される技術だ。

 この銃がここにあるというだけでも二十年の時を駆けさせたことになる。


 俺は改めて歴史改変の重みを実感した。

 この弐式が存在する時点で鉄砲の開発技術では世界の頂点に立っているな。


 弐式を構えたまま銃蔵に訊く。


「壱式と比べて、いや、従来の鉄砲と比べて耐久面はどうだ?」


「さすがご領主様です。そこまで予想されておりましたか」


 銃蔵が大きく目を見開き、彼の背後に控えていた他の鉄砲職人たちからもどよめきにも似た歓声が上がった。


 職人たちから向けられる憧憬しょうけいの眼差しが妙にこそばゆく居心地が悪い。

 彼らの視線に気付かない振りをして銃蔵をうながす。


「耐久面とそれに起因する命中精度について報告しろ」


「火縄に代わる燧石ひうちいしの耐久が低く、連射を繰り返しますと不発が頻繁に発生いたします。また、発砲時の衝撃が従来の鉄砲より大きく、命中精度が落ちてしまいます」


 概ね伊東さんの予想した通りだ。

 茶室での伊東さんの長文が蘇り、聞こえるはずのない熱のこもった声と見えるはずのない伊東さんの顔が脳裏をよぎる。


 フリントロック式とパーカッションロック式の銃の開発も伊東さんの知識と情熱があったから着手できたことだ。

 本人は『島津が怖いから』と言っていたが、あの情熱無くして、新型の銃と大砲の開発はなかった。


 引き金を引くと従来の鉄砲よりもわずかに遅れて弾丸が発射される。

 続いて弾丸の発射音が木霊し、木の的が小さく揺れた。


 標的の端をかすったか。


「どうも鉄砲は不向きなようだな」


 苦笑しながら独り言をつぶやくと、右京と百地丹波、銃蔵の声が重なる。


「殿が戦場で鉄砲を撃つことはないでしょうから、気にすることはありませんよ」


「殿の護衛は我々にお任せください」


「いえいえ、試射されるお姿は実に堂々とされておりました。的をかすめたのは鉄砲の命中精度の問題でございます」


 見てろよ。

 そのうちリボルバーの開発が済んだら、二丁拳銃で戦場に立ってやるからな。


「弐式の試射は十分だ。参式を頼む」


「こちらが参式になります」


 銃蔵が掲げるようにして持った参式に手を伸ばすと、鉄砲に触れる前に全身に鳥肌が立った。


 本来なら二百年先に登場する兵器。

 完全なオーバーテクノロジー。


「弐式の開発は間に合うかもしれないと思っていたが、参式の開発が間に合うとは嬉しい誤算だよ」


 間に合う、間に合わないのレベルじゃない。

 参式の成功には二,三年はかかると思っていた。


「十分な人材と潤沢な予算があったればこそ、でございます。いえ、最大の理由はご領主様の発案があったからでございます」


「私が示したのは到達すべき理想の形だ」


 伊東さんから聞いたパーカッションロックの機構を下手な図面と文章で伝えただけだ。たったそれだけのことで試行錯誤しながら実現してしまう職人たちには頭が下がる。


「すべてはそこからでございます」


 その言葉を背に受けながら標的に狙いを定める。


「褒美に何を望む? 要望があれば言いなさい。できる限りのことをしよう」


「ご領主様に長生きをして頂ければ十分でございます」


 標的に向けて引き金を引いた。

 銃声が山間に鳴り響き、標的の木の板が弾け飛んだ。


「そんなものは褒美でも何でもないよ」


「この豊かな美濃がいつまでも続くことが、妻や子どもたちが笑顔でいることに繋がります。妻と子どもが笑顔でいられれば我々は前に進めます。我々職人はこの施設で存分に腕が振るえることが何よりの望みです」


 そこで一拍おくと、その場に平伏して話を再開する。


「先のご上洛の際、戦いの最中さなかに落馬され、大怪我をされたと聞いております。いま、ご領主様の身に何かあれば、この豊かな国は夢のように消えてしまいます。何卒御身を大切になさってくださいませ」


 銃蔵に従っていた職人たちも一斉に平伏した。


 まいったな。

 大怪我などと大袈裟おおげさな。


 ここで『あれは大したことなかったんだ』、と言ったところで解決にはなりそうにない。


「そうだな。あれは私自身も軽率だったと反省している。領民のためにも無茶はしないと約束しよう」


「ありがとうございます」


 銃蔵に続いて平伏した職人たちからも声が上がった。

 そして、背後から右京の声が。


「殿、その言葉信じてもよろしいのですね。重光しげみつ様と善左衛門ぜんざえもん様にもお知らせしないと。きっとお二人ともお喜びになりますよ」


 ちょっと、待て、お前!

 何を言ってるんだ!


「右京、そのことは後ほど話をしようか」


「あとでですか? 分かりました」


 よし、取り敢えずこの場は凌げた?

 のかな?


「銃蔵、参式の細かな点については後で話をしよう。陽が落ちる前に大砲の試射を頼む」


「あちらが大砲壱式でございます」


 麻が被せられた荷車を指した。


 ◇


 大砲壱式の発射音が空気を震わせ、着弾した砲弾が土を舞い上がらせ大地を揺るがした。

 砲撃に驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。


「予想以上の破壊力だな」


 大砲は大型船への搭載も可能な壱式。

 通称フランキ砲と呼ばれる大砲だが、国崩しと呼んだ方が一般的には馴染みがあるかもしれない。


 因みに、大砲弐式と呼んでいるのは分解して持ち運び、目的地で速やかに組み立てられる代物を要求していた。

 残念ながら弐式の方は分解組み立ての構造を試行錯誤している段階だった。


「今回は壱式のみの試射となります」


「十分だ」


 正直、背中に寒気を覚えた。

 右京と百地丹波も砲弾がえぐった山肌を見入ったまま言葉がない。


「耐久はどうだ?」


 銃蔵に訊いた。


「連射は十発が限界です」


「予想よりも少ないな。二月までに耐久度を上げるのは難しいか?」


「厳しいかと」


 無理強いをして実戦で十一発目に暴発してもこまるし、ここは現状の耐久度で運用を考えるか。


「では、一月末までに十門の製造が可能か?」


「畏まりました」


「二月ではないのですか? てっきり北条家への援軍に投入するのかと思いました」


 銃蔵の返事と右京の疑問の声が重なった。


「では、たのんだぞ」


 銃蔵にそう告げて右京と百地丹波を振り返る。


「北条家への援軍で投入する。ただし、十門の大砲壱式を海路で北条領へ運び込む」


 まあ、他にも思惑はあるが、いまはこんなところだろう。


「十門すべてですか?」


 声を挙げたのは右京だけだったが、その場にいた者すべては驚きの表情を顕わにしていた。


「十門すべて、九鬼嘉隆の指揮する九鬼水軍で輸送する」


「九鬼嘉隆殿はこのことを……?」


「熱田視察の際に話すつもりだ。大任だから喜ぶぞ、きっと」


 俺の言葉に同意する者は一人もいなかった。

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