第157話 新しい町

 来客は建造中の町の町長と農作物の栽培実験の取りまとめを兼任している究蔵きゅうぞうを筆頭に、大工の木蔵もくぞう、鍛冶師の鉄蔵てつぞう、鉄砲鍛冶の銃蔵じゅうぞう、そして数か月前から領内の商業の取りまとめを任せている商人の商蔵しょうぞうの五人。

 彼らを呼んだ目的は現在建設を進めている新しく建造中の町の視察と新兵器開発の進捗確認のためだ。


 俺と百地丹波、右京の三人は彼らの案内で稲葉山城の城下町から少し離れた場所に建造中の町へと向かっていた。

 緩やかなカーブを抜けると町の全景が視界に入る。


 荒れ地の中に現れた小さな町を指して右京が得意げに言う。


「どうですか、殿。随分とそれらしくなってきたでしょう」


「随分と町らしくなってきたじゃないか」


「でしょう? 私も責任者として鼻が高いです」


「職人たちのお陰だろ?」


 得意げな右京をからかうように言うと、


「まあ、その通りなんですけどね」


 気にするでもなくあっけらかんとした口調で認めた。

 だが、実際には職人たちをまとめてよくやってくれている。


 右京は俺の側近のなかでも人懐っこいし融通も利く。

 身分にこだわらないのはもちろん、他国から移住してきた職人たちにも分け隔てなく接している。


 これでもう少し勤勉なら申し分ないんだが、その辺りは今後の課題だな。

 再び建造途中の町へと視線を移す。


 他の町や村と比べて異質なことはすぐに見て取れた。

 稲葉山城の城下町どころか、京の町でも見ないような大型の建造物が幾つも立ち並んでいるのが目立つ。


 そして、その半数近くが建設途中なのもすぐに分かる。

 傍らを歩く木蔵に訊く。


「工房の建設が予定よりも随分と進んでいるようだな」


「はい。大工が予定よりも多く移住してきましたので」


 木蔵が答えると究蔵がすぐに続く。


「人数もございますが、最近では木蔵も人を使うのに慣れてきましたので、効率よく作業が進められてるようです」


「いえいえ、私の力ではございません。ご領主様が積極的に他国から職人を集めてくださったからでございます。お陰様で人手には困りません」


 その集まった人手を効率よく配置しているのを究蔵は褒めたんだけどな。

 俺は内心で苦笑しながら訊く。


「職人同士のもめ事はないか?」


「ございません。それどころか、新しく移住してきた者たちは初めて眼にする技術や新たな技術を試すことのできる施設と資金に驚きと喜びが隠せずにいます」


 木蔵の答えにうなずいて、視線を他の者に移すと鉄蔵と銃蔵からも答えがすぐに返ってきた。


「職人だけではございません。揚水機や水車、手押しポンプなどを目の当たりにし、彼らの家族たちも驚いています」


「特に手押しポンプと石鹸せっけんは女たちからの評判がとてもいいです」


「最近では新しく移住してきた者たちが驚く顔を見るのが楽しみの一つになっております。先週移住してきた一団のなかには、美濃の生活の豊かさにむせび泣く者までおりました」


 と究蔵が付け加えた。

 楽しそうだな。

 クギを刺しておくか。


「何も知らない人たちをあまり驚かすものじゃないぞ。ほどほどにな」


「申し訳ございません、気を付けます」


 従来からいる職人と他国から移住してきた職人たちとの間で軋轢あつれきが生じるのではないかと心配していたが杞憂きゆうだったようだ。


「殿、驚かせるなというのは難しいでしょう」


 右手側から右京の声が聞こえた。


「他国の者たちからすればここには想像もしたことがないような道具や技術があります。それに生活も夢に見たものよりもずっと豊かなのだと思います。間違いなく誰もが驚きます」


 そう言うと、後ろを進む百地丹波に話を振る。


「百地様もそう思いますよね?」


「右京様のおっしゃる通りです。初めてこの地を訪れた際、この国のあまりの豊かさとこれまでの自分たちの生活の貧しさ、厳しさを思い返して涙したものです。ちょうどそのときは桔梗も同行しておりましたが、同じように驚き涙しておりました」


 いつになく饒舌じょうぜつだな。

 桔梗の話を差し込んでくるあたり、今回の縁談には思うところがありそうだな。

 あとでじっくりと話し合うか。


「ご領主様、入り口です」


 究蔵が『町』とだけ書かれた看板を指した。

 そう言えば、この町はまだ名前がなかったな。


「右京、視察中に町の名前を考えておけ」


「え? 私が命名してもいいんですか?」


「ああ、責任者はお前だ。任せる」


「畏まりました!」


 弾む声が返ってきた。


 建造中の町は大きく四つの区画に分けてある。


 一つは農業関係の研究開発施設を集めた農業試験場区画。

 国内の野菜の栽培実験、外国から渡ってきた野菜や果物の試験栽培や土壌改良、肥料の改良を中心に進めている。


 一つは各種工房を集めた工房区画。

 ここには、鍛冶、鉄砲製造、木工、ガラスや和紙、絹織物など、さまざまな製造施設、完成品や材料の保管庫が建設中だ。


 そして、試験場や工房で働く者とその家族を集めた居住区画。

 最後はこの町で使う生活物資や材料の仕入れ、開発された製品を外部に販売する役割を負った商人たちが出入りする商業区画になる。


 その商業区画の端に設けられた入り口を俺たちは潜った。


 ◇


 工房区画にある警備兵たちの詰所の一室に腰を落ち着けると、究蔵、木造、鉄蔵、銃蔵、商蔵の五人に改めて礼を言う。


「今日はわざわざ迎えにまで来させてすまなかった」


「滅相もございません」


 口を開いたのは町長でもある究蔵だ。

 他の四人は無言で平伏していた。


「楽にしなさい」


 他の者たちが顔を上げるのを待って話を続ける。


「今日はいい報告が聞けると期待してもいいのかな?」


 鉄蔵に取りまとめを任せ、実作業のリーダーに銃蔵を据え、領内での鉄砲の生産と将来に向けての改良を進めさせていた。


「良いご報告ですか……」


「冗談だ。そんな一足飛びに結果が出るとは思っていない」


 鉄蔵は胸をなでおろして言う。


「では、ご報告させて頂きます。まず、鉄砲の生産ですが、職人の数も増え順調に進んでおります」


 大和を中心に鍛冶職人を移住させ、工房も増設して鉄砲の生産ラインを作り上げていた。

 それとは別に大規模な生産工場も建設中である。


「木蔵、鉄砲の生産工場はいつ頃完成する?」


「年内には何とか」


「それなら来年の二月末までには鉄砲三千丁は揃いそうだな」


 絹やガラス製品、和紙などを欲している南蛮商人を通じて、それこそ他国へ流出しないように細心の注意を払って買い漁っていた。


 年内に保有数が二千丁になる予定なので実際には工房で千丁製造できれば計画の三千丁に達する。

 十分に現実的な数字だ。


「ただ、一つ問題がございます」


 深刻な面持ちの銃蔵に聞き返す。


「どうした?」


「火薬の生産が思うように進みません」


「硝石か?」


「殿から教えて頂いた方法で作れる硝石では、ご要望の火薬をご用意するのは難しいです」


 やはり国産の硝石には限界があるか。


「商蔵、硝石の輸入はどうなっている?」


「南蛮人から購入の約束は取り付けているのですが、いつ頃届くかは……」


 言葉を濁した。


「硝石を最も多く納入した南蛮商人に最も多くのガラスをおろせ。いや、相手が望む商品を望むだけ卸して構わない」


 足元を見られるのは面白くないが背に腹は代えられない。


「承知いたしました。早速そのように南蛮商人へ周知いたします」


 鉄砲三千丁。

 信長が長篠で投入した数だ。


 火薬の製造ができれば、それを来年の三月には戦場に投入できる。


「続いて、改良の方はどうなっている?」


「こちらが改良型壱式でございます」


 差し出されたのは一丁の鉄砲で、見た目にはこれまでの鉄砲と何も違いがない。

 鉄砲の改良の課題の一つに口径の統一がある。


 戦国時代の鉄砲、いわゆる火縄銃はそれぞれ口径が微妙にことなり、鉄砲に合わせた弾丸を用意する必要があった。

 すべての鉄砲の口径を同じにできれば、共通の弾丸が利用でき、戦場での運用が大きく変る。


「それで口径の統一はどの程度までできるようになった」


「精度はかなり上がってきていると思いますが、やはりまだずれがあります。三つの班に分けて改良を重ねておりますが、それぞれの班毎であれば問題にならない誤差まで精度が上がっています」


「つまり、その班で造った鉄砲なら同じ弾丸を利用できるのだな?」


「さようでございます」


「各班、二月末までに何丁の鉄砲を製造できそうだ」


「口径に影響しない部分で他の職人の手を借りられれば、各班、三百丁の製造ができると思います」


 察しがいいじゃないか、銃蔵。


「従来の鉄砲の製造を中止して、各班にそれぞれ、壱式のイ、壱式のロ、壱式のハとして口径を統一した鉄砲を生産させろ」


「畏まりました」


 よし、次だ。


「改良型弐式はどうなっている?」


「試作品がこちらになります」


 銃蔵が布を広げると、二丁の鉄砲が現れた。

 手前の鉄砲を手にして、


「こちらが改良型弐式でございます」


 フリントロック式の鉄砲だ。

 本来、歴史に登場するのは数十年先の代物である。


「そしてこちらが、改良型参式でございます」


 もう一丁の鉄砲を差し出す。

 こちらが本命だ。


 一九世紀にならないと登場しないテクノロジー。

 パーカッションロック式の鉄砲。


 戦国時代の鉄砲と同様に銃口から弾丸を装てんするのだが、最大の利点は雨天でも発砲が可能だと言うことだ。


「試射はしたのか?」


 改良型参式――パーカッション式の鉄砲を受け取りながら銃蔵に訊く。


「はい。雨の日も弾を放つことができました」


「弐式と参式で生産性に大きな違いはあるか?」


「多少はありますが、慣れてしまえば気にするほどの差はございません」


「では、弐式の開発を中止し、参式の開発に予算と人員を割け」


「畏まりました」


「それで、来年の二月末までにどれだけの数を揃えられる?」


 来年、北条家へ派遣する増援部隊の秘密兵器の一つがこれだ。


「壱式を量産しなければなりませんので、百丁が精一杯かと」


 百丁か……。

 もう少し数を揃えたかったが……。


 雨天、三千丁の鉄砲が使えないと思って仕掛けてきた敵を、五千丁のクロスボウによる面での矢の雨と百丁のパーカッションロック式の鉄砲で迎え撃つ。


 敵の驚く顔が目に浮かぶ。

 使いどころさえ間違えなければ百丁でも十分な効果は期待できるだろう。


「分かった。百丁で十分だ」


「畏まりました」


「さて、次だ。大砲の開発はどうなっている?」


 今回の遠征の最大の秘密兵器について切りだした。

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