第150話 三条家からの文
いつもの部屋。
いつものプチ評定。
いつもの参加メンバー。
用意したのは大人十二人が余裕で入れる大きさのコタツ。
コタツで温まっているのは、
絵面だけならのどかな事この上ないのだが内実は違う。突然届いた難問を眼の前にして、室内にいる者たちは一様に押し黙っていた。
視線の先にあるのはコタツの上に置かれた一通の手紙。
皆が押し黙るなか、善左衛門が俺を恨めしそうに見ながら口を開いた。
「はて? 殿は我らに何か隠し事をしているのではありませんか?」
「隠し事をしているのは認めるが、この話は私も初耳だよ」
一時間ほど前に三条家からの使者が到着した。使者そのものは下っ端なのでどうでもいいが、問題は携えていた手紙だ。
「殿もご存じないとなると、
そう口にすると重光叔父上が考え込むように
手紙に書かれていたのは婚姻の催促と、
「二人ですか……」
と善左衛門。
そう、迎えに行く姫は二人だ。
一人は
こちらは来年には
だが、もう一人の
憬姫は北条さんに嫁ぐ予定のロリ姫だ。
俺はコタツの上に放り出してあった手紙を手に取った。
『竹中様が国に帰られてからも少しの間は京の都も落ち着いていたのですが、最近はまた不穏な空気が漂っています――――』
長々と理由が書き連ねられているが、要約すると『京の都は危険だから久作の許嫁である暁姫と北条さんの許嫁である憬姫を保護して欲しい』、と言うことだ。
よりによって何でこのタイミングなんだよ。
今回のプチ評定の主議題として『北条家への増援部隊の編制』を提案した途端、三条家からの使者の到着が知らされた。
俺が総大将として出馬することを伏せ、久作の増援という建前で出馬メンバーを選出するところまで持っていこうと意気込んでいただけに、出鼻をくじかれたようで面白くない。
とは言え、
「三条家からのご使者が持ってきた手紙について、
来年には出陣しようというのに、他家へ嫁ぐ姫を預かるなんて勘弁して欲しい。
上手く断る知恵を出してくれ、頼む。
「少し独断が過ぎるようですね。こういう事は早めにクギを刺しておいた方がよろしいかと思います」
重光叔父上がそう口にする横で善左衛門が大きくうなずく。
「確かに。こういう事が続いてもこまりますから、いい機会かもしれませんな」
「では、二人の姫を迎えに行くのは断るということでいいかな?」
よし、次はお断りの理由だ。
俺が安堵すると即座に光秀が希望を打ち砕く。
「三条家より、こうして正式に使者を立てての申し出があった以上、お断りするのは大変失礼にあたるかと」
そこへ、叔父上と善左衛門が続く。
「先手を打たれた以上やむを得ません。ここは素直に迎えに上がりましょう」
「今後、勝手なことをされないようクギを刺すのが精一杯でしょうな」
予想はしていたが、やはりそうなるか。
迎えに行くのは
「分かった、三人の意見に従おう」
俺が渋々同意すると本多正信が待っていたように口を開く。
「殿、ここは三条家の顔を立てるのが得策と思います。盛大なお迎えと十分な手土産を用意するのがよろしいでしょう」
「どういうことだ?」
「三条家の本家は断絶しております。残されたのは
「知っている。
三条家の再興って、確か今川さんのところにいる
本多正信が口元を綻ばせる。
「近い将来、久作様のご子息を三条家の養子とし、成人の暁にはご当主として三条家を再興させて頂く、というのはいかがでしょう?」
赤の他人の三条西実枝が当主として再興するよりも、北条さんの息子なり久作の息子なりが再興した方が俺たちにとっても都合がいいか……。
だが、問題もある。
「暁姫と憬姫は、三条家の姫として嫁いでくるが、血筋的には末端も末端だから難しいんじゃないのか?」
「そこはこれからの朝廷との付き合い方次第かと思います」
三条家の悲願は本家の再興。当家なり北条家なりの後ろ盾なしでは難しいことくらい分かっているはずだから、あとは朝廷――帝と他の公家たちを納得させるだけか。
史実で三条家を再興する三条西実枝は今川さんに抑え込んでもらえるだろう。
「悪くない考えだ」
やっぱり悪い奴だ。
本多正信、お前を参謀にして正解だったよ。
俺は口元が綻ぶのを抑えて、居並ぶ者たちに訊く。
「正信が口にしたいまの考え、皆はどう思う?」
「さすが正信だ。好ましくない状況を好転させる素晴らしい考え方だ」
叔父上に続いて光秀が身を乗りだして言う。
「当家にとって損にはならないと思います。将来の三条家当主の座はもちろんですが、北条家の未来の奥方様をお預かりできることは、当家と北条家の結びつきを益々強くするでしょう」
その傍らで善左衛門が涙ぐんでいた。
「竹中家から公家の当主が……」
気が早いよ。
「将来は盤石ですね」
左近、見通し甘すぎるだろ。
「丹波と嘉隆はどう思う?」
いつものようにポーカーフェースを決め込んでいる百地丹波と放心しかけている九鬼嘉隆に話を振る。
「大変素晴らしいお考えと思います」
「え? 俺、いえ、私ですか? いえ、意見なんてありません。殿のお考えに従うまでです」
二人とも月並みの答えだな。
初めてプチ評定に参加する九鬼嘉隆はともかく、百地丹波にはもう少し積極的に意見を述べて欲しいのだが、まだ早いか。
「では、京へ暁姫と憬姫を迎えに行くとしよう。ついては、その大役を誰に任せるかだ」
俺の言葉に叔父上が即答する。
「公家が相手ですので、作法やしきたりに明るい明智殿がよろしいかと思います」
「重光様の意見に私も賛成です。明智殿なら京で勇名を轟かせていますし、三条家としても心強いでしょう」
と善左衛門が続いた。
「過分な評価を頂き誠にありがたいことですが、現在、私は殿より尾張を任されております――」
明智光秀の言葉を遮って言う。
「光秀の働きで尾張は大分落ち着いている。短期間なら他の者でも問題なく統治できるだろう。それよりも、三条家の二人の姫をお連れする方が重要だ。何と言っても、憬姫は
「確かに大役ですな」
光秀の顔に緊張の色が浮かんだ。
「
浅井領は無条件で通過できるとして、問題は六角領と三好領だ。
表面的には六角家と友好関係にある当家だが、浅井家や朝倉家とも一年以上もの間もめ事がない。
「礼と牽制ですか、殿らしいですな」
「やってくれるな、光秀」
「畏まりました!」
コタツから抜けだした光秀が平伏し承諾の返事をした。
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