第148話 1560年12月『茶室』(2)

 北条さんから語られた関東の情勢は百地丹波から受けていた報告と概ね相違はなかった。


 長尾景虎は厩橋まやばし城を拠点に、関東の諸勢力を味方にしようと頻繁に書状や使者を出しているが思うように取り込めていない。

 味方が少ないので真っ向から北条家に戦いを挑むこともできず、已む無く北条家の領内を荒らし回ることに力を注いでいるそうだ。


 大義名分を掲げた軍事力のある盗賊が領内を荒らし回っているようなものだ。

 新当主となって間もない北条さんとしてはここをどう切り抜けるかで今後に大きく影響がでてくる。


(北条さんもさぞや胃が痛いことだろうな)


 北条氏規

 長尾軍の規模は七万弱に膨れ上がっています。


 今川氏真

 史実では十万超えたんだっけ? それが七万とは随分と削られたもんだよな(ゲラ)


 北条氏規

 私や今川さんは竹中さんから史実を教えて頂いたので、随分と規模が小さくなったな。という目で見ていますが、関東の諸勢力は長尾軍の規模に戦々恐々としています。


 今川氏真

 だよなー。うちの連中も長尾軍の動きが伝わってくる度に顔色を変えているよ。


 北条氏規

 うちもです。家臣だけでなく、北条氏康ですら胃の辺りを押さえていました。


 今川氏真

 そんな中で平然としていると、それだけで『殿は落ち着いていらっしゃる』『桶狭間の戦いで一皮むけた』『何と豪胆な主だ』ってなってるぜ。お陰で俺の評判はうなぎ登りよ。


 安東茂季

 今川さん、割と楽しんでる?


 最上義光

 北条さんと今川さんで随分と温度差がない?


 今川氏真

 楽しんでる余裕なんてある訳ないじゃん。これでも日々頭と胃を痛めてるんだぜ。


 北条氏規

 本当、頭と胃が痛いですよ。史実よりも少ないとは言っても七万弱。しかも、諸勢力を取り込む気はまだあるようで、いまだにあちこちへ手紙をだしています。


 安東茂季

 随分と筆まめだね(笑)


 小早川繁平

 他に連絡手段がありませんから手紙が多くなるのは仕方がないと思いますよ。


 一条兼定

 手紙は外交の基本だよ。俺も随分と手紙を書いたなー。特に朝廷とか三条家とか。


 北条氏規

 一条さんには感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。


 最上義光

 嫁さんと朝廷工作と外交のどれだろう?


 伊東義益

 嫁さんはもちろんそうでしょうけど、朝廷工作や外交関係もですよね?


 一条兼定

 伊東さん、そこでなぜ疑問形(笑)


 今川氏真

 嫁さんのことだろ。北条さん、似顔絵をみて歓喜してたよ。


 小早川繁平

 今川さん……、そこはオブラートに包みましょうよ。


 今川氏真

 いや、まだ続きがあるんだ。『京へ迎えに行く』と言いだして北条氏康と幻庵爺さんに怒られるくらい舞い上がっていたぜ。


 最上義光

 何をしているんですか、北条さん……。


 安東茂季

 余裕だね、北条さん! 楽しそうで、羨ましいよ。


 一条兼定

 いやー、舞い上がる気持ちも分かるなー。実際、可愛らしい姫だったよ。


 伊東義益

 少し幼い感じがしましたが可愛いらしかったですよね。


 竹中半兵衛

 私も似顔絵も見せてもらいましたが、実物の方が何倍も可愛らしいですよ。北条さんの好みの姫をよく探しあてたと感心しました。


 小早川繁平

 お嫁さんですか……。私も早く結婚したいです。


 北条氏規

 嫁さんと外交もそうですが、やはり朝廷工作が一番効果を発揮しています。


 安東茂季

 スルーしたね、北条さん。


 北条氏規

 一条さんの朝廷工作のお陰で高い官位を頂けました。


 最上義光

 従四位下・右近衛中将うこんえのちゅうじょうでしたね。


 北条氏規

 はい、そうです。その高い官位と関東管領職が併せ持つ影響力はとてつもなく大きいです。これまで難色を示していたり足元を見ていたりした諸勢力が次々と北条方へなびいてきました。さらに、長尾軍に与した諸勢力の一部も北条方へ傾きつつあります。


 安東茂季

 もしかして、長尾景虎を返り討ちにできそうとか?


 北条氏規

 相手は軍神・長尾景虎です。さすがにそこまでは無理でしょう。ですが、さんざん荒らし回ったのに何もなしで帰すつもりはありません。


 最上義光

 欲をかかない程度にやり返すのか……。長尾景虎相手だとそれでもちょっと怖いですね(苦笑)


 伊東義益

 具体的に何をするつもりなんですか?


 北条氏規

 最大の目的は長尾景虎の関東遠征を頻繁に繰り返させないことです。願わくは二度と来て欲しくありません。基本は越後への帰路が利用できる雪解けのタイミングで朝廷から和睦の使者なり手紙を長尾景虎と北条家へ出してもらいます。長尾景虎は朝廷を重んじていますし、その時期なら略奪という最大の目的を達してます。何よりも兵士たちも越後に帰りたがるでしょう。


 一条兼定

 朝廷から和睦の手紙がでる手はずは整っているよ。あとは北条さんからのGOサインだけだ。


 小早川繁平

 それだと長尾軍は関東から引き揚げるでしょうが、略奪をして関東遠征の十分な成果を上げてしまいますよね?


 北条氏規

 そこで長尾景虎が関東遠征を繰り返したくなくなるよう、幾つか手立てを考えています。先月の茶室で竹中さんが立案してくれた作戦を骨子にして私がアレンジした作戦をこれからお話しします。皆さんにその作戦案に対して改案の意見や補足をお願いしたいと考えています。もちろん、その後の協力もです。


 今川氏真

 任せておけ!


 北条氏規

 今回の長尾景虎の関東遠征の罪を長尾軍に与した関東の諸勢力に被ってもらいます。


 最上義光

 あの酷い作戦ですね。


 安東茂季

 あの作戦を初めて聞いたとき、北条さんの腹黒さを痛感しました。


 一条兼定

 その後、竹中さんがあれこれと案を出してもっと酷くなったよね(笑)


 今川氏真

 今回敵対した連中はまとめて涙目になってもらおうぜ(笑)


 安東茂季

 今川さんが楽しそうだ。


 小早川繁平

 それだけ長尾軍とそれに与した諸勢力に対して怒り心頭ということでしょう。


 伊東義益

 貧乏くじを引くのは長尾軍に与した関東の諸勢力ですか。何とも気の毒な作戦です。


 竹中半兵衛

 今回の作戦がなくても長尾軍が越後に帰れば強力な後ろ盾がなくなるわけですから、北条さんから報復を受けるのは簡単に想像できそうなものですよ。


 今川氏真

 想像力に乏しい連中なんだろうな。


 一条兼定

 想像できても、今、関東に居座っている長尾景虎軍が怖かったんだと思うよ。


 安東茂季

 弱小の悲哀だねー。他人ごとじゃないわー。


 北条氏規

 こちらも一条さんにお願いしてありますが、長尾景虎は不問とし悪いのは長尾景虎を煽って略奪に走らせた、彼に与した関東の諸勢力ということにして、長尾景虎に与した関東の諸勢力には損害賠償を支払うよう朝廷からの手紙に書いてもらいます。


 一条兼定

 竹中さんのアドバイス通りの手紙がだされる予定だよ。問題ないよね?


 北条氏規

 ありがとうございます。首謀者の長尾景虎はおとがめなしで協力した関東の諸勢力が割を食うから、彼らの恨みが長尾景虎に向く可能性が大きくなる。という竹中さんのアドバイスに従っての作戦ですから、その辺りは問題ありません。


 最上義光

 敵対した関東の諸勢力は支払いますか? 支払わなかったら攻めるのかな?


 北条氏規

 支払わせるのが目的ではありません。むしろ、長尾景虎に与した勢力でも北条家になびくようなら不問とし、北条家と完全に敵対関係にある勢力を攻めるのに協力してもらいます。


 伊東義益

 長尾景虎に与しそうな勢力を、今回の騒動を理由にして一掃する訳ですね。


 北条氏規

 一掃できればそれに越したことはありませんが、長尾景虎が次に関東にでてこようとしても積極的に味方する勢力がいない状態にしたいですね。

 

 伊東義益

 長尾景虎に直接ダメージは与えられないけど関東への足掛かりをつぶしておくという面と、北条家による関東支配を盤石にするという面の二つの効果を狙った作戦ということか。


 安東茂季

 長尾景虎が涙目になるところが見たかったなー。


 最上義光

 いや、それは危険だから。長尾景虎が八つ当たりするとしたら、越中の神保と越前の朝倉もそうだけど、うちも十分に八つ当たり候補になるからね。


 安東茂季

 そのときは声援を送るよ。


 最上義光

 援軍でお願いします。


 北条氏規

 話を戻しますね。長尾景虎軍を無傷で帰すつもりはありません。全面衝突は避けたいですが、ひと当てふた当てくらいはしてやろうと思っています。


 竹中半兵衛

 長尾軍とやり合うんですか? その作戦は初耳ですね。


(ひと当てふた当てとは言っても長尾軍と衝突するとなると、久作だけに任せてはおけないよな。これは俺が出馬することも考えて作戦立案に参加した方がよさそうだ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る