第147話 1560年12月『茶室』(1)

(今年最後の『茶室』か……、何だかあっという間だったな)


 俺は眼前のノートパソコンに表示された『茶室』の画面を見ながらシミジミと思った。

 そして次々と表示される七人の転生者たちの名前を見て、全員が無事であることに心から安堵する。


 そして先月の茶室……、一条さん、伊東さん、小早川さんと初めて会った後の茶室で湧き上がった感情が再び蘇った。

 

 画面を通して人のぬくもりを強く感じる。

 ノートパソコンの画面に文字が表示されているだけなのに、彼らの豊かな表情が浮かび、楽しげな声が脳内で再生される。


(先月は画面の前でボロボロと涙を流したな)


 その日の夕方――、わずか数時間前まで三人と会って話をしていたのに……。

 自分でも予想しなかった。


 泣きだすなど思ってもいなかった。

 三人の名前を見た途端、とめどなく涙が流れた。


(ダメだ、また泣きそうだ)


 あのあとは、北条さんや今川さんを交えて、初めて会ったときのことや、その後の茶室でのことを止めどなく話した。

 特に今川さん、『いままで誰にも言えなかったんだ! これで気持ちを共有できる仲間が増えたぜ!』と大はしゃぎだったな。

 北条さんも随分と嬉しそうだった。


 その記憶があたたかさを蘇らせる。


 キーを打つ間、自分の口元が緩みっぱなしなのに気付いて思わず笑いが漏れてしまった。

 そして、再び頬を涙が伝う。


 竹中半兵衛

 こんばんは。今年最後の『茶室』ですね。


 一条兼定

 そうか、次の茶室は新年かー。感慨深いねー。


 伊東義益

 こんばんは、竹中さん。家中の方は落ち着きましたか? 因みに、うちは落ち着く気配すらありません(苦笑)


 小早川繁平

 こんばんは。竹中さんや伊東さんとお別れしてから初めての茶室ですね。さっきから涙が止まりません。


 一条兼定

 分かる、気持ちは痛いほどわかるよ。


 伊東義益

 私もようやく涙が収まったところです。でも、竹中さんが来たから、またウルッとしています。


 竹中半兵衛

 やっぱりそうなんですね! いやー、同じ感情を共有出来て嬉しいです。


 今川氏真

 俺も北条さんと初めて会ったときは泣いたなー。


 北条氏規

 いつか、全員で会いたいですね。


 安東茂季

 誰ともあったことない。いま、もの凄い孤独感に襲われている。


 最上義光

 安東さん、私で良かったら今度会いましょうよ。


 安東茂季

 おお! 最上さん、是非会いましょう。


(ダメだ、脱線しそうだ)


 竹中半兵衛

 ところで、どんな話をしていたんですか?


 最上義光

 雑談でちょうど官位の話をしていたところです。


 伊東義益

 どこの家中も騒ぎが収まっていないという話をしていたんですよ。


 一条兼定

 家中どころか領民や他国も騒いでいるけどねー。


 北条氏規

 当家もです。関東管領職の件もありますし、家中よりも他国や近隣の諸勢力の方が騒いでいます。


 安東茂季

 そうそう、俺のところなんてもう大変よ。兄の愛季ちかすえが無位無官なのに弟の俺が、正五位下・刑部大輔ぎょうぶのだゆうと兼任で従五位下・陸奥守むつのかみを賜ったもんだから、いまだに家中が騒然としているよ。


 今川氏真

 一番心穏やかじゃないのは愛季だろうな。


 伊東義益

 安東さん、それ放っておいて大丈夫なんですか? 下手したら源義経の二の舞になり兼ねないのでは?


 安東茂季

 ちょっとまって。義経の二の舞って、シャレになってないんだけど。


 最上義光

 安東さん、万が一のときはこっちに逃げ込みなよ。いつでもかくまいますよ。


 安東茂季

 ちょっと、匿うとか不吉なこと言わないで。


 今川氏真

 安東さんもさっさと兄の愛季を始末して本家の当主になっちゃえよ。


 北条氏規

 今川さん、そんな無責任なことを言っちゃダメですよ。


 安東茂季

 いや、今川さんはいいことを言ったよ。俺も本気で考えよう。


 竹中半兵衛

 何だかもの凄く不穏な空気が流れているんですけど、直前までの雑談って官位の話じゃなかったんですか?


 一条兼定

 竹中さんが来るまでは平穏な空気が漂っていたんだけどね(笑)


 伊東義益

 酷いですよ、一条さん(笑)


 竹中半兵衛

 何となく察しました。『源義経の二の舞』辺りからですね。


 小早川繁平

 正解です(笑)


 最上義光

 だいたい不穏な空気の発信源は安東さんか今川さんですよね


 今川氏真

 ちょ、それはないだろ。俺、最近は割と大人しいよ。最初の頃のことは忘れて判断してよ。

 

 北条氏規

 今川さん、落ち着いてください。皆さん分かっていてからかっているだけですから(笑)


 安東茂季

 皆の愛情を理解しなよ、今川さん(クスッ


 伊東義益

 安東さん強いですね。


 北条氏規

 話を戻しましょうか。


 一条兼定

 北条さん、官位の影響はどんな感じ?


 北条氏規

 とても助かっています。正直なところ、関東管領の役職だけではこちらの味方にならなかった勢力がたくさんあったと思います。


 最上義光

 関東管領と従四位下・右近衛中将うこんえのちゅうじょうの影響はやっぱり大きいんですね。


 今川氏真

 態度保留だった勢力のほとんどが北条側に付いたくらいだからな。武田家と今川家はもちろん、竹中家が味方になったのも大きいぜ。


 北条氏規

 お二人には感謝しています。今回はお二人の官位の影響も大きいです。正五位上・大膳大夫だいぜんのたいふと従四位下・弾正大弼だんじょうだいひつが味方ですからね。


 竹中半兵衛

 長尾景虎が歯噛はがみしている姿が想像できますね。


 伊東義益

 官位の面では北条さんが勝っている理解でいいですか?


 北条氏規

 官位もそうですが、兵力も拮抗きっこうしています。史実では10万と言われた大軍ですが、実際には6・7万というところでしょう。


 一条兼定

 勝機は十分にある?


 小早川繁平

 それは凄い! 勝てそうですね。


 今川氏真

 おう! 任せておけ! 越後の盗賊集団なんてひねりつぶしてやる!


 最上義光

 いやー、良かった。これで私も安心して眠れそうです。


 安東茂季

 最上さんのところは軍神ちゃんから近いからね。


 最上義光

 余力があったら寄り道されそうな場所です。


 北条氏規

 何をもって長尾景虎に勝利したとするかですね。史実でも決して負けたわけじゃありません。可能ならしばらく関東に出て来られない、出てくる気にならないダメージを負わせたいです。


 今川氏真

 これまで通り、越中の神保や信濃の武田に目を向けて欲しいよな。


 一条兼定

 北条さん、何か具体的なプランがありそうだね(ワクワク)


 北条氏規

 兵力では互角以上ですし、あちらは遠征ですし疲労も蓄積してきているはずです。何よりも長引くほど兵士の士気は低下するでしょう。


 伊東義益

 史実だと6月頃に帰るんでしたっけ?


 北条氏規

 史実よりは早めにお帰り頂くつもりです。


 竹中半兵衛

 その決め手になるのが帝からの書状ですね。


 北条氏規

 はい、その通りです。その書状が届く前に長尾軍の兵を削り越後兵の心を折ります。


 一条兼定

 北条さん、強気だね。というか、心を折るのは長尾景虎のじゃなく越後兵?


 伊東義益

 どっちのこころが折れやすいかと考えれば、越後兵なんだろうね。


 北条氏規

 効果は似たようなものですから、より容易で被害が少ない方を選びました。


 最上義光

 さすが、北条さんだ。私たちは引き続き周辺勢力への工作でいいのかな? できる限りの協力をしますよ。


 北条氏規

 ありがとうございます。長尾景虎の兵力を削るのも越後兵の心を折るのも皆さんのご協力が必要です。特に今川さんと竹中さんと最上さん。そして一条さんです。


 今川氏真

 任せとけ!


 竹中半兵衛

 承知しました。


 最上義光

 何となくそんな気はしていました。でも、長尾景虎の留守を突いて越後侵攻は無理ですからね(笑)


 一条兼定

 俺は外交と調停工作かな?


 北条氏規

 具体的な作戦までは落し込めていませんが大まかな戦略というか構想は頭のなかにあります。今日の皆さんの知恵をお借りしながら具体的な作戦に落とし込みたいと思います。


 安東茂季

 知恵しか貸せないけど頑張るよ。


 小早川繁平

 知恵もはなはだ自信がありませんが、できるだけ頑張ります。


 北条氏規

 では、現在の関東の状況を説明させて頂きます。


 その後、北条さんから関東の最新の情勢が語られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る