第142話 官位授与前夜の雑談


 無事に大嘗祭だいじょうさいも終わり、都に集まっていた大名たちも徐々に領地に戻り始めた。


 そんななか、帝からの正式な官位の授与を明日に控えた俺たち三人と小早川さんは一条さんの屋敷に集まっていた。

 話す内容は賜る官位を中心に、『茶室』のノリで取り留めもない雑談を楽しんでいた。


 俺たち四人しかいない部屋に小早川さんの声が響く。


三河守みかわのかみをお願いする時間はあったでしょう?」


 茶室で触れた『三河守』が話題に挙がった。


「三河守の推挙権を得ると、約束通り佐久間信辰さくまのぶときにくれてやらないとならなくなりますから」


 この時代の武士は俺たちが考える以上に、官位や官職をありがたがる。ましてそれが朝廷から賜る官位となれば、その価値が俺たちの想像を絶する。それこそ、どんな火種になるかも分かったもんじゃない。


「茶室では織田信長の配下に三河守を与えるようなことを言っていませんでしたか?」


「ええ、そのつもりでした。佐久間信辰に三河守を与えて織田家中での火種になってもらう計画でした。ですが、他国の配下武将に私が官位を与えると、竹中の家中で火種になりかねないんです」


「それはつまり――」


「武士にとって詐称してまで欲しい官位です。まして朝廷から賜ったそれを他国の配下に与えては間違いなく不満を持つ者がでてきます」


「将来に禍根を残すのは間違いないだろうね。この時代の武士たちにとって官位はそこまで魅力的だってことさ」


 一条さんが話を引き継ぐと、感心したように小早川さんがうなずく。

 魅力もあるだろうけど、竹中の家中の事情も多分にある。


 俺は感心する小早川さんに補足の説明をする。


「取り込んで間もない東美濃勢と尾張勢ばかりか、稲葉山城を奪取するときから協力してきた西美濃勢を飛び越して他国の配下武将に貴重な官位を与えては、私を見限る勢力がでてこないとも限りません」


「そう言うことですか」


「長尾景虎が関東に攻めてきています。北条さんに迷惑はかけられませんから、慎重になった、というところです」


 小早川さんは納得したようにうなずくと、すぐに小首を傾げて別の疑問を口にした。


「そもそもの疑問なんですけど、武家の官位って朝廷から直接授与されても大丈夫なんですか?」


「なぜですか?」


「源義経が頼朝を飛び越して官位を授与されたからもめる原因になった、と記憶していたので」


 と小早川さんが少し自信なさそうに言った。


「私も詳しいことは知りませんが、確か、将軍から朝廷に申請して官位を授与される、と言うのが本来の流れのはずです。ですが、この時代はあちこちの武将が勝手に階位や官位を自称していましたから、今更、という気もします」


「なるほど」


「それに、我々としては足利将軍家の顔色をうかがうつもりは毛頭ありません」


「え? それって……」


 不安そうな表情を浮かべる小早川さんに、一条さんが悪そうな笑みで答える。


「朝廷を盛り立てて、足利将軍家には歴史の表舞台からフェードアウトしてもらおうと思っているんだ」


「ええ?」


 驚く小早川さんに一条さんがさらに口角を吊り上げて追い打ちをかける。


「足利将軍家を盛り立てて室町幕府を再興するよりも、朝廷を盛り立てて、俺たちが新しい幕府を建てた方が生き易い世の中になると思わない?」


「それは……」


 同意を求められても返事に困るよな。

 助け舟をだすか。


 俺は絶句する小早川さんになんでもないことのように言う。


「一条幕府でも竹中幕府でもいいんですよ。我々のなかから将軍がでればね」


 足利将軍家に取って代わる。ハッキリとそう言い切った。

 口元に笑みを浮かべた俺たちが驚く小早川さんを見つめるなか、


「まあ、その辺りのことも含めて次回の茶室で話し合いましょう」


 そう締めくくった。

 小早川さんが胸を撫でおろしたところで、伊東さんが『話は変わりますが』と前置きをして、


「本願寺を取り込めたと思いますか?」


 帝とのお茶会での出来事に突然話題を変えた。


 お茶会に列席していた俺たち三人だけでなく、目的と経緯を知っている小早川さんも口元を引き締める。


 一瞬の静寂の後、一条さんが口を開いた。


「表面的には取り込めたよね。少なくとも、帝の前で俺たちに協力することを承諾した。それと、楽市楽座を実施するのに寺をやり込めた事についても、不問にすると同意している。口約束とは言え、帝の前での約束だ、簡単に反故にするとは思えないけどな……。竹中さんはどう思う?」


「私も一条さんに同意です」


 口約束とは言え帝の前でした約束を簡単に反故にするとは思いたくない。

 それでも朝廷の力が弱い現状で、どこまで本願寺が俺たちに協力するかはまったく読めない。


「三人とも自信なさそうですね」


 俺たち三人の顔を見回して小早川さんが不安そうに言った。そんな彼の顔を見て一条さんが苦笑いを浮かべて言う。


「自信がないのはいつものことだよ。ただ、打てる手は全て打ったつもりだ。これでダメなら延暦寺じゃないけど、信長がやったように寺ごと焼き払うしかないんじゃないかな?」


「一条さん、冗談でもそんなことを言わないでください」


 伊東さんの助けを求める視線が俺に向けられた。


「お茶会までに打てる手は全て打ちましたが、それで終わりと言うわけじゃありません。まだ、これからも継続して手は打っていきます」


「聞くのが怖い気もしますが、どんな手立てを考えているんですか?」


 詳しいことは相談も含めて茶室で話すつもりだったが、


「話しちゃいなよ、竹中さん」


「そうですね。次の茶室で話題にするつもりですし、あらかじめ話しておけば小早川さんからも何からの案を貰えるかもしれませんよ」


 一条さんと伊東さんに背中を押される形で話す。


「本願寺といっても全ての寺に影響力がある訳ではありません。影響力のない寺や地域については、それなりに頑張ってもらうつもりですが、裏で彼らに気付かれないよう手助けをします」


「手助けですか?」


「具体的には影響力の低い寺や地域を我々が本願寺より先に取り込み、その後、本願寺が自分たちで取り込んだように思いこませます」


「それって、手助けじゃありませんよね……」


 若干引き気味の小早川さんに一条さんが言う。


「地元の取り込みは忍者を使うつもりなんだ」


「当然本願寺も人手不足になります。それを解消するためにも、本願寺が設立する陸送組織に地元の農民を装って、忍者かそれに準ずる者たちを潜り込ませる予定です」


「お陰で私たちは忍者組織を急遽拡大中なんですよ」


 苦笑しながら伊東さんが補足した。


「今度の茶室で今川さんと北条さんにも加担するようお願いするんですね?」


 小早川さんの質問に一条さんが即答した。


「既に手紙で合意しているよ」


「北条さんと今川さんはもちろん、安東さんと最上さんも乗り気でしたよ」


 伊東さんの捕捉に俺が同意する。


「そうですね、東北の二人の方が乗り気な感じでしたね」


「え?」


 茶室では話し合っていない内容だったので不思議に思ったのだろう。小早川さんが説明を求めるように俺へ視線を向けた。


「忍者を使って普通に手紙でやり取りをしていたんですよ。小早川さんに知らせなかったのは、脱出に専念をして欲しかったからです」


「そうでしたか」


「実際に忍者を使って手紙をやり取りして分かったけど、道路の整備は急務だと感じたよ」


 忍者からの報告を思いだしているのか、腕組みをして何度もうなずいた。


「海路と陸路の整備が進み、本願寺を使っての陸運が現実のものとなれば、錦の御旗と運輸を武器に、各地の大名や豪族たちを従えることも可能かもしれませんよ」


「竹中さんの言う通りです。武力は絶対に必要でしょう。ですが、可能なら武力行使は避けたいです。理想は朝廷の威光と経済で日本を統一することです」


 伊東さんに続いて、悪そうな笑みを浮かべた一条さんが言う。


「そこに小早川さんが中心となって医療を発展させれば、医療技術や知識も大名を従える武器になるんだよー」


 俺と伊東さんが賛同するように続く。


「大名だけでなく公家も医療技術と知識には関心を持つでしょうね」


「自分たちの命ですからね」


 ダメだ、俺と伊東さんも口元が綻ぶ。


「自分たちの寿命が人質かー。命を大切にする大名が多いと楽なんだけどなー」


 一条さんが楽し気にそう口にした。

 その後は他愛のない雑談が続き、気が付くと空が白み始めていた。

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