第139話 堺の豪商たち(5)

 さて、次は気になる茶道の状況と茶器の価値だ。

 今回、今井宗久いまいそうきゅう津田宗及つだそうぎゅうとの会談した主目的の一つでもある。


 史実でもそうだったが茶道に権威を持たせることで、茶の湯に参加させることが部下に対しての褒美となる。

 茶器もそうだ。

 高い権威がただの茶器を高額な褒美へと変える。


 史実同様、茶器や茶道の道具を高騰させ褒美としての重要な役割を持たせる。

 何と言っても限りのある土地を褒美として与えないで済むのは大きい。


 そして、今回の最大の狙いは磁器やガラスといった、我々だけが製造できるモノをこれに組み込むこと。


『国内でガラスの製造ができるのは俺たちだけなんだから、何としてもガラス製品の価値を高騰させないなとな』


『磁器も史実に先駆けること数十年。国内では我々しか製造できません。磁器も高騰させる製品に組み込みましょう』

 

 一般的な茶器は陶器で、既にこの時代でも国内で普通に生産されている。

 磁器の登場は本来なら豊臣秀吉とよとみひでよしの時代。それを何十年か早く開発させて陶器以上の価値を持たせる。


 そのためにも茶道の情報を集め、関係する人物とのパイプを確立する必要がある。


「今日は茶の湯で持て成してもらえると期待してきたんだがな」


「茶の湯は面倒な作法がございまして……」


 なるほど。

 どの程度茶道が確立されているのかは知らないが、ここで作法を持ちだすということは茶道っぽいものは既にあるようだ。


「お食事でしたら今朝入荷した海の幸がございます。それはもう素晴らしい――」


「作法など気にしていない。作法を学んだ方がいいなら後日学ぼう」


 今井宗久の言葉を遮る。

 すぐに一条さんと伊東さんが続く。


「我々も海の幸なら色々と口にしている」


「別にお茶が飲みたい訳じゃないんだ。茶の湯を体験してみたいだけだ」


 伊東さんが思いだしたように付け足す。


「私たちは揃って作法がなっていないから、我々のことを笑う者を同席させないでもらえると助かるよ。田舎者との噂が広がると恥ずかしいからな」


「滅相もございません」


「作法などは一部の者が勝手にこだわっていることです」


「そうです。茶の湯はお茶を楽しむものです」


「なら、茶の湯を楽しませてもらっても大丈夫だな」


 俺たち三人の視線が今井宗久に注がれた。


「承知いたしました。それでは只今用意をさせますので、いま少しお待ち頂けますでしょうか」


 耐えかねたようにそう口にした宗久に、俺たち三人は『待たせてもらおう』と穏やかな口調で即答した。


 ◇


「こちらでございます」


 通された部屋は八畳ほどの部屋だった。


「こちらの屋敷には茶室はございませんので、こちらでご容赦ください」


「無理を言ったのはこちらだ。お前たちが気にすることではない」


「恐れ入ります」


 しばしの間、茶の湯を我流で楽しみながら現在の茶道や茶器の価値などについて聞きだした。

 茶器が、ある程度の価値を認められていることが分かった。同時に、領地に代わる恩賞として与える程の価値がないことも判明した。


 これで決まった。

 次の課題は茶器の価値をどうやって上げていくかだ。


 そして作法だ。


「緩やかな決まりはあるが、格式ばった作法まではない、ということか」


「さようでございます」


「言っても茶を楽しむだけですので」


 さて、俺たちに気を使っての言葉なのか図りかねるな。

 一条さんが四人に向けて静かに切りだした。


「私たちが公家の皆さんをご招待してお茶を振舞うとする。今日の茶の湯を見よう見真似で行ったとして、侮られたり笑われたりするようなことはないだろうな」


「それは、どなた様でしょう?」


 代表して言葉を発したのは今井宗久。

 他の三人は目が泳いでいる。


 やはり今回の茶の湯は間に合わせのようだ。

 作法を知っている者からすれば失笑ものの可能性がある訳か……


「まだ誰とは決めていない。何も知らずに今日のような調子でお茶にお客を招いて、恥をかくかどうかを知っておきたかっただけだ」


「作法にこだわる方はおります。もしそのような方をお招きするとなると……」


「面と向かって笑われる可能性がある訳か」


 毛利元就でも面と向かって一条さんのことを笑わないだろうな。

 でも、陰口は言いそうだ。


「知らぬところで恥をかく可能性はございます」


 意外だ。

 俺たちの不興を買うかもしれないのに正直に言い切った。


「そうか、正直に教えてもらえて助かった。むざむざ大恥をかくところだった」


 案の定だ。

『恐れ入ります』、とこうべを垂れる今井宗久を横目に言う。


「一条さん、例のお茶会は茶の湯ではなく、紅茶をお出しすることにしましょう」


「ああ、そうしよう」


 一条さんの同意の言葉と同時に伊東さんがうなずいた。


 ◇


 目的の情報を一通り聞きだしたところで、一条さんと伊東さんを見る。

 こちらの意図を読み取った二人が静かに首肯した。


 俺も二人にうなずき返してから、四人の商人に語りかける。


「ところで、今日は四人に見せたいモノがある」


 四人が怪訝そうに視線を交錯させた。

 随分と警戒されたものだ。


 内心で苦笑しながら話を続ける。


「実は紅茶というモノを持ってきている」


「こうちゃ、ですか?」


 不思議そうに問い返す今井宗久。


べににおちゃの茶と書いて、紅茶と読む」


 四人が『紅茶……』、とつぶやいて互いに顔を見合わせた。


 この時代、紅茶はまだない。

 日本にないというだけでなく、紅茶の本場であるイギリスにもない。まだ茶葉の存在すら伝わっていなかったはずだ。


「南蛮のお茶とでも思ってもらえればいい」


 緑茶と紅茶の違いは単純に言えば発酵させたか否かで、元は同じお茶の葉であるが細かい説明は割愛しよう。


「さようですか」


「それと、紅茶を楽しむのに使う茶器を持ってきた」


 傍らに置いた木箱を四人の眼前に移動させ、磁器のティーカップと受けソーサー、ガラス製のティーポットを木箱から取りだして並べる。

 俺がティーセットを並べている間、


「これが紅茶の茶葉だ」


 と言って一条さんが磁器でできた小さな蓋付きのつぼを彼らの眼前に置いた。


 身を乗りだして覗き込む彼らに俺が代表して説明を始める。

 先程までお茶が入っていた陶器の分厚く重い茶碗と薄く軽い磁器のティーカップを比べるように持ち上げた。


「この薄い器が茶碗に相当する品だ」


 今井宗久に彼らの眼前に並べたティーカップを手に取るよう、視線でうながす。

 恐る恐る手にしたティーカップをしげしげと見つめた。

 

「随分と薄くて軽いものですな。丁寧に扱わないと壊れてしまいそうです」


 今井宗久がティーカップを手にすると、好奇心を抑えられなかった他の三人も次々とティーカップやソーサーに手を伸ばす。


「見た目よりも丈夫だ」


 一条さんが手に取ったティーカップを指で弾くと、金属音に似た甲高い音が響いた。


 茶屋四郎ちゃやしろうが一条さんを真似てティーカップを指で弾く。

 再び甲高い音が鳴り、商人たちの目の色が変わった。軽くて丈夫な磁器に魅力を感じているようだ。


「このガラス製のティーポットも触ってもらって構わない」


 真っ先に手を伸ばしたのは今井宗久。

 ティーカップのときとは違い、手に取るのに躊躇いがなかった。磁器以上に興味をひかれたようで、陽の光にかざしたり、下から覗き見たりしている。

 

「美しい、それにこちらも同様に薄くて軽い……」


 そう言ってガラス製のティーポット越しにひとしきり辺りを見回すと、隣の津田宗及へと手渡した。


「素材は瓶詰びんづめで使っている瓶と同じガラスだ」


 だが、船に積み込み、保存食の容器として利用されるガラス瓶に比べれば強度は落ちる。

 

「素晴らしい品物です。こちらが次の交易品ですか?」


「そうだ」


 表向きは交易品。新たな輸出品目である。

 だがもう一つの側面は茶器に続く、褒美として利用できるだけの付加価値を持たせる品の候補だ。


 小西隆佐こにしりゅうさからティーポットを受け取ると、


「取り敢えず、これらの品を使って紅茶を楽しもうか」


 一条さんがガラス製のティーポットに紅茶の葉を入れて今井宗久の前に押しやる。


「これに湯を注いでくれ」


 言われるがまま、ティーポットに湯を注ぐ今井宗久。

 そして他の三人の視線はティーポットに釘付けである。


 一条さんが湯の注がれたティーポットを受け取ると、


「ティーポットのなかで舞っているのが紅茶の葉だ。こうして少し待つと紅茶の葉からでた成分がお湯に色と味を付ける」


 そう言って四人がよく見える位置にティーポットを置く。

 四人は注がれた湯で舞った茶葉が静かにそこに沈んでいくのを無言で見つめていた。


 ティーポットの中のお湯が十分に色付いたところでティーカップに注いでいく。

 一条さんが注ぐことに恐縮しながらも、目の前のティーカップに注がれた紅茶を見て、四人がそれぞれに感想を口にする。 


「透き通るような赤茶色ですな」


 今井宗久に続いて津田宗及と茶屋四郎が子どものように目を輝かせる。


「何とも、美しい色合いです」


「初めて嗅ぐ匂いですが、いい香りです」


「これは何に使うのでしょう?」


 小西隆佐がそう言ってソーサーの上に置かれた木製のスプーンを手にして首を傾げた。


「いま説明するから待ってくれ」


 一条さんがそう言って伊東さんをうながすと、伊東さんが磁器製の小さな壺と竹製のスプーンを取りだす。


「この砂糖を竹製のスプーンで二杯ほど入れ、掻き回してください」

 

 躊躇なく砂糖を紅茶へ投入する。


「砂糖をそんなに!」


 津田宗及が大声を上げ、他の三人も驚きの声と共に腰を浮かせた。


「紅茶を飲むのに作法は要らないが、あまり騒がしいのは頂けないな」


 一条さんの言葉に四人が恥じ入るように赤面する。

 彼らも砂糖の取り扱いをしているので、その価値は十分に分かっている。分かっているからこその驚きと取り乱しようだ。


 それを理解してなお、一条さんのこのセリフである。


「遠慮などする必要はない。お前たちも自分の好みに応じて砂糖を入れろ」


 砂糖を持ってきた伊東さんがそう口にしながら、無造作に砂糖を紅茶へと入れる。

 一杯、二杯、三杯、四杯。


 甘党にしても入れすぎの気もするが、効果は十分だった。

 四人は伊東さんの動作一つ一つを目を丸くして追う。


「早く砂糖を入れないと、せっかくの紅茶がさめてしまうぞ」


 俺がそう言うと、弾かれたように四人が揃って動きだした。

 そして、俺たち四人が紅茶に口を付けるのを待って、四人の商人たちも紅茶を口にした。


「何と言う贅沢な味わいだ」

「甘い。これ程甘いものを口にしたことがありません」


 今井宗久と津田宗及が同時に声を上げ、茶屋四郎と小西隆佐が感嘆の言葉を口にする。


「美味しい。初めての味です」


「例えようのない味です。口の中に広がる甘みが何とも言えません」


 驚く彼らに聞く。


「どうだ。この紅茶、茶の湯に精通している方々にお出ししても、恥をかくようなことはないか?」


 俺の問いかけに今井宗久が力強く即答する。


「恥をかくなど、あるはずがございません。これ程の贅沢と味に魅了されない方など、私には想像もつきません」


「その通りでございます。私も宗久殿と同意見です」


 津田宗及がそう口にすると、他の二人も口々に同様の意見を述べた。

 砂糖を贅沢に使った紅茶の甘味と、この新商品がもたらすであろう利益に期待を膨らませているのだろう。誰もが高揚感を伴った笑みを浮かべている。


「そうか、それを聞いてホッとした。堺を代表するお前たちのお墨付きだ。これで安心して帝とのお茶会に紅茶をお出しできる」


 努めて穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、四人の顔色が変わった。

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