第138話 堺の豪商たち(4)

 津田宗及つだそうぎゅう今井宗久いまいそうきゅう茶屋四郎ちゃやしろう小西隆佐こにしりゅうさの四人にひとしきり揺さぶりを掛けたところで本題を切りだす。


「既に海外との貿易をはじめ幾つもの取引を頼んでいるが、その規模をさらに拡大したい」


 厳しい表情と静かな声音で告げると、四人の顔が引き締まり居住まいを正す。

 固唾を飲む音が静まり返った室内に響く。


 四人が黙して俺たちの発言を待つ。


「先の米取引で大きな損失をだした商人も多いと聞く」


 津田宗及がわずかに表情を曇らせた。

 三好みよし家とのパイプの太さが災いし、四人のなかで彼だけが大きな損失をだしていた。


「なかには店を畳まなければならないほどの損失をだした商人もいるそうじゃないか。我々としてはそんな不幸な商人たちの救済も兼ねて、一大事業として海外との貿易拡大、国内流通の改革と流通経路の確立を実現したいと考えている」


 四人の顔に驚きと戸惑いが浮かび、それはすぐに興奮と期待の表情へと変わる。


「いまこの場でそのお話をされるということは――」


 身を乗りだす今井宗久の言葉を遮って言う。


「お前たちにはその中核を担ってもらいたい」


 四人が喜びの表情で互いに顔を見合わせる。

 きっと更なる富と成功の妄想が広がっているんだろうな。


「中核を担ってもらいたいとは言ったが、富をお前たちで独占されては困る。全国の商人たちと富は分け合ってくれ」


 一転、四人の表情が曇る。

 面白いようにこちらの予想通りの表情を浮かべてくれるな。


「そうは言ってもお前たちが手にする富が莫大なものになることは保障しよう。何しろ市場規模が桁違いに拡大するからな」


 半信半疑。

 不思議そうにこちらを見る四人。


 伊東さんが堪えきれずに笑い声を漏らす。


「竹中さん、それくらいにしましょう。そろそろ具体的な構想を聞かせてあげたらどうですか?」


 残念、ここまでか。

 隣から聞えてくる一条さんの落胆のつぶやきをよそに、『分かりました、それでは具体的な話をしましょうか』と前置きして話を再開する。


「まず海外との貿易拡大だが、ガラスや陶磁器、瓶詰野菜を中心に輸出量を拡大し輸出品目を増やしていく。輸入も火薬と薬、農作物を中心に量と品目を拡大する」


「輸出のための国内の商品の調達、南蛮からの輸入品の販売。それに伴う輸送が私どもの役割ということですね」


 今井宗久がそう言って胸を撫でおろした。

 無理難題を言われると思っていたのか、他の三人の顔にも安堵の色が見える。


「外国の貿易船だけに頼っていては思うような拡大は無理だ。それに足元を見られる」


 俺のセリフに、四人の顔から安堵の色が消えた。


「外洋航行が可能で積載量が大きな大型の輸送船を建造する。同時に南蛮の船乗りから外洋航行に必要な航海技術の習得をしてもらう。お前たちにやって欲しいのは船を建造するための資金提供だ」


「皆様の構想の実現のため、喜んで資金を提供させて頂きます。しかし、大型船の建造に必要な技術や知識はどのようにいたしますか?」


 今井宗久に続いて津田宗及が言う。


「仮に建造できたとしても、船を動かすための人員が必要となります」


「建造技術はもちろん、技師も南蛮人の技術者を採用する。南蛮商人を通じて必要な人材の手配をしてある」


 当面の目標はガレオン船と鉄甲船。

 技術的にはさしたる問題はないはずだ。南蛮人技術者の知識と俺たちの知識、そして職人たちの努力で何とかしてもらう。


「場所は、船を建造する場所はどこにするおつもりですか?」


 都に近く、内海や湾などの穏やかな海に面した場所が理想だ。

 たとえば大坂湾、……は、まだ無理。


「最初の造船所は三河湾に面したところを考えている。次点で駿河湾だ」


 安全第一なら今川さんの支配下にあり、北条さんがすぐに駆け付けられる駿河湾なのだが。


 如何せん。

 長尾景虎ながおかげとらが関東に居座っていては、のんびりと造船所など作ってはいられない。


 それに最大の理由として、織田信長おだのぶながの目と鼻の先で造船所を建て、鉄甲船を作ってやりたい、との思いがある。


「三河湾か駿河湾、ですか。なるほど、それなら。いや……」


 津田宗及が少し考えこむように語尾を濁らせた。

 駿河湾は今川家の勢力圏内。三河湾に至っては我々と敵対している織田信長の勢力圏内だ。そんなところに造船所を建てると言ってもにわかには信じられないのも無理はない。


「先に見せておくべきだったな。これが、今川家と北条家からの委任状だ」


 俺は二通の書状を広げる。

 一通は北条氏規ほうじょううじのり、もう一通は今川氏真いまがわうじざねと書名されたものだ。


 書かれているのは、どちらもたった一言。


『竹中半兵衛殿に都での交渉の全権を委任する』


「今川様と北条様、ですか……」


「それで先ほどから……」


 今井宗久と津田宗及が震える声でかろうじて言葉を発した。

 他の二人は声を上げることもできず、身を乗りだして書状を覗き込んだ姿勢で固まっている。


 真っ先に我に返ったのは今井宗久。


「噂通り、竹中様はやはり今川様、北条様と繋がっていたのですね」


「噂がどんなものか知らないが、両家と同盟関係にあるのは当家だけではない」


 一条さんと伊東さんに視線を走らせると、二人が不敵な笑みを浮かべて首肯する。

 それを見た今井宗久が震える声で言う。


「つまり、海路で繋がる五家は相互に同盟関係であると……」


 ここまで今川家、北条家とも同盟関係であることを匂わせたが、視覚に訴える書状は一際破壊力があったようだ。

 彼らの心情は十分に察せられるが、敢えてそれを無視して三河の織田信長について触れる。


「織田信長のことは心配するな。ヤツに邪魔をさせるつもりはない」


 織田信長のことなど心配していないのだろう。『何を言っているんだ?』、とういう表情で俺を見た。

 俺のセリフに続いて一条さんが不敵な笑みを浮かべて言う。


「邪魔しにくるくらいの方が面白いんだけどな」


「彼らも織田信長なんて意に介していませんよ。どちらかというと、一向宗の方を心配しているんじゃないですか」


 伊東さんが一条さんを見た。


「ああ、一向宗ね」


 些末なことのようにそう言うと、殊更につまらなさそうな顔をして話を続ける。


「そっちは後日手を打つ。俺たちに対して手出しをしてくることはないよ」


 毒気を抜かれたような四人の商人に向けて話を再開する。


「航海技術の習得は我々の抱える水軍の者たちが請け負う。造船技術についても、我々の息の掛かった職人たちに習得してもらうつもりだ」


 これで彼らのハードルは資金の拠出と、それに伴って他の商人たちと一線を画す特権がどのようなモノになるかだ。

 まだ呆けているようだし、特権についてはもう少し後に話をするとしよう。


「大型船の建造に先駆けて、海路を利用して国内流通の改革を行う。伊東家、一条家、竹中家、今川家、北条家までの海路の安全を我々が保障する。もちろん、大型船が完成すればそれが輸送の中核となる」


 この海路を大動脈として、そこから先は陸路を使って周辺諸国との流通網の確立となる。

 問題はその陸路だ。


 今井宗久が探るようにそれを突く。

 

「海路の安全を保障頂けるとのことですが、陸路の方はどこまで大丈夫なのでしょう?」


「俺たち五家とその同盟国以外の陸路の安全は保障のしようがない。当面はその五家とその同盟国を中心に流通網を確立する」


 俺のセリフに続いて、伊東さんと一条さんが彼らに少しだけ未来を語る。


「私たちの同盟国や属国は今後増え続ける」


「やがてこの国全てがお前たちの市場になる。いや、海外貿易もするから外国も、だな」


 固まったままの四人だったが、視線だけは俺たち三人の間を忙しく動いていた。

 おそらく頭のなかは混乱しながらも激しく働いてるのだろう。


 さて、次は茶道と茶器だ。

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