第137話 堺の豪商たち(3)
目的地は港から少し離れたところにある屋敷。
この屋敷が
『目立たぬようにお願いします』、との宗久の頼みもあって、屋敷の外には町人や行商人に扮した忍者を配置。
護衛の武士たちは屋敷の中と敷地内で警戒にあたらせることにした。
『目立たないように、ってのは無理なことだよなー』、とは一条さん。
全くもってその通りだ。
目立たなかったのは忍者たちだけ。
三十人以上の護衛と分かる武士はもちろん、華やかに着飾った正室三人とその侍女たちが列をなして宗久の隠れ家に入る姿は、大勢の通行人が好奇心もあらわに見ていた。
宗久が隠れ家として利用している別宅に到着してすぐ、正室三人とお付きの侍女たちは反物や装飾品が積まれている奥の部屋へと案内される。
一条さん、伊東さん、小早川さん、そして俺の四人は、十二畳ほどの飾り気のない部屋へと通された。
部屋にいるのは八人の男たち。
上座奥から、一条さん、俺、伊東さん、小早川さんの四人。俺たちの正面に座るのは、
津田宗及と今井宗久。史実では織田信長、豊臣秀吉と、時の権力者と上手く繋がりを作って生き延びている。
また彼らは
茶屋四郎は最も有名な
京都に拠点を置くこの時代最大の呉服屋だ。
そして末席に座るのが小西隆佐。
豊臣秀吉に仕えた
何れもこの時代を代表する豪商たちだ。
真っ先に声を発したのはこの家の主でもある今井宗久。
「一条様、竹中様、伊東様。即位の礼が無事に終わりましたこと、お慶び申し上げます」
その言葉と共に四人の豪商たちが一斉に平伏した。
今日の席を計画した一条さんに俺たち三人の視線が注がれると、彼は静かに首肯して口を開いた。
「そう畏まらずに顔を上げなさい」
そう言って彼らに顔をあげさせ、話を続ける。
「この後、
「滅相もございません。警備をされるお侍様のお陰で治安もよくなり、町も随分と活気づいております。我らとしてはいつまでも皆様にご滞在願いたいくらいです」
警備の者たちに『適当に銭を使うように』、と経費を渡したのが地味に功を奏しているようだ。
「それは勘弁してくれ。正月くらいは自分の城で迎えたい。それにあまり長居をしては
一条さんの爽やかな笑い声に追従するように、四人の豪商たちが笑えない冗談に笑う。
豪商たちの引きつった笑みが収まったところで、俺が口を開く。
「反物と装飾品の用意、感謝する」
正室三人を連れて堺でショッピングすることが決まった直後、その段取りを付けたのは主犯の一条さんではなく俺だった。
「質の良い反物をありったけ運ばせました」
反物と装飾品の大半を用意した茶屋四郎が笑みで答えた。
「チラリと見たが、あれほどたくさんあっては目移りしてなかなか決められないだろうな」
「いまや全国にその名を知らぬ者のない、一条様、竹中様、伊東様です。ご用意した商品では足りないのではと心配しております」
全部買えって?
どこのセレブだよ。
俺が苦笑いを浮かべるタイミングで、左右から一条さんと伊東さんの乾いた笑い声が聞こえた。
喜多殿か。
彼女なら『ここからここまで、全部』とか『見える範囲の品を全部』、などやりそうだ。
伊東さんはともかく、嫁いだ後まで気苦労の絶えない一条さんに同情するよ。
そこへ行くと恒殿は質素な安藤家で育ったから贅沢を知らないので安心できる。一条さんと伊東さんには気の毒だが気前の良さを見せておこう。
「京にはしばらくいる。見せたい品物が手に入ったら屋敷の方へきなさい」
「さすが竹中様! ご満足のいく品物をご用意させて頂きます」
満面の笑みを浮かべる茶屋四郎。
その数瞬前に一条さんと伊東さんの肩が震えた気がしたが、気のせいだろう。
「ところで、一条様、竹中様、伊東様」
今井宗久はそこまで口にすると、一番端に座っていた小早川さんに視線を向ける。
小早川さんが同席することも、彼が誰であるかもわざと伏せていた。
言わばサプライズだ。
「彼は小早川繁平殿。沼田小早川家の前当主と言えば理解できるか?」
そう言うと、四人の表情に緊張が走った。
「先日、正体不明の賊に襲われたという……?」
「ほう! 知っていたのか」
「噂を耳にした程度です」
どのような噂が流れているかは知っている。
何しろ、その噂を流させている張本人は俺たちなのだからな。その張本人である俺たちが口を揃えて噂話を聞かせるように促す。
「噂……か、気になるな」
「どんな噂が流れているのか知りたいな」
「その噂を教えてもらおうか」
「都の警備をされている皆様の方が良くご存じかと思いますが?」
「我々は真相を知っているが、噂の方は疎くてね」
俺はそう口にした後で、困った表情を浮かべる彼らをさらに促した。
「手を結ぶかもしれない者たちの、豪商と呼ばれるお前たちの情報収集能力がどの程度か知るよい機会だ。聞かせてくれ」
そこへ伊東さんと一条さんが追い打ちをかける。
「場合によっては他の商人と手を結ぶ必要があるかもしれないからな」
「伊東さん、それは失礼だよ。仮にも当代きっての豪商四人だ。彼らに代わる人材なんているわけないだろ」
豪商たち四人が冷汗を流しながら視線を交わす。
「では、我々が聞いた噂をお教えいたしましょう――――」
そう言って今井宗久が口を開いた。
「――――沼田小早川家の前のご当主である
意図的に流した偽の情報そのまんまだ。
噂話というのも意外とバカにできないな。そして、情報を重要視する豪商でさえも、噂話以上の情報をこの短期間で手に入れるのは難しいということも分かった。
「秀満、入りなさい」
「失礼いたします」
小気味よい返事と共に引き戸が開く。続いて姿を現した上背のある若武者に四人が息を飲んだ。
「彼が小早川隆景の右腕と右脚を切り落とした明智秀満。当家自慢の若武者だ」
「恐れ多いことです。小早川隆景の首を取る好機を逃した己が不甲斐なく、恥ずかしいです」
「小早川様は生きている……?」
毛利の切り札ともいえる強力な手札が健在であることに津田宗及が息を飲んだ。
「生死の確認が取れていない、というだけです」
「そう、ですか」
津田宗及が額の汗を手の甲で拭う。
「仮に生きていたとしても右腕と右脚を失っては、毛利元就もこれまでのように小早川隆景の力をあてにすることはできないだろう」
「少なくとも当主を続けるのは無理があるな」
俺と伊東さんに続いて、一条さんが実に楽しそうに四人を揺さぶる。
「噂通り、小早川繁平殿が当主に返り咲くというのも面白いかもな」
現実問題としていますぐ当主に返り咲くのは自殺行為なのでそれはないが、毛利元就の血圧を上げる一助にはなる。
押し黙る商人たちに念のためクギを刺す。
「と、このことは内密にお願いします。貴方がた四人を信用して真実をお伝えしましたが、このことはくれぐれも内密にお願いいたします」
「もちろんでございます」
「商人は信用が命でございます。皆様のご期待を裏切るようなことはいたしません」
サプライズは十分に効果があったようだ。
「どうも噂というのは尾ひれ背びれが付くようですな」
「いや、まったくです」
「それも見事過ぎる撃退だったからでしょう」
仮に小早川隆景が生きていたとしても、右腕と右脚を失っては前線で指揮を執ることは無理だ。
毛利の力は激減する。
さて、今後どうやって小早川家を維持するのか見ものだ。
一条さんのところに亡命した小早川さんの動きが気になるだろうし、心の休まる間もないだろう。
俺が毛利元就の現状を妄想していると、
「それで、本日私どもにお声がけくださりましたのはどのようなことでしょうか?」
今井宗久が話題を変えた。
さて、本題だ。
海路構想と国内流通網の確立から話を始めるか。
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