第136話 堺の豪商たち(2)
「予想はしていましたが、
即位の礼の席順か。
毛利元就は列席を許された武家の中で最も上座に座っていた。
「官位が上の一条さんよりも上座というのは意外でした」
「俺が連名で献上金の申し出をしたときには、既に毛利元就が献上金を出すと返事をした後だったから無理もないよ」
俺の疑問に一条さんが即答した。
すると、小早川さんが即座に別の疑問を口にした。
「あれ? 以前、毛利元就に先んじて献金できたと言っていませんでしたっけ?」
そうか、小早川さんにはまだ伝えていなかったな。
俺と一条さん、伊東さんの視線が交錯する。
「俺たちが献上金の申し出をするよりも先に、帝から毛利元就に献上金の要請があったんだ」
代表して一条さんが説明を始めた。
「つまり、帝は俺たちの誰でもなく、毛利元就の力と財力を頼った、ということだ」
「毛利元就って、そんなに力があるんですね……」
「史実では何年か後に
あの席順は帝の毛利元就に対する感謝の気持ちの現われだ。そうなると、この後に賜る官位と官職の方にも差がつくな。
「もう一年早く転生できていたら、もっと上手くやれたのになー」
悔しがる一条さんをフォローする。
「一条さんよりも、毛利元就の方がよほど悔しいでしょうね。何しろ、単独で献上した銭で即位の礼が行われるはずだったのに、突然我々が割って入った訳ですから」
「それは、まあ、そうかもしれないけど……」
なおも納得していない様子の一条さんに伊東さんと小早川さんが言う。
「史実の毛利元就からすれば『どうしてこうなった?』状態でしょう」
「想像すると楽しくなりますね」
一条さんは『なるほど』と笑みを浮かべた。
「即位の礼での悔しがる姿を思いだすより、不思議そうに首を傾げている姿を思い浮かべた方が楽しくなるな」
実際に不思議そうに首を傾げることはないが、その姿を思い浮かべた方が確かに気が晴れる。
「その姿を想像できるのは私たちだけですからね」
俺の言葉に三人が口元に笑みを浮かべた。そしてすぐに伊東さんが感慨深げに言う。
「本当に歴史を変えたんですね、私たち……」
「その前に竹中さんと今川さん、北条さんが大きく歴史を変えたけどね」
「そうでした。稲葉山城乗っ取りと桶狭間の改変はお見事です」
「茶室で詳しい話を聞いたときは鳥肌が立ったよ」
一条さんに続いて、小早川さんが興奮気味に言う。
「私もです。私も鳥肌が立ちました。歴史の表舞台に躍り出た三人を、竹中さんや今川さん、北条さんを誇らしく思いました」
誇らしい、か。
実に小早川さんらしいセリフだ。
ここで稲葉山城乗っ取りや桶狭間の戦いの話をされても困る。
「ありがとうございます。その話は『茶室』で十分しましたし、もう十分でしょう」
「じゃあ、小早川さんが、どうして桔梗さんを好きになったのか聞かせてよ」
一条さんが小早川さんを見る。
「私ですか? しかも恋愛話って……、そういうの苦手なんですよ」
口では困ったようなことを言っているが、顔はにやけ、いまにも話しだしそうだ。
「上手く話そうなんて思わなくていいよ。事実を時系列に話すだけでもいいからさ」
「そんな。事実とか……」
まずい、話がおかしな方に向かっている。何とか話を逸らさないと、このまま小早川さんの惚気話を聞かされることになる。
俺と伊東さんの目が合った。
その瞬間、一条さんが言う。
「歩きながら聞くのももったいないな。今度の『茶室』で皆に話してよ。どう?」
「そうですね、そうしましょう。『茶室』まで取っておきましょう」
「お! じゃあ、『茶室』でちゃんと話すんだね」
「ええ……」
肩透かしをくらったような小早川さんに、一条さんがほほ笑む。
「言質は取ったよ。次の『茶室』ではちゃんと話してもらうからね」
「分かりました。次の『茶室』でお話しします」
ロリ姫の似顔絵が次の『茶室』までに北条さんのもとに届かなかったら、北条さんが荒れそうだな。
「逃走中に芽生えた亡国の国主と忍者の恋物語。いいねー。焦った北条さんがロリ姫で手を打ってくれる確率が上がりそうじゃないの」
「そういう狙いがあったんですか」
「上手く行ったらラッキー、って程度の思い付きだよ」
あの一瞬で思いついたのか。
この人、歴史の知識の乏しさや言動、見た目に惑わされそうだけど、本当はとても頭の回転が速いんじゃないか?
今回の上洛を取り仕切ったことや、
「ところで、反物の話をしていましたが、反物屋にも行くんですか?」
にやけ顔の消えた小早川さんが聞いた。
ショッピングルートに反物屋は入っていないが、茶会の参加メンバーに呉服屋の
「茶屋四郎に正室三人が反物を欲しがっているので幾つか見繕って持ってきて欲しい、と伝えてあります」
「茶会の席で反物を選ぶんですか?」
「私たちが商人たちと話をしている間、奥さんたちには別室で反物や装飾品を選んでもらうんです」
「なるほど、奥方たちを退屈させない気配りですね」
「違うよ。商人たちとの話に同席させないためだ」
「え?」
一条さんの言葉に小早川さんが言葉を失った。
「
冗談めかす一条さんに続いて、
「恒殿には聞かせたくない話もあります」
「喜多殿が口をだすかはさておき、商人との会話は綺麗事とは程遠いものになります。そう考えると喜多殿には聞かせたくありません」
俺と伊東さんが本音を口にした。
納得したようにうなずき、
「会うのは茶屋四郎さんと……?」
小早川さんは参加メンバーが誰なのか聞いた。
「今日のところは、
俺の言葉を伊東さんが補足する。
「今日の茶会で会うのは彼らだけですが、後日彼らの紹介で京と大坂の主だった商人たちと会うことになっています」
「奥方たちへの罪滅ぼしのショッピングと観光だけじゃないとは思っていましたが……」
「商人たちとの茶会の方が先に決まっていました。奥さんたちへの罪滅ぼしは、渡りに船で堺に出掛ける口実にさせてもらいました」
俺の言葉が終わると聞いた小早川さんの口から乾いた笑いが漏れた。
「小早川さんは細かいことは気にせずにお茶会を楽しんでよ」
「そうですね、そうさせて頂きます」
肩を落としてそう言うと、ハタと気付いたように『ところで』と聞く。
「先ほどから『お茶会』と言っていますが、あの『お茶』でしょうか?」
あの『お茶』というのは、茶道のことだろうな。
「この時代に茶道がどの程度確立されているのか分かりません。もしかしたら、座敷で単にお茶を飲むだけかもしれません」
「仮に茶道があっても、『そんなものは知らない』、で私たちも通します」
伊東さんが気にしないよう小早川さんに言った。
「茶道はないかもしれないんですね」
「少なくとも平成日本で見聞きした茶道とは違うでしょう」
仮に茶道があったとしても、俺たちがイメージしている千利休が確立した茶道とは程遠いものだろう。
困惑する小早川さんに一条さんが口元を綻ばせた。
「なかったら流行らせるだけだけどね」
「え?」
「恩賞に土地を与えるにしても限りがあります。土地ほどではありませんが武器や金銀財宝もそうです」
俺の言葉に一条さんと伊東さんが続く。
「そこで二束三文の茶器に高額な価値を持たせて恩賞にすると言う訳だ」
「誰が考えたのか知りませんが賢いですよね」
俺は小早川さんに向けて説明を続ける。
「茶器だけでなく、陶器やガラスにも価値を持たせれば、恩賞で頭を悩ますことが激減します」
「陶器とガラスは自分たちで良質なものをつくれるからねー」
「なるほど! 今日の目的って茶の湯を流行らせて、それに便乗する形で陶器とガラスにも価値を持たせることなんですね?」
「それだけじゃないよ。海外貿易の窓口として働いてもらうためだ。北条家、今川家、竹中家、一条家、伊東家が後ろ盾になるのが向こうに提示するメリットだ」
「次々と新しい技術を発明する皆さんが後ろ盾になるなら、商人たちも心強いでしょうね」
小早川さんの反応に一条さんが口元に笑みを浮かべて言う。
「さらに小西隆佐には薬の調達と迅速な流通経路の構築をしてもらうつもりだ」
「そのため、薬屋には各家より信用のできる者を送り込みます」
「忍者なんだけどね」
「薬と忍者って聞くと不穏なことを想像しちゃいますね」
小早川さんの乾いた笑いに一条さんの爽やかな笑い声が重なる。
「毒殺とバレない毒薬の製造は優先度の高い課題だよ。安東さんが首を長くして待っているからね」
「えええ! 冗談ですよね? できれば私の知識は人助けに役立てたいのですが……」
「冗談だよ、小早川さん」
「一条さんも人が悪いですね」
「最優先は俺たちの延命だ。皆で無病息災。長生きしよう」
「ですよね。ビックリした」
「俺もできる限り長生きしたいから、小早川さんを全面的に応援するよ」
一条さんに続いて俺と伊東さんが口を開いた。
「そうですね。私もこのままでは早死にしてしまいます。小早川さんだけが頼りです。よろしくお願いしますね」
「私もです。小早川さん、頼みましたよ」
「そうですね。皆さんの延命と民の健康のために全力を注ぎます」
小早川さんが胸を撫でおろして笑みを浮かべた。
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